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天下の鍵は海にあり!~対馬から始める交易国家運営録~  作者: ワタツミ
第一章 対馬転生編

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11話 根を張る

初めての執筆となります。

時代考証などが甘い部分がありますがエンターテインメントとしてお楽しみください。


※1-5話を納得のいく形に改稿しました。

既に目を通していただいた皆様も再度ぜひ読んでいただけたら嬉しいです。

天文十四年(一五四五年)の秋。

収穫の季節が来た。

————————————————————

帳場に数字が集まってきたのは、十月の終わりだった。

島内の各地から、今年の収穫の報告が届く。

与六はその数字を全て一枚の紙に書き出した。


昨年までの対馬の石高は——約八千石だった。

宗晴康が当主になって間もない天文九年(一五四〇年)頃からほとんど変わっていない数字である。

対馬の農地がこれ以上増えないという前提で、誰もがその数字を「島の限界」と思っていた。

しかし現代の農業知識を本格的に取り入れた今年は上々の成果を見せている。


まずは米。

正条植えを試した田は今年で二年目である。

去年は老農夫の田一枚だけだったが、今年は島内の棚田の約三割に正条植えが広がっていた。

老農夫の息子が試し、その隣人が試し、その話を聞いた別の農民が試した。

命令で広がったのではなく、結果を見た人間がクチコミで広がっている。


ただ命令をするだけでは農民たちも本気で取り組まない。

領主からの命令ではなく、自分たちの生活を豊かにするために施行する。

非常に良い傾向だった。

その連鎖が——三割という数字を作っている。

従来の田との収穫量の差は——

一反たんあたり平均で一割三分の増加だった。

対馬の田の総面積から計算すると米の収量は今年で約九千二百石に増えた。昨年より一千二百石増えている。

(一千二百石)

その数字を、俺は少し眺めた。

一千二百石とは、この島の民一千二百人が一年食える物量に相当する。

成果だけで見れば相当なものだろう。しかしこれは、まだ始まりに過ぎない。

俺の頭の中に、一つの数字があった。

(米だけで五万石)

荒唐無稽に聞こえるかもしれない。従来の八千石から五万石など、六倍以上である。

しかし——俺には、そこへ至る道筋が見えていた。

正条植えが島全体に普及すれば、今の棚田だけで一万二千石程度にはなる。

しかしそれだけでは足りない。問題は——棚田以外の土地だ。


この島には、まだ使われていない土地が大量にある。

一つ目は急斜面だ。

今の棚田は比較的緩やかな斜面に集中している。

しかし急斜面でも、石積みの畦を丁寧に作れば棚田にできる場所がある。

島内を歩き回って確認した限り、新規に開拓できる斜面は今の棚田面積の三割ほどある。


二つ目は大船越おおふなこし周辺の低湿地だ。

島の中央部、東西の海が最も近づく場所の周辺に水はけの悪い低地がある。

今はあしが茂るだけで使われていないが、水路を掘って排水を改善すれば、水田として使える。


三つ目は佐護の平地だ。

現代でも佐護米はブランド化されており、平地の少ない対馬の米の産地としては見慣れた集落である。

現在は北部の地理的有用性が確認されていないため、手付かずになっているところも多い。


全部を足し合わせると——時間はかかるが、米だけで五万石は、現実の範囲内だ。

五万石の米に、銀山の収益が二万石相当

朝鮮交易の中継収益が二万石相当(これはやりようによっては無限に増える)

椎茸や蕎麦や干物や蜂蜜等の収益が一万石相当——合計で十万石になる。

(十万石まではこの島で計算ができるだろう)

石高八千石の「限界の島」ではない。十万石の「海峡を支配する島」が、対馬の本来の姿だ。


そして今日の晴康への報告は、その第一歩だ。

「一万二千石相当にございます。去年から四千石以上増えました」


晴康はしばらく黙っていた。それから静かに言った。

「……一年で、四千石か」

「はい。ただし銀山がまだです。銀山が動き始めれば、もう一段上がります」

「次の目標は」

俺は少し間を置いた。

「十万石にございます」

晴康の目が、わずかに動いた。

「……十万石か」

「はい。時間はかかります。しかし——道筋は見えております」

「聞かせろ」

俺は一つひとつ説明した。

米五万石への道筋。銀山の収益。朝鮮交易の拡大。椎茸や蕎麦などの特産品。


晴康はそれを黙って聞いていた。長い間、黙って聞いていた。

聞き終えてから、一言だけ呟いた。

「……将盛様が聞いたら、涙を流されるかもしれんな」

俺は少し驚いた。晴康様がそういう形で感情を出すのは、珍しかった。

「将盛様のやりたかったことは私が実現しましょう。あの方には「頼む」という言葉をいただきました。

本日の数字は——その約束に対する、一年目の答えにございます」

「数字の向こうに、何が見えておるか」

「人の顔にございます。餓死が減る。食える人間が増える。それが——数字の向こうにあるものにございます」

晴康は目を閉じた。しばらくそのまま動かなかった。

「……よい」

それだけ言った。

その二文字の重さを、俺は受け取った。

————————————————————

その月の終わり、博多から来た船頭が帳場で話した内容が耳に届いた。

「博多に面白い商人がいる。神屋寿禎かみやじゅていという男じゃ。

石見銀山の開発に関わっておって、明との交易にも食い込んでいる。鉄砲伝来の件でも動いたらしい」

帳場の役人は関心がなさそうにと相槌を打って、話は終わった。

しかし俺は——その名前を、頭に刻んだ。

————————————————————

神屋寿禎。

生まれは明応六年(一四九七年)頃とされる博多の豪商である。戦茶人としても有名。幼名は善四郎、字は貞清。曽孫に神屋宗湛がいる。家業は博多を拠点とした貿易で、大内氏との関係が深い。

石見銀山の開発にも深く関わった人物として知られており、銀山で使われる灰吹法の普及にも一役買ったとされている。

————————————————————

後年には曽孫の宗湛が博多の代表として表に出てくることからわかるように

このタイミングでは避けては通れない大商人である。

(この人間と、いつか繋がらなければならない)


神屋寿禎は博多の情報網の核心にいる。この時代において、博多の情報を持つ人間は——九州全体の動きを把握できる。しかも——石見銀山と灰吹法に関わっているなら、対馬の銀山の精錬についても知見を持つ可能性がある。

是非ともお近づきになりたいところだが、右筆見習いの子供が博多の大商人に会いに行っても、門前払いになるだけだ。

(本格的に立場を作りに動く必要があるな)


晴康の信頼を確固たるものにすること。

銀山の精錬を成功させること。朝廷への献上を実現すること。

棚田の改良が実績として積み上がること。そして——元服して正式な名前を持つこと。

それらが全部揃ったとき——俺は右筆見習いではなく、宗家の内政を実質的に動かしている人間として

博多の商人たちも認知するだろう。そのとき初めて神屋寿禎に会いに行く意味が生まれる。


その夜、与七に神屋の話をした。

「博多に面白い商人がいるらしい。神屋寿禎という」

「どんな男だ」

「石見銀山に関わって、明との交易にも食い込んでいる。大内とも大友とも繋がっている。博多で最も情報を持っている商人の一人だ。しかも——灰吹法を知っている」

与七は少し目を細めた。

「灰吹法か。銀山の精錬の話か」

「そうだ。神屋と繋がれれば——博多の情報と、銀山の技術が同時に手に入る」

「いつ会いに行く」

「元服の頃だ。今から三年後か四年後か。それまでに立場を作ろうと思う」


与七は少し黙った。

「……兄貴の頭の中では、三年後まで全部計算できてるのか」

「大まかな方向は見えている。細かいことは動きながらじゃないと分からないことも多いからな」

「三年後に神屋に会いに行く、膝を付き合わせて正面から話せる立場を作るのが目標か」

「そうだ。目標が変わらなければ、道は修正できる」

与七はしばらく考えた。

「……俺には、そこまでの計算はできないなあ」

「お前にはできなくていい。俺が全体の絵図は描こう。お前がことにあたる時の実力を蓄える。それで十分だ」

「それについて、一つ報告があるんだ」

「なんだ」

「先月から、北部の巡回を増やしてたんだよ。特に鰐浦の周辺を毎週歩いている。そこで——面白い人間を見つけた」

————————————————————

山本康範やまもとやすのりという名前を、与七から初めて聞いたのはその夜だった。

「北部の有力武士らしくてな。鰐浦の近くの山地を拠点にしている。

代々対馬に根付いてきた一族なんだけど——宗家への不満を持っているらしいんだ」

「なぜわかった」

「漁師の爺さんから聞いた。山本は北部の漁師たちとの関係が深いんだよ。

佐須の横流しの件で、北部の民がどれだけ苦しんでいるかを、よく知ってる。その怒りが、宗家への不満に向いてるって話らしい」

「会ったのか」

「まだだ。ただ——先月、偶然に近い形で同じ浜に居合わせた。話はしてないな。しかし——向こうから俺の方を見てたよ」

「向こうから」

「そうだ。俺が毎週鰐浦に来ていることを、山本はすでに知っているらしい。漁師たちから聞いたんだろうね。儂が宗家の右筆の弟だということも、知ってるかもしれない」

俺は少し考えた。

————————————————————

山本康範やまもとやすのり

生没年は不詳。対馬北部を拠点とする武士。鰐浦周辺の山地に所領を持つ。

永禄元年(一五五七年)、「船越浦の戦い」において津奈調親とともに宗義調を相手取る謀反を起こし交戦。

敗戦後は壱岐国に落ち延びた後、宗義調に謀殺されたと言われている。

————————————————————

山本康範——北部の有力武士。宗家への不満は史実からも疑いようがない。

与七の動きも把握しているということは、注意深くもあるんだろう。


「次に会う機会があれば、話しかけてみろ」

「何を話せばいんだい?」

「漁の話でいい。最初は何でもいい。ただし——お前が北部の海を知っている人間だということは意識してみせるといい。山本は北部に根付いた武士だ。北部の海や土地を詳しく知っている人間を邪険にはしないだろう」

「……わかった」

「一つだけ注意がある」

「なに?」

「宗家への不満は今は触れるな。不満を持つ人間にいきなり同調すれば、不要な警戒を招くだろう。

まず信頼を作れ。信頼ができてから彼の力をどう使うか考えよう」

「急くな、ということか」

「そうだ」

与七は静かに頷いた。


その夜、俺はしばらく夜の海を見ていた。

神屋寿禎に続いて山本康範の名前が出てきた。

銀山の精錬も待っているし棚田が広がり始めている。朝廷への献上も滞りなく実現できるだろう。


少しずつだが確実に、状況は動き出している。

悪くない心持ちの夜だった

————————————————————

【佐伯与七】 天文十四年・秋 鰐浦周辺

山本康範を最初に見たのは、鰐浦の北側の浜だった。

漁師たちが網の手入れをしている浜だ。与七がたびたび顔を出しては漁師たちと並んで作業をする場所だ。


その日、少し離れた岩の上に一人の武士が立っていた。

三十代後半か四十がらみか。体格がいい。腰に刀を帯びているが、武士然とした構えではない。

むしろ——漁師たちと同じ目線で海を眺めている。

(宗家の人間ではないのではないか)

与七はそう直感した。南の厳原から来た人間は、海にこういう視線を投げかける人間は少ない。


男は与七に視線を移した。

与七は男の視線を受けながら、漁師の老人と並んで網の手入れを続けた。

逃げない。構えない。ただ——普段通りに黙々と自分の仕事をする。


海が正直だから、海の人間は正直だ。老人が言っていた言葉だ。

正直に仕事をする姿が、正直に伝わる。それだけでいい。


男はしばらく与七を見ていた。それから——岩を降りて、どこかへ歩いていった。

帰り道、漁師の老人が言った。

「山本様が来ておったな」

「あの方が山本様かい」

「そうじゃ。ときどき北の浜に来られる。漁師たちの様子を見に来られるのじゃ」

「なぜ武士が漁師たちの様子を見に来られるんだ?」

老人は少し間を置いた。

「……民のことを、気にかけておられる方じゃ。宗家がうまく動いていないことを、誰よりもよく知っておられる。」

「今でも、怒っておられるのかな」

「今でも、じゃ。しかし——ただ怒りを抱いているだけの方ではない。何かを待っておられるように見えるのう」

「何を待っておられるのだろう」


老人はしばらく黙りこんだ。それから、静かに呟く。

「……動ける時を、待っておられるのじゃと思う」


与七はその言葉を、頭に刻んだ。

動ける時を待っている。

与七には、その意味がわかる気がした。

自分も兄も——五歳の砂浜から、ずっと「動ける時」を準備してきた。

現状を打開したいという思いを、山本というあの男も持っているのか。


兄の言葉を思い出す。

急くな。信頼を作れ。それから共に動けるかの話をしようと。


正しい。与七も同じように思う。

しかし——与七には、兄とは少し違う感覚があった。

山本は俺を見ていた、俺も山本を見ていたのだ。

その「確かめ合い」が——すでに、信頼の始まりかもしれない。

波の音が繰り返された。秋の鰐浦の海は、静かだった。

コメントは全て目を通させていただきます。

皆様のご意見を参考にしたいので、賛否問わずコメントをください!

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