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少年ハークとわるいこ研究所  作者: きむら
ExⅢ:ヴェルレグス侯爵
44/322

インタビュー『大陸北部の領主様』

ーーえぇそうです。私も喜びました。


「しかし直後、それは悲鳴に」


そう話すのは

エイール大陸北部に住む

侯爵の地位を持つ領主。


ヴェルレグス・モルトホーゲン侯爵。


彼は大陸内でも名のある貴族である。


穏やかな雰囲気に柔らかな笑顔。

背筋はピンとまっすぐな若い男である。

少し足が悪くなったからと

安物だが、丈夫で作りのいい杖を愛用し

その傍らにいつも置いていた。


「子供の事もあって

 元から身体の弱い妻は気を失い、

 ようやく体調が安定し始めたのは最近。

 万事を見据えて、と今も

 外が見えるそこの部屋で

 安静にしています」


現当主デューンは

ある部屋の扉に目をやる。


「あぁ! あぁ!

 心中お察し申し奉ります。

 そのような多忙の中、

 こうして侯爵のインタビューは

 我がエイール大陸永世中立共通紙

 『エッセイ』初めての試み!

 恐悦至極でありますとも!

 本当にありがとうございます!」


恭しく侯爵に

ペコペコ頭を下げるのは

エッセイの記者の大男

ベッツェである。


太い指はペンを器用に操り

メモしていく。


大げさな動きから、走らせるペン先と共に

ベッツェの身体は大きく揺れる。

彼が座る二人掛けのソファから

あまり聞きなれない

しかも不安にさせる音が

ギィー、ギィーと鳴り響いている。


うまく結びきれてないネクタイが

今にも解けそうになる。

ゆらゆらと先は振り子のように

彼の分厚い胸の辺りを行き来する。


「……失礼。もう少し

 ゆっくりお話ししましょうか。

 書くことが多くて大変でしょう?」


侯爵は涼やかな笑顔を彼に向けた。


「あぁ! ありがとうございます!

 お気遣いいただき、私の記者として

 腕を振るわざるを得ないと思いましてーー」


ソファからの音が強くなる。


侯爵はその音にかき消される程度で

表情を変えずに、奥歯を噛みしめた。


ベッツェのインタビューは

侯爵自身の身の上話から始めた。


* * * * *


モルトホーゲンとは家名である。


ヴェルレグスと名乗っているが

当主に付けられる仮の名である。


代々侯爵家の人間は

家を継いだ者のみ

本名を名乗る事ができる。


本名はデューン。


しかし現当主である侯爵は

当主襲名時の名である

ヴェルレグスを名乗っている

と本人が語る。



その理由は

彼が世襲する際にあった。


デューンは元々モルトホーゲン家の

直系ではない子である。


本家モルトホーゲンの家系は

当主となる男児に恵まれず

急遽、縁のあるデューンに白羽の矢が立つ。


当時まだ五歳。

出生から身の回りを世話する

家庭教師アルフレッドと共に

本家モルトホーゲン家へとやって来た。


デューンはそれから

モルトホーゲン家の後継者として

またその地を治める領主として尽力した。


* * * * *


自国の将来の展望、ひいては

大陸内でどう繁栄していくか

という侯爵の考えを中心に進んだ。


またその端々に侯爵婦人のこと

ご子息のこと、領民のことを

ベッツェは話に絡ませていった。



「――あぁすいません。

 妻の元へ祈りを捧げに

 行かねばなりません。

 申し訳ありませんが

 今日はここで」


「もうそんな時間ですか!

 名残惜しいですが、分かりました!

 侯爵、ありがとうございました!

 刊行が出来次第、一番にお届けします!

 えぇ、えぇ、分かっておりますとも!

 また、よろしくお願いいたします」


ベッツェが立ち上がると

ソファは元の形に戻ることは

決してなかった。


そんなソファの様子を眺め

侯爵は笑みをそのままに

会釈をする。


彼を屋敷の門まで付き添い

その姿が消えるまで見送った。


「ーーアル。居るか」


「はっ。ここに」


「もう1人は?」


「仰せの通りに」


「後は、頼んだーー」


領主モルトホーゲン侯爵は

屋敷へと足早に戻る。


一人残されたアルフレッドは

自身の三倍はある門を

ひょいっと一跳躍で越えて

歩き出す。


* * * * *


日が傾き、夕暮れとなっていた。


インタビューが終わり

ベッツェは侯爵の屋敷から出ていく。


屋敷が見えなくなった辺りで

ベッツェに近づく一人の老人。


ボロをまとうも、身につける小物は

不相応の品、とても高価な物である。


「ーー社長。どうでしたか?

 見えましたか?」


「いいや。

 妻と思わしき人はいない。

 メイド、だっけか。

 それは見かけたね」


「いやいや! 違いますよ社長。

 奥さんは二の次。本命はご子息!

 あのキザ野郎に

 そんなコブがあるなんて!

 それも公表して人気を集めている!

 しまいにはここらの領民に聞けば

 『心優しいお方』ばっかり!

 あぁなんて、つまらない!

 なんて出来すぎた話! 暴きたい!

 あのキザな顔を打ちのめしてやりたい!」


先ほどまでにこやかだった

ベッツェの表情は一瞬にして変わる。


目尻がつり上がり、口角は上下に動く。

体格相応の、臼のような大きな歯は

ギリギリと力強く食い縛られている。


器用にメモを書いていた手指は

固く握られ、持っていたメモは

ただの紙くずの固まりと化した。


それでも飽き足らないのか

結んだネクタイをほどいて

ハンカチがわりに歯を食い縛る。


「おい、ベッツェ。

 私情と仕事は分けろ。

 お前はそこを直せばーー」


「いやいやいや社長!

 今は人の黒い部分こそ

 読者は見たいんです!

 聞きましたか!? 大陸南東に流れる噂!

 化け物ですよ!? 見たことのない化け物!

 あれウケないと思ったら、大ウケ!

 平和になればなるほど、人は怖いものを

 見たくなるんですよ!」


「読者が増えるのは我々としては嬉しい。

 しかしウチはあくまで、共通紙だ。

 大陸内に頒布される新聞だから

 品位に関わるのは止せ。

 お前はまだ知らなすぎるのもあって……」


「わかってますって。

 ……そういや、新人の姿が無いですね」


「あぁ、確か二手に分かれて

 調査することにしてたんだ。

 奴の唯一の得意分野だからな。

 悔しいが俺よりも、上手い。

 この近くの酒場で落ち合おうと

 約束している。向かうぞ」


ベッツェと社長はそう語る。



「ーー失礼。

 共通紙エッセイの方ですか?」


ベッツェが振り返る。

そこには身形の整った老齢の男が立つ。

顔の整った痩せた男である。


大柄なベッツェの体を利用して

社長はその場から姿を消した。


「なんでしょう?

 もしかしてモルト爵のーー」


「……家庭教師を務めます執事です。

 お忘れもの、と侯爵が」


男の手には小さな箱一つ。

ベッツェは記事に対しての

『別料金』と考えた。


「あ、あぁあぁはいはい!

 分かりました。分かりましたとも!

 えぇえぇ、忘れていましたね」


やりすぎなまでの笑顔で

ベッツェは箱を受けとる。


手に持つ。


やけに軽い。


ベッツェは不審に思った。


* * * * *


この世界では銅貨、銀貨、金貨の

三種類が普及および流通している。


おおよそ別料金には相場があり

かつその中身にも意味があった。



比較的流通している銅貨なら

別料金という意味合いは薄い。


一般人が日常的に広く使う物であり

記者への交通費や酒代などに

すぐ使われることを想定したもの。


そのため「すぐ記事にしてほしい」

という手渡した側の意も少なからずある。


領民に愛され、真摯に寄り添う

侯爵だからこそ相応な別料金、とも

考えられる。


だが一般としては、最低限であり

最底辺の謝礼である。



銀貨であるとすこし変わってくる。


他の二つよりも一枚一枚が重い銀貨は

その重さから「厳格さ」を表している。


つまり、内容は取材した通りでよい。

しかし国の品位や領民・領国に

関わるものだから、何卒より良く

記事にしてほしいという事となる。



最後の金貨はまさに別料金である。


金貨は流通しているが、極端に量が少ない。

希少価値のある金。それを記者に渡すことは

それだけ記事の内容には注意してほしい。



ベッツェは貨幣にしては……と思い

後ろに隠れて状況を把握している社長へと

すかさず手渡す。


ベッツェが執事と名乗る男と会話しつつ

社長からの指示を待った。



社長は手渡された箱を開ける。

社長は箱の中身をみて凍りつく。


そこには血の着いた小さなナイフ。

数本の指。その指の間に挟まれた

一枚のメモに、数行の文を上から

指の持ち主であろう血で

「ご内密に」と書かれていた。


社長はベッツェを呼ぶ。

事の次第を理解したベッツェは

震えながら取材で書き留めたメモを

全て男に渡した。


社長は頭を下げてベッツェと共に去る。


「ベッツェ。分かったろう。

 この類いの取材は、これっきーー」


社長はそのまま前に倒れる。

倒れ、地面に直撃してようやく理解した。

しかしその前に彼は意識を失う。


取り残されたベッツェは

ただただ目の前で起こったことに

己の目を疑った。


「そこまで卑しくは珍しい。

 見所はある。我々の新たな同胞として

 アーロン様の護衛となれ」


ベッツェが振り返った先

白く輝く一閃が、自分の体を貫く。

意識が飛び、気づく頃には

見知らぬ地へいた。


「おめでとう。君には役目を与えよう。

 我らの祖にして神であるアーロンを

 身をもって、守れ」


「オ、オー、……ディー……」


「覚えなくてよい。貴様はただ

 与えられし役目を全うせよ。

 その底なき卑しさは、貴きを守るいしずえとならん。

 貴様は、ようやく我らの一端となった。

 これからは祖を守りし者ジョーとして

 生きよ」


ベッツェだったそのものは

ジョーと名付けられた。


その表情は苛烈までに

ゴシップを探し、人のアラを見つける

彼そのものは消え去る。


力なく、うつろな目で

宙のどこかを見つめる。

ただ生きるだけの生命体。


唯一彼のネクタイだけが

彼だったことを物語る。

続きます。


次話投稿予定は

2021年5月31日(月)です。


次回から7話になります。

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