その名は「ユミナ」
「うー!」
赤ん坊は勢いそのまま
ハークの背中へと移動する。
服を掴み離さず、赤ん坊自身の
手の力だけで行っていた。
「う! ふー!」
赤ん坊は背中に登り詰め
ご満悦の様子である。
「どう言うことなんだ……」
「あうあうあー!」
赤ん坊はぺちぺちと
ハークの体を叩く。
何か催促しているようだった。
「痛たたたた!
何だってんだ!」
ハークは赤ん坊を
胸の前に移動させてみる。
「まー? うー!」
赤ん坊はすりすりと
頭を押し付けてくる。
次第に力が強まっていく。
ハークの服から少し煙が出始めた。
赤ん坊は頭に留められた小道具を
その小さな指で差し示す。
「う! う!」
「痛い痛い。何だ……。
うん、何か書いて、ある?」
赤ん坊を抱っこしつつ
小道具に目を凝らす。
そこに最初こそ気づかなかったが
文字らしき物が彫られてある。
一塊ずつ、それが3つ。
見慣れない文字であった。
ハークが座学で見た資料のとも
ロニィが教えてくれた文字とも違う。
一筆書きで、とは
行かないまでも簡素である。
しかし、かといって
何本も線や形が在るわけでもない。
おおむね、まとまりのある物だと
ハークは見て感じた。
それに指で触れてみる。
細くかつ浅く彫られている。
ハークはひとつひとつ
確かめるように触れていくと
ぼぅと頭に浮かび上がる音。
「ゆ。ゆ、み……
ゆみ、な……。ユミナ?」
「う! あい!」
赤ん坊は勢いよく手をあげた。
目を輝かせている。
「うん!? いま返事したのか。
ゆみな? ユミナなのか」
「あい!」
「あー、合っているか
分からないけど
当分はユミナと呼ぼう」
「うい!」
「普通に話さなかったお前」
赤ん坊は名前を呼ばれて
嬉しそうに笑顔をハークへ向ける。
すりすりとハークの顔に
頭を押し付ける。
「うー! うー!」
「痛い」
* * * * *
無邪気そうにハークに
じゃれるユミナ。
ふとハークは気づく。
赤ん坊ユミナが寒がる様子がない。
ユミナは着込んでいるものの
自分よりも薄い服を重ね着してある。
吐息が白くなるほど寒い
にも関わらず、目の前にいる
ユミナはそれを気にしていない。
防寒用、とは思えない服装に
ハークはユミナの頬や額に
手を触れてみる。
冷えた様子はなく
むしろほのかな温かさを
触れる指先から感じる。
「う? うー! あうあー!」
むしろハークの触れる冷えた手を
ユミナは楽しむ様子が伺えた。
異常とも感じられるが
何か事情がある。
しかし今それを調べる方法はない。
博士のようなその方面に詳しい人に
調べてもらう必要があるかもしれない。
ハークは目の前の赤ん坊ユミナを
死んだ母親らしき人の側に
いつまでも置いていけない。
死人には申し訳ないが
必ず墓やら弔いやらするからと
ハークは安全な所に着くまでは
必ずユミナを守ろうと誓う。
* * * * *
ハークはユミナを背負う。
レムザからの『イチモに拐われる』。
そして目前の赤ん坊『ユミナの保護』。
これらを遂行する役目を
ハークは改めて気を引き締めた。
「うー!」
「……頼むから顔は止めてくれ。
せめて背中か……」
「う!」
ユミナは小さな両手でバツを作り
顔を横に振る。不機嫌そうである。
「……頭の上で」
「あい!」
* * * * *
「ーーイチモは、どこだ……?」
意気揚々と歩き出すも
そこは銀世界。
雪に飾られた森の木々は
行く人の道しるべを与えない。
何もかも同じような風景ばかり。
ハークはふと空を眺める。
灰色の空。
ちらつく雪はなく
ただ漂いどこかへ流れる雲が
一層ハークを不安にさせた。
「うー?」
「うん? あぁ道に迷ったんだ。
もう1人いて、その人の所に戻る。
けど、落ちてあそこに戻るのに
どう行けばいいんだ……」
「あーう。んー、……う!」
理解したのか、ユミナは指差す。
その場から真っ直ぐより
少し右に逸れた方。
ぺちぺちとハークを叩いて示す。
「そっち? ……熊の足跡がある。
まさかイチモは熊と出会った?
俺が居なくなったから探してて
そこで熊と?」
「あい!」
「……ははは、まっさかー。
いやいや、ないない」
ハークは半信半疑で
ユミナの示す方へと歩き出す。
最初の地点が
見えなくなった辺りまで歩く。
木々は相変わらず
似たような風景を作る。
唯一違ったのは
熊の足跡がだんだん真新しく
明確になってきたことである。
そしてそれと交わるように
違う足跡、人の足跡らしきものとが
ようやく見てとれた。
ハークはそれと自分の足と比べる。
一回り、二回りほど大きな足跡。
自身の物ではない。
別の誰か、イチモの足跡ではと
ハークは思い至った。
「……イチモの、足跡?
まさかこれを?」
「あい!」
「えぇ……」
ユミナは親指をたてる。
その通りだ。
ユミナはそう言っていると
ハークは感じた。
続きます。
次話投稿予定は
2021年6月7日(月)です。




