30話 守護代
なんとか、更新出来ました。
今後は2-3話/日更新になるかと思います。
天文二十一年(一五五二年)秋。
対馬に、黄金色の季節が訪れた。
九月の末、壱岐から届いた一通の報せが、厳原の国府に緊張と歓喜をもたらした。
————————————————————
「兄上。
今年の壱岐の収穫、六万二千石。去年の四万九千石から一万三千石の純増。
灌漑として実施をした水路二本目と三本目が想定通り、いや、それ以上に機能している。
康範殿は『算段通りだ』と澄ましているが、現場の熱量は俺の予想を上回っているよ」
利繁からの簡潔な報告を読み終え、利興は手元の算盤を弾いた。
(想定通り……いや、上振れたな)
二年前、利繁と山本康範には「三年で九万石」という、大きな目標を伝えた。
現時点で既に六万二千石。今年中にさらに二本の新設水路が完成すれば、農地は拡大する。
九万石というは当初の「三年計画」は、達成に指がかかろうとしている。
康範は最低限の算段を算出した後、自ら現場に張り付き、天候を読み、人の動きを微調整しする現場監督を行なっているらしい。
その執念ともいうべき推進力が、机上の数字に数パーセントの「上振れ」を強制的に付加させている。
対馬側の石高も、驚異的な伸びを見せていた。
上県の険しい山間部まで延伸された水路が五千石の増収をもたらし、三倍に増強した椎茸の原木が本格的な収益源として安定した。
さらに、壱岐で獲れた海産物を対馬で加工し、付加価値をつけて博多へ流す「六次産業化」に近いルートが、三十五箇所の拠点を通じて稼働し始めている。
利興は、現在の総石高を紙に書き出した。
対馬:約十一万二千石相当
壱岐:約六万二千石
合計、十七万四千石。
(届く。来年の秋には、確実に二十万石を突破する)
————————————————————
翌朝、盛円が精査した書付を持ってきた。
「利興殿、来年の見通しですが、壱岐の水路追加と、博多との木綿取引の本格化を合わせれば、来秋には二十万石到達は疑いようもありません」
「朝鮮側からの動きは」
「書状を出して一年。先月、釜山の倭館から非公式な接触がありました。
否定の即答がないということは、彼らもこちらの提示した言い分を呑み込みつつある証左かと」
利興は満足げに頷き、紙を畳んだ。
基盤は着実に固まりつつある。
————————————————————
数日後。利興は主君・宗義調に呼び出された。
奥の間に入ると、十六歳の義調が正面に座し、傍らには古参の家臣が控えていた。
その空気は、いつになく重い。
「利興。守護代の件だ」
義調の声は、若さに似合わず落ち着いていた。
「佐須盛廉が失脚し、守護代の職が空席となって久しい。
そろそろ、この座に人を据えるべきだと判断した」
「はい」
「お前に就いてもらいたい。異存はないな」
利興は、わずかに間を置いてから頭を下げた。
「……謹んで、お引き受けいたします」
「父(晴康)は、あえてこの席を空けておいたのだと思う。私が自らの意志で、お前を選ぶ日を待っていたのだろう」
義調は少しだけ表情を和らげ、続けた。
「守護代になっても、今の動きを変えるな。交易も、農政も、軍備の拡張もすべてお前の裁量で進めて良い。
私はお前を縛るためにこの位を与えるのではない。正式な裁量を与えたい」
「ありがたき幸せに存じます。……では、守護代として一つ、お願いがございます」
「申してみよ」
「判断の速度を落としたくありません。日々の交易管理や壱岐の統治権限は、引き続き私に一任いただきたく。
義調様には、朝鮮への親書や条約といった『宗家そのもの』としての重大な決断にのみ、集中していただきたい」
義調はしばらく沈黙した。
その沈黙は、主従としての均衡を測るための時間だった。
(どう取る。俺に実権を奪われると危惧するか、それとも……)
「わかった。その方が決断を下す。現時点においてはこの島の最良であろう」
義調は静かに頷いた。
「ただし——何かあれば、必ず私に報告をあげよ。
事後でも、簡潔な書状でも構わん。私も、自分の国がどう変わっていくのかを知っておきたいのだ」
「もちろんです。その義務は、守護代として果たします」
利興は一礼して、部屋を辞した。
脳裏に、晴康との最後の会話である「また明日」という言葉が蘇った。
————————————————————
廊下に出ると、津奈調親が壁に背を預けて待っていた。
「聞こえておりました」
「……筒抜けでしたか」
「お祝いを申し上げる。これで名実ともに、この島の舵取りを担われることになられた」
津奈はそれだけ言って、歩き出した。利興はその隣に並んだ。
「津奈殿。佐須が蜂起の折、あなたが俺を信じて先頭に立ってくれなければ、今日の十七万石もこの位もありませんでした」
「儂のおかげではない。利興が動いた結果であるよ」
津奈は前を見据えたまま、低く笑った。
「将盛様が望んでいた景色が、ようやく形になってまいった。
だが、まだ半ばである。先があるうちに、歩みを止めることなきよう」
————————————————————
その夜、利興は壱岐の康範へ書状をしたためた。
守護代就任の報告と、そして軍備の拡充についてだ。
『壱岐の兵が五百を超えた。対馬と合わせれば一千に届く勢いだ。三年で三千という目標に対し、一年余りで一千。想定以上の速度だが、次の段階について話をしたい』
数日後、康範から返書が届いた。
その筆跡は力強く、迷いがない。
『一千を超えれば、次は「数」ではなく「質」を問われることになるでしょう。
壱岐の平地兵と対馬の山岳兵では、指揮系統が違います。
数を追う前に、まずは今いる一千を一つの生き物のように動かせるよう調練が必要です。
質を担保せぬ数は、ただの案山子であると心得る。』
利興は苦笑した。
相変わらず言葉は少なく本質を突いてくる。
量は質を凌駕するが、それは質の最低ラインが確保されている場合に限られる。
今後を鑑みれば、調練を急がせる必要がある。
続けて、津奈への書状をしたため始めた。
————————————————————
十一月。
対馬の深い山間で、初の大規模合同調練が行われた。
壱岐から海を渡ってきた三百人と、対馬各地から集まった国人衆、合計六百人。
指揮を執るのは津奈と利繁である。
利興は山頂から、その様子を観察していた。
壱岐兵は整然と隊列を組み、平地での機動力は凄まじい。だが急峻な山道に入ると途端に統率が乱れる。
逆に対馬兵は崖を猿のように駆け上がるが、いざ平地で密集陣形を組ませると、個々の動きがバラバラになり組織としての圧力が消える。
「互いの欠陥が、鏡のように見えますな」
隣に立つ康範が呟いた。
「ああ。だからこそ、今回の調練は役に立つのでしょう」
利興の視線の先で、津奈が合図を送った。
壱岐の兵と対馬の兵が解体され、小隊単位で混合されていく。
最初は互いに反目し、足並みも乱れた。
だが、共に山を駆け、調練の時を過ごすうち
壱岐の兵が山道での足運びを教え、対馬の兵が槍の揃え方を学び始めた。
「これを一年間繰り返せば……」
「我が軍は精強無比一塊の軍勢になるでしょう」
————————————————————
十二月の暮れ。
国府の執務室で、利興と盛円は最終的な生産報告を確認し合っていた。。
「盛円殿」
「はっ」
「来年二十万石を超えたら、私は一度下県の村々を歩いてみようと思う。
津奈殿に、数字に出ないものを見ろとご指摘を受けてな」
盛円は少し意外そうな顔をしたが、すぐに背筋を伸ばした。
「……では、私も同行いたしましょう。勝本浦の蔵の視察も兼ねれば、壱岐への渡海も滞りなく行えるかと」
冬の厳原は、新たな年を迎えようとしていた。
守護代という重責。十七万石という着実に積み上がる国力。一千の兵という軍事力。
「先がある、か……」
津奈の言葉を反芻しながら、部屋を出た。
冬の対馬の空には、数えきれないほどの星が瞬いている。
その星の一つ一つが、この島で生きる民の営みのように見えた。
面白いと感じていただけましたら
評価、ブックマーク、リアクション、コメント。
更新の励みになりますのでどんな内容でもいただけると嬉しいです。




