司祭の務め24
草原を風が渡っていく……。
人の気配は私たちだけだ。
さわさわと、草が波うつように揺れている。
先ほどまでここに魔素溜まりがあったなんて思えないような、穏やかな光景。
「そういえば、人が足らないって話なのによく二人とも今回の遠征に来れたねぇ」
護衛の面々が探索を行っているのを眺めながら、ふと思ったことが口に出た。
「あぁ、リドさんが、ね……」
「えぇ」
「……え。あの人、また何かやったの?」
ジークハルトが苦笑いしている。エルノがうんうんと頷いている。
これまでも何度か似たような話を聞いたことがあるので、私はちょっと顔を顰めた。
「ヴェルデアリアの件が分かってすぐにグレンダさんの名前が出ていたのですが、補佐に最低でも二人出さないなら、絶対グレンダさんは出さないってリドさんが宣言して、神殿相手に大喧嘩していました。……先日の……そちらで魔物が出たすぐのころですね。確か。」
「上が出し渋っていたのですが、司祭が必要な他案件があるなら俺が速攻で片付けるって言い出して……。体力のある司祭出せって言われて私が付いて行ったんですが、魔導士団の団長殿とリドさんと私の三人で、四日間で大型三匹片付けましたよ。こう言っちゃ何ですが……あの人たちこそ化け物、ですね」
「うわぁ……」
聞かされた言葉に、私はちょっとではなく思いっきり顔を顰める。
思わずジークハルトに同情の目を向ければ、相変わらず仰向けに寝転んだまま、彼は、なははと笑った。
「なんていうか、その、苦労を掛けたね……」
「さっきの浄化と合わせて、いい勉強になりました」
「ですね。……で、幹部たちもごねる理由を片付けられてしまったので、送り出してくれました。セドリック司祭なんかはギリギリまでグレンダさん一人で大丈夫なのに何故二人も付けるんだって言っていましたけどね」
「彼は、リドと昔から相性が悪いからね……」
「まぁ、でも、実際に外に出ている司祭たちからはリドさんは英雄扱いですね。実際、ギリギリでの浄化はこわいし負担もきつい。ウィリアムたちみたいなのを見てしまうと、もっと安全係数を上げるべきだって意見もかなり出ていますし」
「どこに対しても即座に対応するべきだ、司祭がきついのは耐えるべきっていう神殿長たちの考えも分かるには分かるけど、それで使い潰された仲間も少なくないからなぁ……」
「…………」
かり、と音を立てて口の中の飴をかみ砕く。
また知らぬうちに私はリドルフィに守られていたのかと、少し悔しかった。
浄化担当の三人並んで飴を舐めて待っていれば、やがて、中心部付近を回っていたイリアスが手を挙げる。
すぐ近くの確認をしていたリドルフィがまず寄って行き、二人がぼそぼそ話している間に他の面々もそこに集合していた。
「見つかったみたいです。動けますか?」
「はい」
「やっぱりあったのね」
「行けます!」
ライナスが一人こちらまで、私たちの様子を見に来てくれた。
その言葉に、ジークハルトがひょいと腹筋を使って仰向けから勢いよく立ち上がる。
エルノも、やれやれという風に立ち上がった。
ライナスに引率されるように皆のところへと行けば、言わずとも場所を空けてくれた。
草の根元に紛れるようにして黒いモノが落ちている。
そのすぐ近くでイリアスがしゃがんで、ここ、と指差していた。
少し近すぎないかな。後でイリアスにも軽く浄化を施した方がいいかもしれない。
「グレンダ」
「はいな」
リドルフィに名指しされたということは、この場で扱えるのは私一人だということだ。
私がそれを認識したのを見て取って、イリアスが立ち上がり数歩離れる。
私は短い呪文を唱えながら、それ、に近づいた。
呪文に呼応してふわりと私の両手に光が集まり、実体のない手袋になる。
草むらに手を伸ばし、光を纏わせたままの手でそうっと摘まみ上げた。
大きさは親指と人差し指で丸を作ったぐらいか。
モーゲンの村近くにあったものより大きかった。
黒く暗い硬質な光を宿すもの。
よく磨かれた鉱石のような質感で、今回は植物の葉に少し似て平らで薄べったい。
……このサイズで済んでよかった、と思いながら、両手で包み込む。
意識を手に集中して、それをゆっくりと掌の光の中に閉じ込める。
大きさを考慮して、少し肩が動くぐらいに息を吸いこんで……
そうして、ゆっくり、ゆっくりと息を吹きかけた。
びりびりと手の中で暴れるような振動があったが両手に力を籠めて抑え込む。
やがて振動が小さくなり、完全に静かになるまで力を籠めて待った後。
そうっと合わせた両手を開いてみる。
「魔封じの瓶を」
「どうぞ」
言う前に用意して待っていたらしいジークハルトが、さっと瓶を出してくれた。
暗い光がなくなって、限りなく無色に近い透明な鉱石のようになったそれを、静かに蓋を開けて貰った瓶へとしまう。
ジークハルトが瓶の蓋をきっちりと閉め、それをエルノが確認した。
「私が預かって、とりあえずフォーストンの神殿に保管を頼んできますね。王都に帰還する時に回収して王都大神殿に持ち帰ります」
「あぁ、予定通り、だな」
「お願いします」
ジークハルトが言い、リドルフィが頷く。
フォーストンの神殿にも小さな聖杯があり、透明化したものであれば保管できる。
ただ、あくまでも仮置きしておけるだけで、王都の大神殿ほどの設備ではない。
一応無力化してあるが、何かあった時のことを考えると司祭も多く詰めている王都に持ち帰った方が良い。
「では、フォーストンに帰ろう」
任務完了だ、と面々を見渡してリドルフィが宣言した。
「ジーク、神殿に行くのは早い方がいいだろう。先に行っていい。ライナス、オーガスタ、念のためジークの護衛につけ」
「了解です。助かります」
「承知しました」
「わかった」
名を挙げられた三人が先に動き出す。
「他は、のんびり帰るぞ。今日は、後は食って寝るだけだ」
「……ねぇ、あれはほっとくの?」
伸びをしたリドルフィに、ふと私は疑問に思ったことを口に出す。
あれ、つまり一部屋分ぐらい更地になっている場所のことである。
「あ、戻しますかね。少々お待ちを」
言って、ロドヴィックがそちらにのんびり歩いて行った。
面白がっているらしいイリアスがそれについていく。
どうも興味があるらしくウルガもついて行った。
確かに草が生き物みたいに動いていくのは、見ていて面白かったものね。
「しかし、これで今年三つ目か。多過ぎですね」
「いや、四つだ。モーゲンにあったものと、神殿にあった二つ、それにこれで四つ目。他にはないと言い切れないのがなんとも」
「多分、ヴェルデアリアにもあるだろうな」
エルノがしみじみと言う。彼は大神殿に持ち込まれたあれの被害を見ているからか、少し声が暗い。
冒険者として魔物の処理をしていたイーブンが同意し、リドルフィがぼそっと付け足した。
「リド、いつもより大きな魔封じの瓶って用意あったりする?」
「一応想定して持ってきている。ただ、お前の掌のサイズが限界だな」
さっき回収したものも、瓶のサイズギリギリだった。
これ以上大きいものは入らない。
確認すれば、想定していたようであると返ってきたが……手のひらと同じサイズのあれは無力化したことがない。
果たしてすんなりできるか、少し自信がない。
「いざとなったら何度かに分けて浄化もありだ。……お前には負担がかかってしまうが、出来る限りのフォローはする」
「私も微力ながらお手伝いします」
顔に出ていたらしい。
リドルフィとエルノの言葉に、頑張るよ、と笑ってみせた。




