ハークとわるいこと銀髪の男
――エイール大陸南東部。
海岸線沿いに近いスラムの一角。
そこは大陸全土のゴミが捨てられている。
そこの住人たちは毎日ゴミをあさって生きている。
そこで少年ハークはひとり、大人の目を盗んで
こっそりとゴミを漁っていた。
ある晴れたその日。今日を生きるため、少年ハークはひとりゴミを漁っていた。
周りは自分より何倍も年の離れた大人たち。徒党を組み、我が物顔で
ゴミを集めては、他のグループと小競り合いを繰り広げていた。
「(よし、今のうちに……)」
子供ゆえの小柄さを利用して、ハークはまだ使えそうなゴミを
こそこそと集め回っていた。
「……っ?! おい! そこのガキ!
ここは俺たちの縄張りだ! 誰の許可もらって拾ってんだ!?」
大人の一人がハークに気づき、周りは一斉に振り向く。
全員が顔を見合わせて小競り合いを止め、ハークへ一直線に襲い掛かった。
「(嘘だろ!? やばっ!)」
ハークは急いで集めたゴミを抱え、その場から駆け出した。
大人たちの巧みな追跡で、ハークを捕まえようとゴミ山を駆けていく。
「逃がすな!」
「珍しいな。子供がこんなところに来るなんてよ」
「バカ! そんなの関係ない。おい、お前らも奴を捕まえろ!」
近くにいた仲間に声をかけ、ひとりまたひとりと追手が増えていく。
仲間たちはハークへゴミを投げ、ゴミ山を蹴飛ばして道を塞ごうと試みた。
大勢の駆け足の衝撃が、ゴミからゴミへ伝わっていく。
とうとう一際高く積みあがったゴミ山へたどり着くと
ガラガラと大きな音を立ててハークめがけて崩れてきた。
「(ど、どうにでもなれ……ッ!)」
しかしハークの足は速く、目がよかった。わずかな隙間を見つけ出し
塞がる前に通過し、狭いところも難なく通り抜けていった。
「何をして……、う、うわー!」
追っていた大人たちへ、崩れたゴミ山が襲い掛かり
後から続いた全員が、ゴミに埋もれてしまった。
「(……危なかった。おっと、これは使えそう)」
大人たちを尻目に、逃げる最中でもゴミを拾っていくハーク。
崩れたゴミ山の土煙が舞い上がり、気づけばもう両者の姿は
どこにも見当たらなくなっていた。
「――あの野郎……。どこだ! 探せ! ぶちのめしてやれ!」
「……ちくしょう! 足が速いのなんの」
「な、なぁ、アイツもしかしてさ……」
ゴミから這い出た大人たちは、逃げた少年について
とある噂と結び付けて話し始めた。
* * * * *
「……はぁ。今日はこれだけか」
ハークは急いで隠れ家へと逃げ込む。
そこはゴミ捨て場から少し離れた、とある廃墟の一室。
まだスラム街ができる前、どこかの誰かが住んでいたであろうマンションの一室。
最近起こった大地震により、ほとんどの建物は崩れ去った。
辛うじて残った一室をハークは偶然見つけ、今は隠れ家としている。
周りはガレキやゴミがなだれ込んでおり、一目では見分けがつかない。
少年であるハークだからこそ入れる隙間があり、大人が入ることはできない。
そのため少年一人が使うには、うってつけの場所となっていた。
拾ってきたゴミを選別していく。
今回は食料を主に拾うつもりが、それほどなかった。
あっても食べられる箇所が少ない。
ハークは肩を落とすも、食べられる部分だけ綺麗に取り出し、口にしていく。
隠れ家には、ハークひとりだけが住むのに
最低限必要なものが置かれていた。寝床や衣服はあちこちボロボロだがまだ使えた。
それと合わせて、ゴミ山から集め、拾い上げたものが隠れ家に積まれる。
大地震によるものか、崩れた部屋のあちこちから隙間風が吹き込む。
どうにか布切れや木片を埋め、詰め込み、ようやくいくらか対処した。
「もう、一か月くらいか……?」
一息ついたハークは、集めたゴミの中で唯一、大切に置かれたものを手に取る。
それは木製の写真立てに収められていた一枚の写真。家族写真である。
ガラスとコルク板がはめ込まれており、一か所だけ大きくひび割れて
今にも壊れそうな状態であるが、慎重にテープで補強した跡がある。
ハークを中心に、彼の後ろに両親。その両脇には祖父母。
母の腕に抱えられ、まだ赤ん坊である二人の弟。みんな笑顔で写っていた。
写真立てをじっと見つめるハーク。目には涙が少しにじむ。
「(母さんたちは、どこかへ行った。……俺を、俺だけを、置いて行った。
どうして、俺だけ置いて行ったんだ。……俺は、いらない子か?
ちくしょう……っ!」
大切にしている写真立てを強く握る。あまりの怒りに写真を投げそうになるも
震えながらも抑えつつ、写真立てをゆっくり伏せる。
“コンコンコン”
隠れ家の戸を叩く音。ハークは驚き、音のほうに目をやる。
そこは本来ある唯一の扉。子供の力では開かない重く頑丈な扉で
やむを得ずハークは放置していた扉である。
すぐさま物音を立てない様、集めたゴミの中へと隠れ、身構えた。
* * * * *
「(嘘だろ?!)」
一目見た限りで、ここが家であると理解するのは難しい。
ハークは頭をフル回転させる。この隠れ家を訪れる者は二通り考えられる。
可能性があるのはさっき追ってきた大人たち。もしくはここを管轄する警官たち。
どちらにしろ、ろくなことがない。大抵は集団でボコボコに殴られるのである。
いつの日だったか、ハークがゴミを集めている時、大人たちが一人だけを集団で
殴ったり蹴ったりする様子を見たことがあった。
おそらく見つかれば、自分もそんな目に合わされるのだろう。
身震いしたが、すぐさま逃げねばならない。
こんなこともあろうかと、ハークは事前に抜け道を作っておいた。
といっても、下の階や隣の部屋に行くだけのものである。
静かに、抜け道へ続く扉へと身体を滑らせていく。
“コンコンコン……”
何度か響いたノック音が消える。諦めたか。そうハークはホッとした矢先。
“ドゴォォォォォッ!”
部屋の中へ、扉が物凄い大きな音をたてて吹き飛んできた。
扉は真ん中を大きくへこませ、部屋の中へ勢いそのまま転がる。
「……あ、やば……。あ、えっと、もしもーし。
誰かいますかー! ……いや、いるっすよねー!?」
部屋は静まり返っている。ハークは危うく驚いて声を上げそうになったが
こらえて突然の訪問者の姿をゴミの隙間から確認した。
長身で痩せた若い男。ハーク自身より二、三ほど年上に見える。
腕も足も、さっきの大人より長い。目と眉毛は細く、目の下には大きなクマ。
眠そうな顔で、大きなあくびひとつ。所々ハネた長い銀髪を、紐で頭の先辺りで
ひとつに結んでいる。
ハークはその男の服装を観察する。よく見ると、見知った大人たちとは違う。
まして、警官のような服ではない。このスラムやゴミ捨て場とは別に
ある程度綺麗な街があり、そこを行き来する大人たちが着ているような
端がボロボロではない小綺麗な衣服を身にまとっている。
服装から見るに、少なくともハークが知るような人間ではない。
まず家族以外の大人と関わる機会がそれほどなかったため
心当たりが一切なかった。
「あー、どこかに隠れている、と。かくれんぼっすかね?」
銀髪の男はそう言いつつ、周りをよく観察するように目を向ける。
おもむろに片足を上げ、勢いよく床を踏みつけた。
“ズシィィン!”
踏みつけた足を中心に大きく揺れていき、部屋の物がガラガラと滑り落ちた。
ミシミシと部屋そのものが揺れ、積み上げられたゴミも大きく揺れ
ガラガラと崩れていく。
「うわっ?!」
ハークはゴミの中から押し出されるように、とうとう男の前に現れてしまう。
「しまっ……」
ハークの姿を捉えた銀髪は、一瞬にしてハークの腕をガッチリつかんだ。
咄嗟に男の腕からかいくぐろうとハークは身体を滑らすも、すぐさま男の長い腕に制され
脇にガッチリ抱えられてしまう。
「……あー、あー。こちらベルード。こちらベルード。
いました、いました。茶色の短髪、灰色の目の少年。
はい、いま捕まえたっす」
* * * * *
ベルードと名乗る男は見慣れない、小さな黒い箱に声をかけている。
小さな箱で相手と連絡している。
「……えぇ?! 今からっすか? えぇ、ええっと……は、ハーク、君だっけ?
ここから近くて、すごく高い場所、ある?」
男の問いかけに、ハークはそっぽを向き、黙った。
もしかしたら自分を連れ去るんじゃないか。それなら答えず、隙をみて逃げた方がいい
とハークは考えた。
「……はぁ。そうだよね。答えないよね……」
銀髪の男ベルードは、大きなため息をつく。するとベルードは自身の鼻を
ちょんちょんと指先で二回つつく。
ハークは目を疑った。
目の前の男の顔が見る見るうちに別の動物、それも大きくて鋭い牙を何本も生える。
目がギラリと鋭くなり、ぞわぞわと銀色の毛が、びっしりと顔じゅうに生える。
それはまさに狼のような風貌となった。
「――おイ、答エろ。高イ場所、ドこだ?」
狼となったベルードから吐かれる息は、獣そのものだった。
いまにも食べられそうだと恐れたハークは、震えながら口を動かす。
「こ、ここから……、まっすぐ。開けた所から、すぐ……見える」
ハークは破られた扉の向こうを指さす。それを聞き届けたベルードは
猛烈な鼻息を吹き出し、まるで時間が戻ったように、元の眠そうな人間の顔に戻った。
「……んあー、はいはい。いいこっすね。あそこかぁ。
……あーそうだ。これから、しばらく喋らないでね。時間が無いから、かっ飛ばすね」
「……は?」
続きます。
※2023年10月29日 3時34分
内容そのままに、書き方を変えてみました。
もし元のまま方がいい、このほうがいいなど
ありましたらご意見いただきたいです。
※2024年3月3日 上記の対してご意見をいただき
書き方を元に戻しました。加えて内容も一部変更しました。