70話 蠢動
更新が遅くなり申し訳ございません。
時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください。
頑張って更新頻度を上げていきます。
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1つの作品に向き合うのではなく
世界観が違うものを並行で書き進める方が、筆が早いことに気づきました。
テーマは違いますが、こちらもぜひお楽しみください。
『氷が解ける音をきく-転生バーテンダーの気ままなスローライフ-』
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弘治三年(一五五七年)十月。
肥前・村中城。
鍋島直茂は執務室の机に向かい、地図を広げていた。
肥前と肥後の境界線が、紙の上に引かれている。
その線の向こう側に——暗雲が漂い始めていた。
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「直茂」
廊下から声がした。
見ると成松信勝が控えている。
「どうぞ」
成松が部屋に入ってきた。
三十がらみの、引き締まった体つきの男である。
龍造寺四天王の筆頭として名を知られているが、その実態は武勇だけではない。
軍全体の規律を維持し、故隆信の命令が滞りなく実行されるよう指揮する
——軍奉行としての才を持つ男だ。戦場では槍を振るい、城では自ら書物を読む。
今は佐伯家の配下として、直茂の右腕を務めていた。
成松の表情には焦りが見て取れる。
「草野が兵を動かし始めておる」
直茂は地図から目を上げた。
「単独で兵を、動かしたのですか」
「草野の領内から、当家との国境に向けて、兵の集結が確認された。
まだ越境はしておらんが。しかし——戦仕度を整えておるのは確かだ」
直茂は地図の上の草野の領地を指で押さえた。
筑後南部から肥後北部にまたがる草野氏の領地は、旧龍造寺領の南端と接している。
大友の影響下にありながらも独立を保ってきた家である。
領土欲は多分に持っているとはいえ、大友に唆されたとしても単独で動くとは考えづらい。
「城氏と隈部は」
「城親賢は隈本城の守りを固め始めておる。
兵糧の搬入が増えているとの報告が入っておるな。
隈部と赤星については——まだ動きは見えんが、城氏が動けば追随するだろうな」
「四家が同時に動く算段だと」
「そう見ておる」
直茂は腕を組んだ。
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城氏・隈部氏・赤星氏
——この三家はいずれも、かつて肥後を支配した菊池氏の三家老家に連なる国人衆だ。
菊池氏は南北朝の頃、懐良親王を奉じた南朝方の中心として九州に君臨した名門だった。
しかし戦国の世に入り、家中の争乱が続くうちに勢力が衰え、大友氏に取り込まれていった。
菊池義武が大友義鎮に滅ぼされたのは、わずか数年前のことであったはずだ。
その混乱の中で城・隈部・赤星の三家は、大友の傘の下に入ることで所領を保ってきた。
大友への恩義は日は浅いとはいえ大きなものであろう。
ちなみに草野氏は菊池の家臣筋ではないが
筑後から肥後にかけて勢力を持つ国人として、同じく大友の影響下にある。
「大友が後ろについているのですね」
「間違いなかろう。時期が重なりすぎておる」
成松は地図の上で指を動かした。
草野、赤星、隈部、城。
「この四家が同時に動けば
——旧龍造寺領の南端が、四方から締まる形になる。どう動いたものか」
「まず殿に報告を上げなければなりません。
この動きは——肥後だけの話ではない可能性があります」
「ほう」
「頑なに当家への助力を拒否する有馬の動き。
こう考えると肥後と連携していても不思議ではありますまい。
大友が複数の方向から同時に動かしているとすれば——」
「当家は囲まれるな」
成松の目が鋭くなった。
「そう考えています」
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夕刻、百武賢兼が村中城に戻ってきた。
先日、旧龍造寺領の南部、肥後との国境に近い地域の巡察を命じていた。
百武賢兼。
龍造寺四天王の一人で、故隆信から「百人並みの武勇がある」と称賛され「百武」の姓を賜った男である。
しかしこの男の魅力は、武勇よりも別のところにある。
かつて隆信が蒲池氏を騙し討ちにしようとしたとき——百武は出兵を拒否している。
龍造寺家にとって大恩ある蒲池氏を謀殺することは、義に反すると言って、涙を流しながら主君に意を唱え続けたと聞き及んでいる。
武将として主君の命に従わないことは、命がけの決断であるはずだが、百武は曲げなかったそうだ。
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百武は部屋に入るなり、直茂の表情を確認する。
「成松から聞いたか」
「はい。草野が兵を動かしたと」
「ああ。儂も国境の村々を見てきたが——雰囲気が変わっておる」
百武は地図の前に腰を下ろした。
「村の民の顔が、先月と違う。何かが来る前の、あの空気だ」
「民が怯えているということですか」
「怯えている、というより——揺れておる。
佐伯家の支配が始まってまだ日が浅い。佐伯家の統治を実感させるには時間が足りておらん。
その隙間に——大友は佐伯家と矛を交えるという噂が流れておるうようだ。不安にもなろうな」
「誰が流しているのですか」
「分からん。しかし国境の村々で、同じ話が広まっておる。
大友が意図的に流しているとすれば——四家が動きだした際の動揺を大きくするためであろう」
隣に座していた成松が口を開いた。
「いやはや手が込んでおるな」
「大友らしい」
百武は続けた。
「直茂、一つ尋ねるが」
「はい」
「この動き——肥後方面から大友が仕掛けておると理解して良いものか」
「そうは思っておりません」
直茂は書状を机の端に置いた。
「有馬と松浦についても、気になる報告が届いています」
「何だ」
「有馬が日野江城の守りを固め始めています。兵糧の搬入、城壁の補修——戦支度かと」
百武の目が動いた。
「有馬が動いたか」
「はい。それと——」
「松浦が、南蛮船の長崎入りを妨げる動きに出ているとの報告があります。
平戸の水軍が、航路に出始めているとのことです」
部屋の中に、しばらく沈黙が落ちた。
百武と成松は顔を見合わせている。
成松が先に口を開いた。
「一刻も早く、殿にお伝えせねばなるまい」
「直茂、お前はこの状況をどう見る」
「当家の状況は厳しいと思っています」
「そうか」
「しかし——殿はこれを想定していたはずです。
対馬・壱岐の兵を本土へ上陸させる準備を始めたと聞いています。
座して囲まれることをを待っているわけではない」
「それを聞いて少し安心した」
百武は立ち上がった。
「儂は明日、もう一度国境の村々を回る。
合わせて当家も戦仕度を進めよう」
「お願い致す」
「直茂、全て其方だけで背負うでないぞ。お前はまだ若い」
百武はそれだけ言って、部屋を出ていった。
「あの男は戦場では誰より果敢だが、心配りも出来る男であったか」
「義に厚い御仁だと思いますよ。百武殿は」
成松はおかしそうに低く笑った。
「さて、儂は城氏の動きを詳しく調べる。使者を出せるか」
「明朝、当家から遣わしましょう」
成松が出ていった後、直茂は一人で机に向かった。
筆を取る。利興への書状を書き上げる。
肥後四氏の動きから想定される最も危険な事態まで。
書きながら、自らの頭も整理する。
博多、松浦、有馬、そして肥後。
四方から、同時に兵を向けられれば当家はどうなるのか。
直茂は筆を止めた。
(殿は——これを全て把握しておられるだろうか)
いかに俊英たる主でも、把握していない部分があるだろう。
だからこそ、今夜この書状を出すことが重要だった。
直茂は再び筆を動かした。
封をした文は、使者に持たせ急ぎ怡土に走らせる。
使者が出ていった後、村中城の夜は静かだった。
しかしその静けさの中に
——来たる大戦の気配を確かに感じていた。
書き続けると決めたので、日間でも週間でも
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