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目利き 八百屋が異世界転生して 腐った王国を見切り世界を救う話  作者: もしものべりすと


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第十八章 ダルシムの失脚

翌朝、王都の東門がゆっくりと開いた。


 俺は千人の支援部隊を、城門の外に整然と並べていた。だが武装は最小限だった。剣を抜いた者はいない。盾を構えた者もいない。


 代わりに、俺たちは荷車を並べていた。


 百台を超える荷車に、辺境から集めた野菜、穀物、塩、薬草、薪、布。生活物資が満載されていた。


 俺は城門の真正面に立ち、声を張った。


「王都の市民の皆さん!」


 城壁の上の衛兵が、戸惑った顔で俺を見下ろした。


「俺は八百屋の田所翔太だ。半年前、王都の倉庫を立て直した男だ。今日は戦に来たんじゃない。流通の再開に来た」


 城門の脇に、市民たちが集まり始めた。


 最初は数人だった。すぐに数十人になった。


 俺は続けた。


「ここにある荷車の物資は、全部適正価格で市民に届ける。子供がいる家には優先で、芋とパンを配る。病人がいる家には薬草を、ただで渡す」


 市民たちはざわめいた。


 しばらく誰も動かなかった。


 そこへ、一人の老婆が城門の中からよろよろと出てきた。


 俺の改革のあと、貧民街で芋の配給を受けていた老婆だった。


 彼女は孫の手を引いていた。子供は痩せていた。半年前に俺が王都を去ってから、またまともに食えていない顔だった。


 老婆は俺の前まで来て、頭を下げた。


「翔太様……お帰り、なさいませ」


 彼女の声が震えていた。


 俺は荷車から白菜を一玉、人参を三本、麦のパンを一本取り出した。


 子供に渡した。


 子供はふらつく手で受け取り、すぐには口にしなかった。


 代わりに、自分の祖母の方を見た。


 老婆が頷いた。


 子供は白菜の葉を一枚、口に入れた。


 噛んだ。


 そしてゆっくりと笑った。


「あまい……」


 その声が、城門の中の市民たちに聞こえた。


 次の瞬間、城門の周りが騒然となった。


 市民たちが次々と外に出てきた。


 誰もが痩せていた。誰もが目に飢えの色を浮かべていた。


 俺は荷車の前で声を張った。


「並んでくれ! 順番に配る! 慌てるな! 子供と病人が先だ!」


 俺の声に、市民たちが自然と列を作った。


 ガウェイン率いる辺境伯軍が、混乱を防ぐために整列の補助をした。エルフの弓兵たちが、屋根の上から見守った。


 半日で、百台の荷車は空になった。


 俺はその間、城壁の上を何度も目で追っていた。


 衛兵たちがざわついていた。彼らの背後の宮殿から、誰かが下りてくる気配があった。


 午後になって、宮殿の伝令が城門の上に現れた。


「タドコロ・ショウタ殿に告ぐ!」


 彼は震える声で続けた。


「国王アルフレッド陛下、貴殿の王都帰還を許可なされた! ただちに宮殿へ参られたし!」


 俺はガウェインとエルヴィラとヴァルターを引き連れて、宮殿へ向かった。


 謁見の間には、貴族たちが再びずらりと並んでいた。


 ただし、半年前とは空気が違った。


 俺を糾弾していた老貴族たちが、顔を伏せていた。中には目元を拭っている者もいた。


 城門の外での、俺の配給を、彼らも見ていた。


 国王アルフレッドが玉座から立ち上がった。


 彼は玉座の段を、ゆっくりと降りてきた。そして俺の前で両膝をついた。


 大広間が息を呑んだ。


 国王が平民の前で両膝をつく。それは即位以来、一度も誰も見たことのない光景だった。


「タドコロ殿」


 国王の声は震えていた。


「私は貴殿を、二度も追放しかけた。一度目は戦線崩壊の責任を、貴殿に押し付けた。二度目は貴殿の失踪を、逃亡と決めつけた。すべて私の弱さのゆえでございます」


「陛下、頭をお上げください」


「いいえ。今日、城門の外で貴殿が子供に白菜を渡した。あの光景を、私は宮殿の塔から見ておりました」


 国王は顔を上げた。


 その目に涙があった。


「私は王として、何をしてきたか。子供一人の腹を満たすことが、できなかった。貴殿はそれを、半日でやってのけた」


「陛下、それは商人の仕事です。王の仕事ではない」


「いいえ、王の仕事です」


 国王は強く首を振った。


「王とは、民の腹を満たす者でございます。私はそれを忘れておりました」


 彼は玉座を振り返った。


「ダルシム、前に出よ」


 ダルシム・カラスバーグがゆっくりと進み出た。


 彼の顔色は変わっていなかった。銀色の指を組み、薄い微笑みを浮かべて俺を見ていた。


「陛下、お呼びでございますか」


「貴殿の十年の不正、すべて調査済みである」


 国王は一通の書類を、ダルシムに突きつけた。


「この半月、私は貴殿の決裁書を一つひとつ見直した。タドコロ殿の集めた数字と、辺境伯セレシオン公爵から提供された証拠と合わせて、貴殿の不正はもはや合法ではあり得ぬ」


「陛下、それは」


「黙れ」


 国王の声が強くなった。


「貴殿は十年、王国を私的に流用した。私はそれを見抜けなかった。だが、もう見抜いた」


 彼はガウェインに合図を送った。


 ガウェインが片腕で剣を抜いた。


 彼はダルシムの前に立ち、低い声で告げた。


「ダルシム・カラスバーグ。財務大臣の職、ならびに貴族の身分を剥奪する。汝の罪は国法に従い、裁かれる」


 ダルシムはしばらく無表情で立っていた。


 それから彼はゆっくりと笑った。


 高く、乾いた笑い声だった。


「タドコロ殿。あなたは私を潰したつもりですか」


 俺は彼を見返した。


「あんたを潰したんじゃない」


 俺は低く答えた。


「あんたを流したんだ」


「流した?」


「腐ったまま奥の方に隠しておくのは、よくない。手前に出して市場で売り切るんだ。世界中の人に、あんたのやってきたことを見せる。そういうもんを誰も二度と買わなくなるように」


「見切り、ですか」


 ダルシムが初めて目を細めた。


「ええ、見切りです」


 俺は続けた。


「八百屋の業界では、売れ残りそうな商品を適正な値段まで下げて、必ず売り切る判断のことを、見切り、と言う。あんたは王国の市場で、適正な値段まで下げられて売り切られた」


 ダルシムは両腕をゆっくりと開いた。


「面白いことを、おっしゃる」


 彼は笑った。


 だがその笑い方は、もはや勝者の笑いではなかった。


 ガウェインが彼の両肩に手を置いた。


 ダルシムは抵抗しなかった。


 彼は引き立てられて、謁見の間を出て行った。最後まで薄い微笑みを浮かべたままだった。


 その時、宮殿の窓の外で、再びけたたましい鐘が鳴り響いた。


 伝令が駆け込んできた。


「陛下、緊急の報せでございます! 王国の北の果て、〈グール荒野〉の中心で、瘴気の柱が天を貫きました! 地震が王都にまで届いております!」


 窓の外を見上げた。


 昨夜の紫色の瘴気の渦が、今ははっきりとした黒い柱になっていた。


 その柱は、天を貫いていた。


 エルヴィラが青ざめた顔で低く呟いた。


「魔王が、覚醒しました」

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