1 四人目の婚約者候補
「エレノア嬢。僕はこのままでは、君の伴侶にはなれない──」
初夏の風が気持ちの良い休日の午後。定時に邸を訪れていたにもかかわらず、お茶会に遅れて来た彼は、席に着くなり開口一番そうおっしゃいました。
彼はシュタイン伯爵家嫡子であるわたくしの、婚約者候補の令息です。
「そうですか。ではこのお話は無かったことにいたしましょう」
わたくしは持ち上げたティーカップをソーサーに戻すと、彼にそう告げました。
「おいおい、何を早合点しているんだい。僕は『このままでは』と言っただけだよ。ここはそういう結論に至った理由を聞き返すところだろう?」
一体何を仰りたいのでしょうか。
「理由など必要ありませんわ。あなたのおっしゃる『このまま』が、何を指しているのかは存じ上げませんが、それはあなたご自身の問題でしょう? 顔合わせの段階から婚約に差し障るような問題をお持ちの方とは婚約できませんもの」
「そういうところだよ、エレノア嬢。何故リリア嬢のように可愛らしく甘やかに立ち振る舞うことができない」
リリアはわたくしの妹です。
彼がわたくしを待たせていた原因でもあります。
「何をおっしゃっているのか分かりかねます。何故わたくしが妹のように振舞う必要がありますの?」
「君の美しさは好ましく思っているよ。あとは君にリリア嬢の半分でも愛らしさがあれば、僕は君を心から愛することが出来ると思うんだ。君だって伴侶とは愛し愛される関係を望むだろう?」
「・・・・・・」
驚きました。これまでの方はリリアの方が良いという確固たる意志をお持ちでしたが、この方は美しくて愛嬌があったら誰でも良いと、そうおっしゃっているようですわ。なんて節操のない方なのでしょう。
お会いするのは三回目で、三回とも我が家に到着していたにもかかわらずお茶会には遅刻。
婿に入るという自覚がないのか、話題は現在王都で流行しているアレコレで、婿に入ることに対するビジョンを話すわけでも、自身のアピールをするわけでもない。
今のところ、わたくしは彼を伴侶とするメリットを何も感じておりません。
それに『愛し愛される』だったでしょうか。
何を根拠にそういう考えに思い至ったのかわかりませんが、ご自分が愛されていることを前提に話していらっしゃることも理解できません。
このように思い込みで動かれる方を我が家の婿に迎えるわけにはいきません。我が家にとって、マイナスになっても、プラスになることは無いからです。
「……わかりました」
彼はわたくしの返答に喜色を浮かべられました。
この凍り付いた空気を読むことも出来ないなんて、やはり我が家には不要な人材です。
「僕との未来のために、態度を改めてくれる気になったかい?」
「いいえ」
この方にはもう用はありません。わたくしは彼を待っている間に読んでいた本を手に取ると、しおりが落ちないよう、ページの奥に深く差し入れ、立ち上がりました。
「そんな必要はありませんでしょう? わたくしの伴侶になれないのなら、なって頂かなくて結構ですもの」
「……エレノア嬢?」
彼は座ったまま、訳が分からないと言ったようにわたくしを見上げました。
「先程貴方がおっしゃった言葉ですわ。もうお忘れになったの?」
「違う、そんなつもりで言ったわけではない。君に、少しでもリリア嬢の様に可愛らしくあって欲しくて……」
「なにか勘違いなさっているようなので、貴方の今後のためにもひとつアドバイスして差し上げますわ。
わたくしはこの家の次期当主です。ご自身の立場を知り、早々にどちらが選ぶ側であるのかを理解しないと、未来永劫婿入り先など見つかりませんわよ」
わたくしの婚約者候補だと聞くと、リリアが持ち上げて頼るものだから、男性は皆自身が選ぶ側であると勘違いなさるのです。おかげさまで婚約者の選別もやりやすいのですが。
「──ご検討をお祈り申し上げますわ」
さすがに四人目の候補もリリアを──となると、少し憂鬱な気分になってしまいます。
わたくしは、次期当主として美しいカーテシーを披露すると、呆然とする彼に背を向けてその場から立ち去りました。
彼の見送りは、誰かがしてくれるでしょう。




