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少年ハークとわるいこ研究所  作者: きむら
ExⅠ:ハーク
28/327

守るは人、嵐の如く

ハークがまだベルードに出会う前。

まだ「わるいこ」という言葉を知る前。

家族と離れ離れになってすぐのこと。


ハークは慣れない事が続くなか

ようやく自身の拠点と思える場所を見つける。


それは後に隠れ家となるマンションの一室。


しばらくはここで寝起きが出来る

とハークはホッとする。


ハークは久しぶりに深い眠りについた――

――ハークが家族と離れる少し前の話。


父と母、父方の祖父母、弟二人の七人家族。

一番上の兄として、ハークは家族のため

家にいる母と祖母の手伝いをしていた。



そこは大陸南東部。ゴミ捨て場近くから数キロ離れたスラム街。

訳あって故あって流れ着いた人々が、自らゴミなどから作り出した家々が並ぶ。

まだ幼い弟二人は祖母と母とで育てられ、祖父と父は日雇いとして

出稼ぎをし家族は生活していた。


まだ子供であるハークには、父たちと共に働くことは出来なかった。

そこでハークは、家に残った家族のため出来る限り、手伝いを頑張っていた。



ある時、出稼ぎから帰って来た祖父と父。手元には僅かばかりの袋一つ。

中には一日みっちり働いて得た銅貨数枚。


これはスラム街ならかなりの額になるが、他の地域や職と比べれば

一時間ほど働いた額か、月収の一割にも満たない程度である。


七人家族では到底食べていけるはずはない。

その日の夜。銅貨数枚の袋を囲んで、大人たちはどうしようかと悩んでいた。


最初に話を切り出したのはハークの父。


「ここ最近の仕事は良くてこれだけ。ここから離れた先なら

 いい仕事があると聞くけど、行くにはもっとお金がいる。

 ……それに、制限がある」


「大人二人と子供一人までだそうだ。育ての親二人と子一人が条件と言う。

 ワシとばあさんで一人、お前さんたちで一人と言い張れば

 たどり着いて金さえ出せば、こんな生活から出られる」


祖父の言葉に、ハークの母は立ち上がる。


「待って! 子供は三人よ。誰か置いていくの!?」


「仕方ないさ。全員で一緒にアタシは飢え死にはごめんだよ。

 聞けば検閲は厳しいと聞くよ。アタシとじいさんで親を亡くした孫だと

 言うので精一杯。子供三人はごまかせないさ」


祖母は冷静に答える。母はそのまま、何も言い返せず、座る。



「――おかえり。どうしたの?」


その時、部屋の外で物音がした。それはトイレに起きたハークである。


「あぁハーク。何でもないさ。トイレかい? 俺がついて行くから」


父がハークをトイレへとついて行く。残った三人がうつむく。


「……ハークは、いつも私たちの為にいろんな手伝いをしてくれる。

 自分の出来ることを必死でしている。母として、親として、ハークも

 あの子達も一緒に、って思うの。どうにかならないんですか?」


それは誰もが知っている、と祖父はうなづいて答える。

ハークの働きぶりは本人なりに頑張っている。疑う必要のない事実である。


「甘いね。みんなで一緒に、は捨てな。

 ……アタシは、ハークを置いていくしかないと思うね」


「お義母さん! それはあまりにも」


「じゃあ幼い二人の内、ひとりを置いていくのかい?

 その方が残酷さ。片方が良くて、片方が悪かったら

 アンタが一番苦しむことになる。……誰を残しても苦しむ。

 その中でまだ赤子を置いたらどうだ。誰が守る? なら――」



「……母さん。ばあちゃん」


ハークがトイレから戻ってきた。後ろには父の姿。

三人の話を聞いたか定かではないが、ハークの表情は寂し気で

目の前の大人たちを見つめた。


父親に促され、ハークは部屋に戻っていく。何があったのか?

喧嘩か? と父親に問いかけるハーク。父は内心予想はついていたが

わからないとだけ伝えて、明日も早いから寝るよう促した。



「たぶん怒ってたからだろう。俺もいまいま聞いたが……共倒れは避けたい」


「――今日は、もうやめよう。ワシらは明日もいかねばならん」


祖父の一言に大人たちは各々席を立ち、寝床へと入っていく。


誰もが同じことを思った。どうすればいい。どうすれば全員で生きられるか。

あれこれと考えをめぐらすが、誰にもわからない。


時間だけが平等に、かつ残酷に過ぎていく。



* * * * *


ーーそれから数日後。


「――おい、聞いたか? 開発事業が始まるってよ」


「開発? ……あぁ。上が話しているアレか」


労働者たちを監視すべくやってきたスーツの男三人が

人気のない場所でこっそり煙草を吹かしながらそう話し始める。


偶然にもその近くで仕事をしていたハークの父は

仕事の手を止めず、静かに近づきながら男たちの話に耳を傾ける。


ちょうど通りかかった祖父も加わり、二人は息をひそめる。



「――明日には、このスラム全てが更地になる。

 ここを一掃した上で……新しい工場を立てるとか言ってたな」


「え? 俺は更地にするとは聞いてるが工場ではなく、住宅地だと……」


「おかしいな。まぁ上の奴らは頭も口も全部、自分のために動いているしな。

 俺らはそれに乗るだけ。こうして奴らをこき使えば良いんだからよ。

 何より、あのヒゲは相当のやり手だ。うまく立ち回ればいいさ」


「流石っすね。……正直、俺ここ嫌いなんスよ。

 汚いとか臭いとかじゃない。同じ人間でも、こうも違うって思えるのが

 本当、見ていられないっすわ。スラムの奴らは、互いに争ってる。

 道徳とか、人道とか、そーいうなんつー……」


「ハハハ。おいおい、顔に似合わないぞ。そんなのはな、こうして

 もみ消してしまえばいい。おっと、そろそろ向こうの現場に――」


雇い主であるふたりの男たちは煙草を捨て、踏みつけて火を消す。

スーツの男たちは互いに笑っていた。


「(こうしちゃあ、いられんな)」


父と祖父は居ても立っても居られず、巧みな演技により

腹痛と頭痛による仮病で早退し、家族の元へ急いだ。


* * * * *


「ばあさん! 出るぞ!」


「じいさん、騒々しいね。一体ーー」


「ここにはいられない。早く出ないと」


あまりの慌てぶりに、祖母は問いただす。

祖父はそれどころではないと家じゅうの物をひっくり返し

何かを探している。代わりに父が事情を話した。


母もあとからやってきて、大人たちは事の次第を理解した。

みんなで急いで逃げようとした矢先。近くで大きな地鳴りが響く。


父は窓から見たのは、何十台もの重機。

横一列に組み、一挙にスラムを更地にしていく。


「……よし、金は持った。あとはこれを持っていく」


父は急いで幼い赤子ふたりを抱える。ひとりは祖母に託し

もうひとりは母へと手渡される。


「待って! ハークがまだ――!」


この時ハークは家に居なかった。手伝いのために遠くへ向かっていた。


「ダメだ! 巻き込まれる!」


母は叫ぶも、ハークは帰ってこなかった。

父はいるだけの家族を守りつつ、あてもなく逃げた。



「な、なんだありゃ?!」


地鳴りに驚いたスラムの住人たちは、向こうの重機の群れに気づいた。

誰もが一心不乱に、我先にと重機から逃げ惑った。


重機は何者かの一声で、一斉にうなりを上げる。

足並みをそろえ、隙間なく綺麗にただ前進していく。

それまで家だったものがガラクタとなり、それまであった景色が

一瞬にして跡形もなく崩れ去っていくのが誰の目にも映る。



ほどなくして、住人たちは海岸線沿いまで追いつめられる。

誰かは海へ飛び込めと叫ぶ。誰かはもうダメだと膝をつく。


「――おい、こっちだ!」


誰もがその声に振り返る。誰よりも海岸線近くに居合わせた住人であった。

そしてもう一人。海向こうからスラムの人たちを保護すべく

大型の船に乗った使者であった。


「皆さんこちらに乗り込んでください。ここから逃げましょう」


使者の言葉に、スラムの人々は藁にもすがる思いで殺到した。

ハークの家族も急いで乗り込もうとする。



重機は海岸線のすぐ近くまで差し迫っていた。我先にと住人たちは船へ乗り込む。

母はハークを今か今かと待っていた。しかしもう待てないと判断した使者が

母の腕をつかんで入るよう促す。それを振りほどこうとする母だが

重機が目と鼻の先まで来たところで、やむを得ず旦那と思われる父を呼び

母をそのまま担がせ船に乗り込む。



「ハーク……」


「……大丈夫。ハークなら何とかなるさ」


母は赤ん坊を抱えながら涙を流す。根拠も自信もない中、父はそう慰める。


船の汽笛が鳴り響き、ちょうど離岸した所で重機が押し出したゴミが

海岸線へ押しやられ、ゴロゴロとゴミが海へと沈んでいった。


* * * * *


「……おい! この船は沈まないだろうな!?」


船は大小問わず左右に揺れる。軋む音があちこちから聞こえ始めた、

住人たちから不安の声が上がり、集団内に不和が起こり始めた。


「ご安心ください。ちょうど進む海域がそうなのもあります。

 しかし本日は稀に見る好天。普段はこれ以上ひどく揺れます。

 皆さんはとても運がいい。いましばらくお待ちください。

 それに皆さんの中に、聞いたことがあるでしょう?

 いい仕事の地がある、と。それらはまさしくこの船が行き着く先です。

 嫌なら、すぐにでも降りてもらうことも出来ますが……?」


不安がる住人たちに使者の男が状況をそう説明する。

住人は少々不審に思ったが、戻れるわけもなく男を信じることにした。



船に揺られて数十時間後。船はやっと着岸したらしく、船内にアナウンスが響く。


人々はぞろぞろと船から降りる。彼らの目に広がったのは黒い雲を吐く

何本もの高い煙突に、画一的で無機質な建物の数々。


そこは港に隣接する巨大工場地帯。何もかもが暗い色の世界。

黒い煙に空は染め上げられ、工場から流される排水から海は汚れ

コンクリートのみの地上は精気を感じられない。

何もかも暗い。スラムよりも寂しくかつ冷たい印象を誰もが感じた。


乗り込んだ人々が全員船着き場へ降りた頃。どこからか拍手が聞こえる。

人々を見下ろすように、高いところから眺める一人の男。

それは使者と名乗ったあの男。改めて髪を梳き直して七三分けに整える。

拡声器メガホンなど使わずとも全員に聞こえるほど大きな声で

芝居がかったような口ぶりで話し始める。


「ようこそ。歓迎いたします。どうぞ、ここで働き手として

 どうぞ、ここでにえとして、どうぞ、大主神のために

 命を捧げてくださいませ」


突然のことに住人たちは困惑する。それと同時、船は汽笛を上げて離岸する。

冗談じゃない、と再度船に乗ろうと住人の一部が乗り込もうとするが

距離が足りず海へ落ちる。その音に感づいたのか、落ちた彼らの周りを

ゆらゆらとなにかが狙い澄ましている。


その海からは、助けを呼ぶ叫び声だけが聞こえた。



その場に留まった人々へ、銃を持った人間たちが取り囲む。

ジリジリと詰められ、住人たちは一集団へとなった。


「ふ……ふざけるな! 俺たちはそんなことのために船に乗ったんじゃない!

 仕事どうこうよりも、銃を突きつけられたら何も言えないじゃないか!」


「そうだ! 確かに俺たちはあそこから助けてもらった。

 だが結局お前たちが今しようとしていることは向こうの――」


あちこちで不満が飛び交う。男は澄ました顔のまま、指を鳴らす。

同時。銃が唸りを上げ、集団の外側が一枚、放射状に地面へパタリと落ちる。


その惨状を目の当たりにし、誰もが恐怖した。逃げるもの、その場に倒れ込むもの

叫ぶもの、声を失うもの。もう一度指を鳴らす必要はなく、集団はより小さくなる。


ハーク父は男が指を鳴らそうとした瞬間を見逃さなかった。

妻を子を守るように、また祖父も自身の妻と孫を守るべく、身を挺して守った。

銃弾は当たることも掠ることもなかった。


そうして、集団はある程度の大きさになった途端。船着き場は海側に

大きな壁がせり上がり、まるで退路を断つようにそびえ立った。


「さぁ生き残った皆さま。覚えていますね? 条件に従ってお進みください」


人々は一組、また一組と老若男女問わず子どもを抱え、列を成す。



やむを得ず倒れた人たちを退かし、ハークの家族らは辺りを見回す。


あまりの惨状に母は口を押さえ、父は目を覆って落胆した。

祖父母は周りのことなど気に留めることなく、孫を抱きかかえる。

一度こそチラッと目を向けるが、それ以上ふたりを気に掛ける様子などない。


「おぉ……、おぉ……、俺だけ……、俺だけなのか……」


父はふと、血を流した我が子を抱き、泣き崩れる男に気づく。

ぐったりとし、もう動く気配はない。妻らしき女性は力なく横たわる。

その男へ気づくと、銃を持った人々が集まり始め、装弾し始めている。


泣く男は銃に気づかない。もう銃口は男を狙っている。

父の身体は、すでに動いていた。我が子を妻に任せ、駆け出していた。


「お、おおお、おおおおお……ッ!」


泣き崩れる男が、愛する妻と子が、自分たちに一瞬でも重なった。

()()()()()()()()。もう後戻りはできない。

全く知らない人だ。赤の他人だ。けれども、流した涙に偽りはない。

自分だったらどうだ。ハークが死なれたら? 妻が死んだら? 同じように泣く。

追わせても良かったのでは? いやだ。なぜだ? わからない。

自分勝手な考えかもしれない。それでも、自分は彼を助けたいと強く思った。


「な、なんだこいつ――!」


父は思いっきり銃を持つ男ひとりに殴りかかった。

反動で離れた銃を奪い取り、鈍器のように銃床で蹴散らしていく。


「俺だって……! 大切な人を亡くしたら、泣く!」


銃を持った兵士たちは突然の強襲を制すべく構えるが

目の前で銃をふるう男ひとりになすすべなく返り討ちにされてしまった。


「う、動くなっ! お前、こいつらがどうな――!」


「伏せろ――!」


振り向いた瞬間に見えた妻と子に向けられた銃口。

だが父は一瞬で理解し、蹴散らした兵士たちの銃を空中で掴み

ぶんっと一気に投げつけ、兵士を昏倒させる。


父はひとり、またひとりと迫りくる兵士を単身で制していった。



* * * * *


――なんだよ、これ。


母から頼まれた買い物から帰ってきたハーク。

そこは誰も居ない。そこに在ったはずの物がない。


ただただゴミが海岸線へ押しやられて山が作られている。

その跡に新たなゴミが積み上がり、ただただ山が並んでいる。


見慣れない周りの大人たちが争い、物を奪い合う姿が垣間見える。

ふと母を父を祖父母を弟たちを思い出し、必死に探すハーク。


どこにも居ないことに落胆し、向こうで争う彼らと同じように

ゴミをあさって今日を生きることに身を投じ初めてるのは

そう遅くはなかった。

一区切りとなりましたので

登場人物のサイドストーリーを書こう!

と思い立って、こんな時間になりました。


申し訳ありません。続いています。


次話投稿予定は

2021年4月5日(月)です!


次回より、第5話となります。

よろしくお願いいたします。



追伸:2024年6月より加筆しました。

「ラプトル・ハークは夢を見る」から

タイトル変更しました。

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