ハークとわるいこ
――隔離棟。
ハークたちが居た共有棟とは別。
共有棟から一度外へ出て
研究所敷地内の離れた場所にある。
隔離棟の外観は
共有棟とほとんど同じである。
しかし他の誰をも受け付けない
誰も入れない様な見えない壁が
あるような雰囲気が漂う。
入り口には受付が設けてあり
そこに座る受付にてレムザは
話をつけ、3人は中へと入っていく。
* * * * *
「――殺セェ! 退ケ!
親父、親父、親父ィィィィ!」
階層やフロア外であるにも関わらず
隔離棟に入ってすぐに響き渡る叫び声。
隔離棟の中で、特別房と書かれた部屋。
ハークは目を疑った。
中で自分と同じくらいの子供が
身体の内側のあちこちから
異形の手や足が伸びている。
どれもこれも
何の共通性のない鋭い爪や太い腕。
牙を持った何とも形容しがたい
肉食獣の顔へ変わり果てている。
噂の化け物のような姿だった。
「君くらいの歳の子供たちが
こうして異形の姿に変わるのを
ここも設立したアナグマ博士が発見した。
治療法は程度にもよるが薬物と生活改善。
もし治療や発見が遅れたりすると
……最悪、この子のようになると報告されている」
レムザの声を聞き取ったのか
わるいこはすぐさま
声のする方へと身体を素早く向けた。
「誰ダ! 誰ダ! 誰ダ!
……アァ、アァ、親父! 親父!
殺シてやル! ずたずたニ、引キ裂く!
アァ、アァ、アァアァアアァアアア!」
異形の化け物がレムザへと
猛スピードで何度も突進する。
だが強力なガラスに阻まれ
化け物はそれ以上レムザにたどり着けない。
それがわかると化け物は
大振りで強靭な腕を駆使して
ガラスをぶち壊そうと
殴る、殴る、殴る。
これでもかと徐々に早まる拳は
己の血で真っ赤に染まる。
しかしガラスはそれでも
傷ひとつつかなかった。
化け物は疲れたのか
息を荒げながらゆっくりと
身体が縮んでいく。
元の子供へと戻ると
その場にすぅすぅと眠ってしまった。
「これが『わるいこ』の典型的な例だ。
この子は発見が遅れてしまった。
こうなっては暴れ疲れて
眠るまで待つしかない。
彼の目には、大人の男全て
父親にしか見えずああして
殺そうと暴れている」
レムザの説明の後
部屋に煙が流し込まれ
満たされていく。
白い煙に、緑の煙、などの
様々な色の煙が、子供を包み込む。
それを吸い込む子供の顔は、
先ほどよりも穏やかそうだと
ハークの目には見えた。
力が抜けたのかハークは
その場にへたり込む。
「これが、この子が
『わるいこ』ってやつなのか……。
俺も、こうなるっていうのか?」
「可能性があるだけ。
それがどうかは分からないワケ。
どうしてそうなるかっていうのも
みんな違うって博士は言ってた。
俺は見た通り『狼』だったし
レムザさんは……」
「……ベルード。それ以上は言うな」
大きな咳払い。
レムザの目線がベルードへ
鋭く突き刺さった。
「……ハーク君。我々の話は
とても信用できないかもしれない。
だが、君も同じようになってほしくはない。
これは、我々の勝手な理由かもしれない。
だが、ひとりでも苦しむ子が減るならば
『わるいこ』でも生きていけるようにしていく。
それが、この『わるいこ研究所』だ」
レムザは続けて
ここで働けば寮生活、安全な部屋で
いくらかマシな食べものがあり
少なくともゴミ漁りせずに
生活できることを伝えた。
ハークには突然の内容だったが
ゴミ捨て場の大人たちよりも
この『わるいこ研究所』で
働くことの方がマシと考えに至る。
「よ、よろしく、お願い、します」
ハークはふたりへ頭を下げた。
ベルードはホッとした様子である。
レムザは銀縁眼鏡を正し
ふぅと一息つく。
* * * * *
「うーんと、本来は
俺と一緒に仕事しつつ
大体覚えてから一人、て感じ
だけど、ハーク君はまだ
年齢が年齢だからね」
ベルードに更衣室に案内され
ハークは手渡された服に着替える。
研究所職員用の刺しゅう入り
深緑のウインドブレーカー。
大きすぎるため
裾を何度かまくった
ベージュのズボン。
ハークには少しぶかぶかの
黒いラバーが底についた登山靴。
これ以上小さいサイズはないため
急遽ズボンと登山靴を
ベルードのおさがりを
貰うことになった。
「あー……、どう?
臭いとかは勘弁して。
狼はニオイがキツいらしくてね。
よく洗っておいたはずなワケ……」
「大丈夫。ありがとう、ございます」
「……いいね。
感謝の言葉が出るのはいいよ。
俺、頭下げるだけだったワケ。
挨拶を忘れるな、て。
そん時はレムザさんにはこう、ね」
ベルードは自身の頭の上に
拳を作り、軽く小突く。
はにかむ姿にハークはふふっと笑い
少し気が楽になった。
* * * * *
「さて早速だが、ハーク君が
担当する子だが、この子だ。
この子の経過観察と必要事項を
レポートにしてもらう。
書き方はベルードから聞くように」
先ほどの所長室は元通りに戻っていた。
レムザはハークとベルードに
3枚とじの資料を手渡す。
――ホーリー・ノック。
女児。ハークと同じ11歳。
母親とスラム街外の
国営集合住宅に二人暮らし。
わるいこの可能性あり。
わるいことしての姿は不明。
本人の肩と背中に数か所のアザ。
母親は切り傷。
「レムザさん。これ、母親が
押さえつけたっていう……」
「ホーリーが実際になった
という話は出ていない。
しかし部屋は、かなり暴れた形跡がある。
二人が使っていたらしい羽毛布団の
中身が部屋中に散乱するほどだ。
兆候はあった。その前に母親と衝突。
というのが現場の見解だ」
「待ってくれ。
わるいこになってないのに
分かるのか?俺の時だってそうだ。
どうやって分かったんだ?」
「ニオイだよ」
ベルードは頭を掻きながら答える。
わるいこたちは
共通した独特のにおいを放つ。
おおむねそれに加えて
家族特有のニオイが混ざる。
ホーリーの場合は、二人だけで
あったため、比較的早く見つけられた。
ハークは一人であり
かなり初期の段階で分かった、と
レムザが詳しく説明をいれた。
「状態が進むほど、ニオイは強まる。
それを見つけて保護するのは
まさしく我々研究所のスタッフ、職員。
もっともその最前線にいるベルードや
他の職員が一番だが」
照れながら褒められて
顔がにやけるベルード。
ハークと目が合うと
胸張ってご満悦の様子である。
「待ってくれ。本当にこの子を
何も知らない俺が見ていいのか?
大体、子分は雑用とかパシリとか……」
「構わない。それが手っ取り早い。
それに、子分ではない。我々と同じ職員だ」
レムザはそう言いつつ
手渡した資料を回収する。
情報は最小限に出ないようにする
という理由からだった。
「ハーク君。申し訳ないが
君が一人だったからこそ
我々は君を早く見つけられた」
――ひとりだったから。
レムザの言葉がハークの心にゆっくりと
ただし的確にその核へと突き刺さった。
つづきます




