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少年ハークとわるいこ研究所  作者: きむら
【わるいこ】とは
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ハークとわるいこ

――隔離棟。


ハークたちが顔を合わせた共有棟から一度外へ出て、敷地内の端。

まるでひっそり隠すように、かなり離れた場所にそれはある。


外観は共有棟や他建物とほとんど同じ。しかしそこが隔離棟と呼ぶ理由は他でもない。

敷地内であるが、そこを囲うように頑丈な塀がひとつ設けられている。

研究所内を囲うものとは違い、等間隔に地中からせり上がって囲う。

大人が二人並んですっぽり入るほどの塀は、一枚一枚が独立してあり

それらが互いに重なり合う。絶えずチカチカとランプを光らせた。


内外問わず、他の誰をも受け付けない、誰も入れないような雰囲気が漂う。

レムザは塀同士を繋ぐ柱に手をかざすと、甲高い機械音を響かせて開く。

ハークはあまりの未知なる恐怖に足がすくんでしまう。


しかしそれに気にも留めず、レムザはすたすたと入っていく。

後からベルードが肩に手を置き「大丈夫だ」と言って、レムザへ続くよう促す。


隔離等の入り口には受付が設けてあり、そこに座る受付にてレムザは話をつけ

三人は棟内へと入っていく。


* * * * *


「――事前に話しておこう。ここにいる子たちは、大半は保護が遅れた子。

 もちろんこの隔離棟以外で生活する子もいるが、それは幸運な子が多数。

 状況によって隔離棟から外へ、逆もあり得る。……だがそれでも我々は見過ごさない。

 我々が保護するまで時間がかかってしまった、発見時には手遅れだったなど

 ……理由あれど、出来る限り人としての、年相応の姿へと戻れるよう支援している」


レムザはエレベーター内で説明していく。ゆっくりと上がっていくにつれて

駆動音だけではかき消せないほどの叫び、壁など叩く音が聞こえてくる。


チンっ! と開かれた扉向こうには、何重にも隔てられたガラス壁。

階層やフロア外であるにも関わらず、隔離棟に入ってすぐに響き渡る叫び声。


「……此処ハ何処ォォォ!? オ家、返シてェェェェェ!」


「――殺セェ! 退ケ! 親父、親父、親父ィィィィ!」


「タ、助ケてクれ! 信ジテくレッ! 俺ハヤっテナいッ! ヤッテなインだッ!」


頑丈な強化ガラスで各個分かれた小部屋で隔てて尚響いた。

レムザのかざす掌で扉は三人を確認して一つずつ開かれていく。

そうしないと、とある子は巧みにスタッフの出入りに合わせて脱出しようとした。

全面改修の末、この様な形でようやくその事例はほとんど無くなった。



隔離棟の中で、特別房と書かれた部屋にたどり着く。

レムザに促され、その部屋を一望するガラス前にハークは進む。


ハークは目を疑う。無機質な壁と床のみの殺風景な部屋。

そこで自分と同年代くらいの子が、だらんと床に身体を預けている。

ーー否、もはや自身の身体を支えきれない。身体のあちこちから

異形の手や足が伸びている。どれもこれも何の共通性のない鋭い爪や太い腕。

牙を持った、何とも形容しがたい肉食獣の顔。噂の化け物のような姿だった。


「君くらいの子たちが、この様な姿に変わるのは度々報告されていた。

 研究所および保護施設ここを設立したアナグマ博士が、五十年ほど前に発見。

 ごく最近になってようやく確立した治療法は、程度にもよるが薬物と生活改善。

 もし治療や発見が遅れたりするとーー最悪、この子のようになると報告されている」


あまりの様相にハークの身体は強張る。全くの未知の出来事を目の当たりにし

背筋が凍り、足が一歩も動かない。細く息絶え絶えな様子に、言葉を失った。


レムザの声を聞き取ったのか、突然子どもは身体を起こした。

声のする方へ素早く目を向け、錯乱状態で差し迫る。


「誰ダ! ソいツ、誰ダ!? 誰なンダッ! ……アァ、アァ、親父! 親父!

 殺シてやル! ずたずたニ、引キ裂く! アァ、アァ、アァアァアアァアアアッ!」


子どもは泣き叫ぶ。おそらく父親と誤認するレムザへ向かって猛突進する。

だが強力なガラスに阻まれ、それ以上レムザにたどり着けない。

何故手が届かない。これだけ伸ばしているのだぞと言わんばかりである。


子どもの強い想いに応えるように、異形の腕が一回りも二周りも筋肉が隆起する。

ガラスをぶち壊そうと思いっきり殴る、絶えず殴る、打ち砕かんと殴る。

これでもかと徐々に早まる拳は己の血で真っ赤に染まる。

拳は元より傷だらけで、長く続いているのを痕として肌に残っていた。


とうとう拳の速さは衰えていく。子どもは疲れたのか、息を荒げながら

ゆっくりと身体が縮んでいく。元の子供へと戻るとその場に倒れてしまった。


「ーーこの子は発見が遅れてしまった。接触までかなり時間を要した。

 こうなっては暴れ回った後に、疲れて眠るまで待つしかない。

 彼の目には、大人の男全て父親にしか見えず……こうして暴れている」


レムザの説明の後、部屋に煙が流し込まれ満たされていく。

白や緑の煙が混ざり合い、倒れた子供を包み込む。

それを吸い込んだ子の顔は、先ほどよりも穏やかそうだとハークの目には見える。

流す涙は程なくして止まり、うずくまるように眠りに入った。

それを感知してか、混ざり合った煙は程なくして換気される。


「……こ、これが、この子が『わるいこ』ってやつなのか…?

 俺も、こうなるっていうのか……!?」


ようやく事態が収まり、ハークはふらふらとその場にへたり込む。

「あくまで一例、且つこうして戻れるだけでも幸運だ」とレムザは補足する。


「最初に会ったときにも伝えたけど、ハーク君にはその可能性があるだけ。

 それが本当かは分からないワケ。どうしてそうなるか、とか

 何がきっかけで発現するとか、みんな違うって博士は言ってた。

 俺は見た通り『狼』だったし、レムザさんはーー」


大きな咳払い。レムザの目線がベルードへ鋭く突き刺さる。

すかさずベルードは自身の狼の力が、レムザと出会わなかったら

今頃大変なことになったかもしれないと締めくくった。


「……ハーク君。我々の話はとても信用できないかもしれない。

 だが、君も同じようになってほしくない。これは我々の勝手な理由かもしれない。

 だが、ひとりでも助かるなら、『わるいこ』でも生きていけるよう保護・支援する。

 それがこの『わるいこ研究所』であり、研究所の目標のひとつだ」


続けてレムザは、ここで働けば寮生活であれど安全な家を提供すると話し

いくらかマシな食べ物はあり、少なくともゴミ漁りせず生活できることを伝えた。

しかし保護対象だがスタッフとして迎え入れる都合、相応の仕事はしてもらう。

そのことを踏まえてほしいと伝えられる。


「(……母さんたちを待つのに、ここでも問題無いはずだ。

 それに、ゴミ捨て場(あそこ)にいるよりは、確かにマシだ)」


「よ、よろしく、お願い、します」と辿々しくも、ハークはふたりへ頭を下げた。

ベルードはホッとした様子である。レムザは銀縁眼鏡を正し、ふぅと一息つく。


* * * * *


「うーんと、本来は俺と一緒に仕事しつつ大体覚えてから一人。

 だけどハーク君はスタッフとはいえ、年齢が年齢だからね。

 しばらくは出来ることから始めてもらうって話ってワケで」


ベルードに更衣室に案内され、ハークは手渡された服に着替える。


研究所職員用の刺しゅう入り深緑のウインドブレーカー。

大きすぎるため裾を何度かまくったベージュのズボン。

ハークには少しぶかぶかの黒いラバー底の登山靴のようなそれ。


これ以上小さいサイズは現状無いため、急きょベルードのおさがりを貰い

一時的に使用することとなった。


「あー……、どう? 臭いとかは勘弁して。狼はニオイがキツいらしくてね。

 とはいえよく洗っておいたし、洗剤類も良いものなワケ……」


「……大丈夫。ありがとう、ございます」


「……いいね。感謝の言葉が出るのはいいね。

 俺、頭下げるだけだったワケ。挨拶を忘れるな、て。

 そん時はレムザさんにはこう、ね」


ベルードは自身の頭の上に拳を作り、軽く小突く。

そんな姿に、ハークは少し気が楽になった。


* * * * *


隔離棟から出て着替えを受け取るまでの間はそう長くはない。

しかし先ほどハークが脱出でひと悶着をあったとは思えないほど

所長室は元通りに戻っていた。


「すまない。流石に君のようなかなり若いスタッフを受け入れるのは

 そう多くはない。そうでなくとも、物資は極力抑えて運営している。

 ――さて早速だが、ハーク君が担当する子は、この子だ」


レムザは写真付きの資料を手渡す。


――ホーリー・ノック。


女児。ハークと同じ十一歳。母親とスラム街外の集合住宅に二人暮らし。

わるいこの可能性あり。わるいことしての姿は不明。

本人の肩と背中に数か所のアザ。母親は切り傷が数か所。


「ほ、ホーリーを? この子は確か……」


「ホーリーが実際になった、という話は出ていない。

 しかし部屋はかなり暴れた形跡がある。二人が使用した羽毛布団が

 部屋中に散乱するほどだ。兆候はあった。その前に母親と衝突。

 というのが現場の見解だ。近隣住民から苦情の電話があり

 それを元に調査およびベルード、お前を向かわせた」


ハークが来るよりも数か月前から、研究所で保護・支援を受けている。

レムザは度々情報を集めながら、わるいこかもしれない子たちを捜索した。

緊急なら保護、そうでなくとも必要な支援へ繋げようと奔走した。

ホーリーもまたそのうちの一人だったが、かなり複雑な事情を抱えていた。


「――待ってくれ。わるいこになってないのに分かるのか?

 俺の時だってそうだ。どうやって分かったんだ?」


「……ニオイだよ。俺にはそれが分かるんだ」


ベルードは頭を掻きながら答える。

その言葉にハークは首を傾げ、恐る恐る自身の手や服に鼻を近づけた。

しかし自身のニオイであるためよく分からず、またも首をかしげる。

「そういう体臭ニオイじゃないワケで……」とベルードは申し訳なさそうに伝える。


レムザ曰く、わるいこたちは共通して独特のニオイを放つ。

おおむねそれに加えて、個々に家族特有のニオイが混ざってしまう。


レムザもまた該当するが、それを判別できるのは現状ベルードただ一人。

狼の持つ鼻の鋭さのお陰か、ベルードはそれを駆使してわるいこたちを探し出す。

レムザの情報収集を用い、ある程度範囲を狭めた後にベルードがその足で向かう。


ハークを見つけるのは難しく、まずゴミの臭いが混ざって分からなかった。

しかしちょうど、ゴミ捨て場で大人たちに追いかけられる様子を目撃し

それを辿った結果、幸運にも保護につながったと話す。


ホーリーの場合、苦情の電話が立て続けに起こっていたためであり

さらに言えば、情報収集時にもそれらしい争う声が聞こえていた。

母親と二人だけであったため、比較的早くに見つけられた。


「――こればかりは俺でもお手上げだ。

 聞き込み調査だけでは、本当にわるいこかどうかなど分かるはずがない。

 こちらの判断だけで踏み切って保護・支援はかなり危険だ。

 本人ではなく兄弟姉妹が、あるいは消息不明……ということもあった。

 ここを立ち上げ直後にベルードを迎えられたのは幸運で

 流石に俺一人だけじゃ、子どもたちを探すのでさえ一苦労だ。

 それにわるいこの状態が進むほど、ニオイは強まる。

 緊急性が増す分、発見しやすさが上がる。……実際そうしたくは無いが」


照れながら褒められて顔がにやけるベルード。

ハークと目が合うと胸張ってご満悦の様子である。


「――待ってくれ。本当にこの子を何も知らない俺が見ていいのか?

 大体、子分というか下っ端は雑用とかからじゃあ……」


「ハーク君が言いたいことは分かる。だがそれは並行して行う。

 ……確かにスタッフとなれば、上司と部下の関係は生まれる。

 だが保護した子の中には、俺たちスタッフを目指す子もいる。

 こうして保護を主としたり、他の子へ勉強を教えたりするのも支援だ。

 またスタッフではなく、別の生き方を目指す子。つまり色んな子が居る。

 ――君がここで働く中で、それか大人になって考え方が変わればその時だ。

 俺たちは、君がこの先の人生を歩んでも困らないよう支援するつもりだ。

 最低限の読み書きも、必要な知識も出来る限り叶えてやりたい。

 俺たちは、研究所は、わるいこであっても自分らしく生きられるよう

 君も、ベルードも、他の子たちも、研究所はいくらでも支援する。

 ……しかしその分、研究所の仕事を担ってほしい。どうだろう?」


レムザはそう言いつつ、手渡した資料を回収する。

情報は最小限かつにするという理由からだった。


「――やってみる。……俺は家族を、他の家族を待ちたい。

 なんなら探し出して……また皆と暮らしたい。

 それが叶ったら……分からないが、それまでは頑張る」


「そうか、わかった。研究所は君の希望が叶うよう

 出来うる限り、全力を尽くそう。改めて、よろしくハーク君」


「お、俺も出来る限り、ハーク君に仕事を教えていくワケで。

 一緒に頑張ろう。よろしく、ハーク君!」


差し出されたレムザの手をしかと握り返す。

がっしりとした大人の手。レムザの真っすぐな目線にハークは応える。

その握手に添えるよう、ベルードが手を置き、共に応える。


レムザにベルードの言葉が恐らく本当だろう。

初めて家族以外の、信頼できる大人と出会たようだとハークは感じた。

つづきます。


追伸:2026年5月29日(金)

書き方変更および内容一部変更しつつ加筆しました。

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