58話 肥前決戦(二)
初めての執筆となります。
時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください。
頑張って更新頻度を上げていきます。
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ほのぼの系も書きたくなり、2作目も始めました。
箸休め的な更新になりますが、歴史物と一緒に読んでいただけると嬉しいです。
氷が解ける音をきく-転生バーテンダーの気ままなスローライフ-
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弘治三年(一五五七年)六月。
武雄の地を流れる武雄川は、天の怒りを含んだかのような濁流となっていた。
六月の長雨は大地を泥濘に変え、兵たちの草鞋を重く、精神を鋭く削っていく。
川を挟んで対峙する龍造寺隆信の五〇〇〇と、後藤貴明の三〇〇〇。
この二〇〇〇の差は、平地であれば絶望的な距離だが、この濁流の前ではその差が無効と化していた。
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予想通り、鍋島直茂は迂回する山道の進軍を開始した。
それは軍事的な定石であると同時に、若き直茂が戦局を正しく読み、繰り出した最初の一手であった。
夜明け前、まだ東の空が群青色から白へと溶け出すよりも早く、龍造寺軍の別動隊五〇〇が動いた。
後藤軍の山道の見張りが、草を分けるかすかな音と、鎧の小札が触れ合う金属音に気づいたのは、夜明けと同時であった。
「山道から五〇〇! 旗印は龍造寺、先頭は鍋島の精鋭と思われます!」
報告を受けた後藤貴明は、冷えた握り飯を口に運んだまま、短く頷いた。
「賢しいの小僧が考えそうなことだ。定石通りに動いてくれるうちは、まだ怖くはない」
「貴明様。正面の兵を割きますか? 五〇〇が背後に回れば、この陣は瓦解の恐れが」
自軍の焦燥に対し、貴明は落ち着き払っていた。
「いや、計画通りだ。山道の出口で待ち伏せする。数は一〇〇。」
「一〇〇で五〇〇を……? 正気ですか!」
「山道の出口を思い出せ。あそこは切り立った岩場に挟まれた、幅二間ほどの狭隘な道だ。
五〇〇がいかに精鋭でも、あそこを一列でしか通れぬ以上、同時に戦えるのは先頭の数人に過ぎん。
多勢は常に地形に制限される。一〇〇もいれば、あそこを塞ぐには十分だ」
貴明は立ち上がり、腰の刀を叩いた。
「正面は俺が受ける。隆信をここで足止めし、小僧の計算を狂わせてやろう」
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正面から龍造寺の本軍が動きを見せたのは、巳の刻(午前十時頃)だった。
三度の渡河失敗を経て、彼らは戦術を転換させていた。
隆信の声が対岸から響くと同時に、数百人の兵が巨大な丸太を次々と濁流へと投げ入れ始める。
「面白い。力押しが通じぬと見て、足場を組むか」
貴明は対岸の様子を凝視した。丸太を沈め、それを杭で固定して強引に「橋」を築く。
これこそ直茂の献策による工兵戦術だった。
丸太の足場があれば、重い鎧を着た兵でも流れに足を取られることなく、全速で突撃できる。
「弓隊、矢を射かけろ! 足場を完成させるな! 」
貴明の号令とともに、一斉に矢が降り注ぐ。
対岸の川べりで作業していた龍造寺の工兵たちが、悲鳴を上げて泥の中に転がった。
しかし、隆信の軍勢は怯まない。彼らは巨大な長楯を隙間なく並べ、その陰で着々と丸太を固定していく。矢が楯に突き刺さる乾いた音が、武雄の山々に木霊した。
「……相応の用意をしてきたな。小僧の献策も中々やるではないか。
ただの知恵者ではなく、兵を死なせないための工夫を知っている」
貴明は少し笑った。楯を並べながらの進軍。それは鈍重だが、確実な前進だった。
龍造寺の歩みが、一歩、また一歩と武雄川の中央へと迫ってくる。
その時、北側の山道の方から、雷鳴のような怒号と、悲鳴が風に乗って聞こえてきた。
「待ち伏せが当たったか。……さあ、地獄の蓋が開いたぞ」
貴明は前を向いたまま、深く、静かに頷いた。
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山道の出口は、まさに凄惨な処刑場と化していた。
五〇〇の龍造寺兵が一列になって、出口の光を目指して這い出てきたその瞬間、岩陰に潜んでいた後藤兵一〇〇が一斉に姿を現した。
「放て!」
出口を塞ぐように配置された弓兵が、至近距離から矢を放つ。
「ぎゃあっ!」
狭い通路の先頭にいた兵たちが、逃げ場もなく串刺しになり、その後ろの兵が死体に躓いて転んだ。
五〇〇の軍勢が、その重みゆえに、自らの足元で動きを止めた。
「押せ! 川まで押し返せ!」
一〇〇が槍に持ち換え、一気に距離を詰める。
先頭を崩された龍造寺兵は、後ろから押し寄せる味方の圧力と、前方から迫る敵の槍に板挟みになった。
狭い道の中では、剣を振るう空間すら満足にない。
「押すな! 下がれ! 道を空けろ!」
龍造寺側の指揮官が叫ぶが、五〇〇の質量が一度崩れれば、その混乱を止めるのは容易ではなかった。
一〇〇の防壁が、出口に完全に張り付く。五〇〇の軍勢が、たった一〇〇によって山道という袋小路に封じ込められたのだ。
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佐伯利繁が武雄の戦場に姿を現したのは、正午を過ぎた頃だった。
怡土から馬を飛ばし続け、人馬ともに汗と泥にまみれている。
しかし、その瞳には旺盛な戦意が宿っていた。
「貴明の状況は!」
「正面、武雄川にて龍造寺本隊を足止め中!
しかし山道の封鎖が限界を迎えつつあります! 現在の一〇〇では膠着してしまえば抑えきれませぬ!」
「山道の出口まで、あとどれほどだ!」
「半里もございません!」
「行くぞ! 我らは貴明を助けるのではない、龍造寺を討つために馬を飛ばして参ったのだ!」
利繁は愛馬の腹を蹴った。
背後には、利興から預けられた佐伯家本軍五〇〇〇のうち、選りすぐりの一五〇〇が地響きを立てて続く。
残りの兵は貴明の増援に向かわせている。
山道の出口に到着した時、そこは決壊寸前の堤防のようだった。
後藤の一〇〇人は既に半数近くが負傷し、体勢を立て直した龍造寺軍が強引に道をこじ開けようとしていた。
「突っ込め! 背後を突け!」
利繁の声が戦場に響き渡る。
山道から出ようともがいていた龍造寺の迂回部隊にとって、それは破滅の音だった。
前には後藤の決死の防壁、背後には突如として現れた佐伯の精鋭。
「挟まれたぞ! 伏兵だ、佐伯の本軍だ!」
龍造寺兵の間に、一気に恐怖が伝播する。
「崩れるな! 円陣を組め! 」
その混乱の渦中で、凛とした若武者の声が響いた。鍋島直茂である。
「慌てるな!正面の敵は我らより少ない! 川辺まで整然と後退せよ! 殿の本軍と合流するのだ!」
利繁は、その声を聞いて確信した。
直茂という男、史実の実績に違わぬ器量である。
崩壊しかけた部隊を、その声一つで統制し直し、混乱を最小限に抑えて後退を開始させた。
利繁は追いすがるが、龍造寺の殿軍もまた、命を捨てて直茂を守り、後退を成功させていく。
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正面の武雄川でも、戦いは最高潮に達していた。
ついに丸太の足場が対岸の岸辺に届き、龍造寺隆信が自ら大太刀を振るって先頭に立った。
「後藤貴明! 長らく待たせたな!」
隆信の咆哮が空気を震わせる。
五〇〇〇の軍勢が、それに呼応して、足場の上を津波のように押し寄せた。
貴明が上陸した龍造寺兵たちを正面で受け止める。
一方、龍造寺の兵は慣れぬ足場を渡る際に腰が引け、数の利を全く活かせずにいた。
貴明はあえて足場の端を狙って突きを入れ、次々と敵を川へ落としていく。
水音が上がるたびに龍造寺の数は減ったが、それでも隆信という将の圧力だけで、龍造寺勢は力任せに押し込んできた。
「貴明殿、そろそろ後退せねば...」
「まだだ! 利繁殿が山道を片付けて戻るまで、ここで敵を押し込める。
引けば龍造寺兵に勢いを与える! 歯を食いしばれ!」
その刹那、山道から戻った利繁の部隊が一五〇〇の軍勢とともに、龍造寺軍の左翼へ横合いから突っ込んだ。
「貴明! 待たせたな!」
「遅うございますぞ、利繁殿! おかげで血で滑ってかなわん!」
利繁の合流により、戦場は完全に佐伯軍へと傾いた。
側面を突かれた龍造寺本軍は、これ以上の強行突破は損害を増やすだけだと、ついに直茂が判断を下した。
「殿、ここは一度引くべきです!
佐伯の本軍がこれほど早く動くのは計算外。大友との外交が実るまで、兵を温存なされ!」
隆信は不服そうに鼻を鳴らしたが、直茂の進言を聞き入れた。
「佐伯の者ども!此度は預けておく!次はその首を狩ってやるわ!」
龍造寺軍は、敗残兵を出すことなく、驚くべき統制で川を渡り、対岸へと戻っていった。
対岸には、まだ三〇〇〇以上の兵が整然と控えている。
今日の激突で、龍造寺の核は全く崩れていなかった。
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夕暮れの武雄川が、赤く染まった。
流された兵たちの血か、それとも沈みゆく太陽の悪戯か。
貴明は岸辺に立ち、血と泥に汚れた刀を拭った。
「……三度弾き、山道を押し返した。損害は軽微。だが、隆信は全く折りませぬな」
「ああ。隆信の武力のみならず、直茂の引き際も見事であった」
利繁が並んで立ち、川の向こうを見据えた。
「隆信、直茂共に諦めないでしょう。
此度のように川を挟んでの足止めも敵いません。次は……大友を動かしてくるやも」
利繁は頷き、伝令を呼び寄せた。
「利興兄上に伝えろ。此度の戦勝と、直茂が大友を盤面に引き込もうとしている懸念を。
大友への対応、一刻を争うとな」
伝令が夜の闇へと消えていく。
川の音が、暗闇の中で響き続けていた。隆信は休まず、直茂は次の手を組んでいる。
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同じ夜、怡土の高祖城にいる利興のもとに、二通の書状が届いた。
一通は利繁からの、前線の緊迫した報告。
もう一通は、博多の商人・神屋からの密書である。
その文には大友家中が武断派の進言に傾いている旨が書かれていた。
利興はその紙を、蝋燭の火にくべた。
もはや大友は対佐伯に向けて傾いている。
「康範。今すぐ大友への使者を出せ」
「はっ。内容はいかに」
「『義鎮との謁見の機会を設けたい』。ただそれだけを。
こちらの申し出を蹴るのなら、博多の港を灰にする覚悟だと口にせずとも伝えてまいれ」
利興は地図を見据えた。
武雄で利繁と貴明が、龍造寺を征している間に、自分は大友を御さねばならない。
「読めない相手は、動かすことができん。ならば、読める場所まで引きずり出すまでだ」
利興の言葉は、夜の城内に冷たく響いた。
肥前の夜が、決戦の火蓋をさらに大きく開けようとしていた。
書き続けると決めたので、日間でも週間でも
1度は1位を取れるように頑張ります!
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