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天下の鍵は海にあり!~対馬から始める交易国家運営録~  作者: ワタツミ
第二章 対馬富国編

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28話 水路

累計PV数がどんどん伸びているのが嬉しすぎるので...更新してしまいまいした...。

次回の更新は3/28(土) 9:00の予定です。

天文二十年(一五五一年)三月。

壱岐の深江田原は大工事を終えた熱気に包まれていた。

平野としては島内で認知されてい土地を、大規模な水田に適した土壌に

作り替えたことによる達成感が満ちている。


————————————————————


厳原の国府で利興(としおき)が受け取った報せは、待ち望んでいた一報だった。

送り主は、壱岐の代官として送り込んだ弟・利繁(とししげ)である。

筆跡には、この二年の苦闘が滲んでいるように見えた。

利興はすぐに、壱岐への訪問を決めた。


対馬の瀬戸を抜け、壱岐へと向かう船上。

船首に立って、冷たい玄界灘の風を浴びる。

春の海は穏やかに見えるが、大陸から吹き付ける風には、まだ冬の名残がある。


(……とうとう大内が、崩れた)


利興の脳裏を占めているのは、数日前に届いた本土の急報である。

この時代、西国随一の栄華を誇った大内義隆が重臣の陶晴賢に討たれた。

いわゆる大寧寺の変である。


宗家にとって最大の交易相手になりつつあり、博多という巨大な利権を間接的に保証していた名門の自壊。

それは、室町幕府という古い権威主義的な領国経営が、武力により瓦解するという現実を突きつけている。

事実、この一件を契機に太平な世が訪れる半世紀後までの間、

一気に戦国時代の大名各家の勢力拡大と滅亡(合併吸収)が進んでいるようにも感じる出来事だ。


現代の広告代理店にいた頃なら、大クライアントの倒産という最悪の自体である。

だが、この時代の利興にとっては、これは「巨大な未開拓市場」の出現でしかない。

————————————————————

大内が消えた。


……博多の商人は、新たな物流の結節点、そして何より『物産の供給拠点』を求めているはずだ。

陶晴賢が実権を握ったとはいえ、ここからの大内家中は常に不安定になる。

既存の商路は寸断され、力のある者が新たな利権を奪い合う、権力闘争と血の入れ替えが始まるだろう。


……このタイミングで、壱岐の石高を四万石以上に引き上げ、食糧の自給と余剰を証明する。

これが実現できれば、神屋にとって壱岐は『交易の寄港地』から『絶対に手放せない物産の供給拠点』に変えることが出来る。


インフラとして彼ら商人の根幹に食い込む。

彼、ないしは彼の一族が本当に優秀かは今後、どの大名に庇護を求めるかで変わってくるだろう。


……ならば、提示すべきは『安定』という信用保証がベストかもしれない。


大内の権威に代わる、宗家の利権。

未だに軍事力は本土の大名には及ばないが...

まずは離島という地の利を活用した安定した取引先のポジションを目指していく。


————————————————————


思考の中で今後の戦略を算段をつけている間に、壱岐の島影が浮かんできた。

本土で名門が滅び、数万の兵が血を流している一方。

この小さな島では、島民を豊かにする大規模工事が完成を迎えた。


壱岐の港に降り立ち、生池城の丘を下ると、そこには見違えるほど精悍になった男たちが待っていた。

先頭に立つのは、利繁だ。

壱岐に来てから二年近い。十六歳になった弟は、対馬にいた頃の子供の面影を完全に捨て去っている。

顔は陽光に焼かれて黒く、体躯は一回り以上も逞しくなっている。

その後ろに、与力としてつけていた山本康範(やまもと やすのり)が控えていた。


「遅かったな、兄上」

利繁が笑う。

その声には、現地領主の代官としての自信が宿っているように思えた。

いつの間にか、現代の頃のように『兄貴』と呼ぶこともなくなっている。

「昨日、報せを受け飛んできた。これでも早い方だと思うがな」

「まあいいよ、早く見ていってくれ」


利繁はそう言うと、力強い足取りで歩き出した。

向かう先は、城の南側に広がる深江田原。


康範の横を通り過ぎる際、短く声をかけた。

「康範殿、利繁の手筈はいかがでしたでしょうか...」


康範は表情を変えず、しかしどこか満足げに短く答えた。

「利繁殿は全体の指揮という点に関しては、まだ学ぶことが多いのだろうが……

 人夫と同じように働く様は見事なものでした。

 作業終了の刻限まで、一度も鍬を放しませんでしたな。

 土にまみれることを厭わぬ者は、人を動かすことができます」


半里ほど歩いたところで、これまでこの城を訪れた際には聞こえなかった「音」が耳に届いた。

絶え間ない水のせせらぎ。乾燥した壱岐の風に混じる、湿った土の匂いがする。


丘の斜面を切り裂くように、一本の水路が走っている。

幅三間、深さ二尺。

丁寧な石積みで固められたその水路は、山からの湧き水を正確に、かつ効率的に低地へと導いている。


「……見事な石積みだ。ただ掘っただけではないな」

私が水路の縁を覗き込んで言うと、利繁が自慢げに胸を張った。


「ああ。康範殿に教わりながら、石の積み方一つまでこだわったんだ。

 冬の土は硬くて、ただ掘るだけじゃ春に気温が上がると壁が崩れる。

 だから、粘土を噛ませてから石を組んだ。石の隙間には、海岸から運ばせた砂利を突き固めてある」


康範が静かに、しかし澱みない口調で技術的な解説を加える。

「……ただ掘ればよいというものではありませぬ。壱岐の土質は粘土質。これが幸いではありましたが...

水の流れには『適切な勾配』が必要です。

勾配が一度急すぎれば、水流が底の土を削り取り、数年で決壊を招く」


「逆に一度緩すぎれば、泥が堆積して流れが止まり、水は腐る。

 ……我々は、この数里にわたる水路の全域で、指一本分の狂いも許さぬ水平を保ち続けました。

 特に冬の間、土が凍ってしまって膨張しては計算が狂う。これが難儀でございましたな」


「集めた浪人たちも最初は中々作業を進めず...

 利繁殿が最初に鍬を持って泥に入り、この灌漑を成し遂げたあとの成果を語って聞かせました。

 それで手を抜く者も少なくなっていったようです」


水路の終点、かつては乾燥してひび割れていた荒れ地が、今は泥の中に青々とした苗を湛えていた。

そこには一人の老人が座り込み、愛おしそうに水面に指を浸している。


————————————————————

昨年の壱岐の石高は三万五千石。

今回の平野を農作地に変えたことで、そこに一万二千石以上が加わるだろう。

三年で九万石という計画も、全く実現性のない絵空事ではなくなるだろう。

————————————————————


その夜。

生池城の広間に、簡素な膳が並んだ。

壱岐の地酒と、島で採れた米。

利興、利繁、康範の三人は夜の壱岐の空の下、静かに杯を重ねた。


「康範殿。秋の収穫が終われば、今回の成果が具体的に浮かび上がってくるでしょう。

 その成果を持って、私は再度博多へ向かい神屋との交渉に参ります」


(神屋宗湛への切り出しは、こうだ。まず大内滅亡による博多の混乱を『周知の事実』として認めさせる。

次に、その混乱を回避する唯一の手段として、本土の政情に左右されない『海上の物産供給拠点』を提示する。

――壱岐の石高増収と、詳細な備蓄倉庫の建設計画があれば実感を持って受け取ってもらえるだろう。


「利繁、交易拡大に伴う利権の一部は、神屋に渡す方向で算段をつけてくれ」

「利権を? 兄上それではわざわざ彼らを儲けさせるだけではないのか?」


「いや彼らに『自分たちの資産が壱岐にある』と思わせることで、博多は全力で壱岐を守る側に回る。

 我々は、対馬と壱岐の石高を飛躍させてきたが、致命的に人が足りん。

 いざとなれば経済封鎖で締め上げることが出来る。

 それを脅威に他の大名たちを牽制し、軍事力不足を補う」


利繁が深く頷く。

「なるほど。……承知した。塩梅はこちらで考えてみよう」


————————————————————


翌朝。

港に向かう前に、利興はもう一度、完成したばかりの水路を歩いた。

朝の光を浴びて、水面が輝いている。

昨日は気づかなかったが、石の一枚一枚が丁寧に組まれ、崩れやすい箇所には補強の杭が深く打ち込まれていた。

冬の凍えるような寒さの中、利繁と康範たちが、指を赤く腫らしながら積み上げた努力の結晶だ。


田の縁には、またあの老人がいた。

今日はかたわらに孫と思しき子供を伴っている。

(この子供が大人になる頃――対馬は、壱岐はどうなっているだろうか)


浜には利繁と康範が並んで立っている。

その姿は、壱岐という地を完全に掌握した領主とその忠臣そのものに見てとれた。


利興は船首に立ち、前を向いた。

壱岐が豊かになれば、神屋が動く。博多の物流が対馬に流れ込む。

すべてが、この一本の水路から始まっている。


交易網を張り巡らせることが出来れば、対馬と壱岐の両島の存在を本土の大名は無視出来なくなるだろう。

ただ隣の土地を荒らし、奪い、領有を主張するだけではない、新たな国家像を描くことも出来るかもしれない。


利興は前を向いた。

船は波を切り、新たな秩序を構築すべき「拠点」へと向かって突き進んでいった。

登場人物の造形がずっと課題でして...

今回は少し文体を変え、内面と主人公らしさにフォーカスを当ててみました。


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