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司祭の務め23


 各自の乗ってきた馬は木に繋ぎ、念のため結界石で木の周りを囲んでから全員で移動する。

予行演習も兼ねているので、それぞれに武器などを持ち、いつでも戦える準戦闘態勢だ。

何気なく歩いているようで、前衛を務められる五名が他の五名を囲むように位置取りしている。

特に、魔導士ロドヴィック、司祭エルノ、そして私の三人については、必ず前衛の誰かが庇える位置にいた。

同じ司祭でも戦棍を使うジークハルト、それに弓師イーブンは中衛扱い。

双剣のオーガスタ、細剣のイリアス、槍使いのウルガは前衛でも若干後ろや最後尾の守り。

盾にフルプレート装備のライナスと大剣のリドルフィが最前衛という配置だ。

若干前衛率が高いがパーティ編成としては悪くないと思う。


「よし、一度停止」


 魔素溜まりの暗さがギリギリ届かない辺りで、一番前を歩いていたリドルフィが一行を止めた。


「……グレンダ、ここから何歩だ?」

「リドの足で五歩まで」

「そこから何歩ぐらい進む?」


 私は、横を歩いていたエルノに視線をやる。私では普通と感覚がずれているからね。

エルノは少し考えてから答える。


「六……いや、七歩ってところですね」

「ジークもそれで大丈夫か?」

「はい。行けます」

「ふむ。……ロド、ここからその辺りまでだけ草を焼くことはできるか?」

「できますよ。でも、歩きやすくしたいだけなら、焼かずに一時的に退かすことも出来ますが」


 この辺りは文字通り草原で、私の腰より下ぐらいまでの草が延々生えている。

視界には問題ないし、先に結界石で囲っておいて貰えたおかげで魔物の気配もない。

このまま浄化を行っても問題はないだろうが、確かに歩きづらくは、ある。


「そんなことができるのか。なら、そっちだな」

「お任せあれ」


 ロドヴィックが腰のホルダーから杖をとると、リドルフィの隣まで前に出る。

丸い眼鏡をくいと上げて杖を構えると、ふっと笑んだ。

どこか気弱そうだった気配が薄らぐ。

歌うように、そして杖は指揮するようにゆらり動かし呪文を唱え始めた。


「……地に根を張りここに生きるものたちよ、暫しの間、場所を空けておくれ」


 杖の先が揺れるのに合わせて、生えていた植物たちが、ずぞぞぞっと左右に動いて行く。

なぜかイリアスが、うんうんと頷いている。

そういえば植物と親和性の高い彼女も似たようなことができそうだ。


「こんな感じでどうですか?」

「あぁ、ありがとう」


 リドルフィが指定した七歩分よりもう少し先まで真っ黒な地面がむき出しになった。

立ち退いた植物たちはロドヴィックが杖を振るのをやめると、元からそこに生えていましたと言う風に全く動かなくなった。

退いた先の草の密度が高くなっているのが、見ていてちょっと面白い。


「よし、始めよう」


 その言葉に、それぞれが自分の位置につく。

私はまっすぐ進みリドルフィの横に立てば、彼は一つ頷いて右へと数歩ずれた。

中央の位置を決めた私にあわせ、右にジークハルト、左にエルノがつく。

ジークハルトからさらに右でリドルフィが大剣を抜き、エルノの左でライナスが盾を構えた。

私の背後少し空けてロドヴィックが杖を構え、イリアスとオーガスタはこちらに背をむけて背後を守る。

ウルガ、イーブンは更にその左右に位置取り、周りを警戒している。

エルノが懐から小瓶を出し、呪い粉を手に出した。

ジークハルトが戦棍に力を流し、淡い光を纏わせる。

私は左右をゆっくりと確認し、錫杖を握り直す。


「では、始めます」


 ロドヴィックが出してくれた地表に、とん、と、錫杖を下ろす。

草原を渡る風の音に紛れず、しゃん、と、上部の金具の音が響いた。

一度、右に視線をやる。

こちらを見ていたリドルフィが頷き、そのままゆっくりと五歩進んだ。

それに合わせて左側のライナスも同じだけ前進し、辺りを見渡す。

魔物の他、障害になりそうな要因がないことを確認し、ライナスがリドルフィに合図を送り、そしてリドルフィが私にまた頷いてみせた。

それを受けて私も頷きを返し、左右の司祭を伴って同じだけ前へと進む。


 ほんの、五歩。

まだ、本能的な恐怖は、感じない。

ちりりと警告するような違和感と、視界が陰ったような暗さがあるだけ。

でも、進む前に比べると明らかに何かが違う。

多少耐性を持っていても、リドルフィたちに進めるのはここまでだ。

 私は、先にジークハルトを確認し、それからエルノを確認する。

どちらも無言でゆっくりと頷いた。問題ない。

前を向き、目を閉じる。ゆっくり息を吐いて、吸う。

そうして、一度。息を止める。静かに目を開く。


 とん、と、錫杖で大地を突く。


 意識して喉を開け、発声する。

今の言葉ではない、今は意味を知る者もいない、歌。

司祭たちは文字にすらできないそれを、師から耳で教えられ、歌い、覚える。

私の声に合わせ、ジークハルトの低い声が重なる。

それを確かめるような間が空いてから、エルノが綺麗にその中間音を重ねた。

三つの音がぴったりと調和したのを確認して、私はもう一度、錫杖を動かす。


 しゃん。


 ふわり、風もないのにローブが空気を纏い膨らんだ。

肌がチリチリと何かに反応している。

そういえば、こんな風に声を合わせたのはいつ振りだろう……。


 しゃん。


 そうっと確認するようにそのまま一歩、踏み出す。

こちらに一拍遅れて、左右の二人も一歩前へと出た。


 しゃん。


 二歩目。

瘴気が、ねっとりと濃くなった。

でも、日頃一人で行っていた浄化を三人で負荷を分散しているからか、掛かる圧が違う。

纏わりつくようなそれの、粘度が明らかに少ない。


 しゃん。


 三歩目。

視界が、明らかに暗くなった。

右横にいるジークハルトの聖棍からの淡い光も若干弱まったように感じる。

エルノが聖典を軽く抱え直した。


 しゃん。


 四歩目。

じりじりと何かに焦がされているような感覚に、鳥肌が立ち始めた。

後、三歩。私は心の中で歩数を確認する。

いつものように自分のペースで進めてしまうと、私は耐えられても他の二人が耐えられなくなる。


 しゃん。


 五歩目。

ほんのわずかにジークの声が揺れた。

それを支えるように、私は歌い続ける。


 しゃん。


 六歩目。

ジークの声と共に、エルノの声も少し苦しそうだ。

それでも二人とも声量は下げない。音は、ずらさない。外さない。

正しく、聖歌を紡ぎ続ける。

あぁ、頼れる司祭たちなのだな、と、改めて私は認識した。

自分がやれると言ったことは必ず勤め上げる。そんな人たちだ。

……だから、もう一歩。


 しゃん。


 七歩目。


さぁ、満ちるがいい。

私は、その場で錫杖を二回、大地に打ち付けた。


 しゃ、しゃん!!!


 錫杖の音に合わせて、息を吸って、止める。

それが合図になった。


 エルノが、手に出していた呪い粉を、辺りにまき散らした。

ジークハルトが、己の戦棍を高く掲げた。

私は、高らかに歌い上げる――……!!


「――…… 

 ここは生あるモノの場所。

 風とめぐり、水に育まれ、

 火に教えられ、地へと還るモノたちの場所。

 闇に許され、光に守られ、

 健やかなる命のための場所。

 光よ、この地を照らせ。祝福を……!」


 しゃん!!!


 声と呪い粉を触媒にして、私の前を中心に、ぶわりと光が噴き出す。

圧をもった光にバサバサと私の法衣が、髪が、なぶられる。

恐らく左右の二人も同じような圧に曝されているだろう。

眩しいのにけして目を射ることのない、聖光。

暗く、重く淀んだ魔素が、その光に押しやられるようにして一気に霧散した。


 やがて、光の奔流が弱まり、世界に色が戻ってくる。

もう、暗がりはそこにない。

青く穏やかな空の下に広がる、ただただ広い、草原。

ざざーーっと音を立てて風が渡って行った。


 ふぅ、と息を吐いた。

右手で握っていた錫杖に一度視線をやり、もう一度前方を確認してから、振り返る。


「終わったよ」

「あぁ、ご苦労。確認はこっちでするから三人は少し休め」


 私の言葉に応えたのは、いつも通りリドルフィで。

休んでいいというお許しに。


「はぁぁぁ……」


 横から盛大なため息が聞こえた。

ジークハルトが、どーん、と、その場で仰向けに倒れる。


「毎度のことながらしんどい」

「……ですね」


 見ればエルノも座り込んでいる。顔色が悪い。

大丈夫かと問う視線を向ければ、大丈夫ですと返された。


「ありがとう、おかげでかなり楽をさせて貰ったよ」

「いえ。合わせさせて頂いて本当に光栄です。勉強になりました」

「グレンダさんはあれからもう何歩いけますか?」

「んー……状況次第だけど二人が歌い続けてくれるなら、あと四か五、かな」

「マジかー……」「流石です……」


 思わず口調が崩れているジークハルトに、私は思わず苦笑する。

多分、こちらの方が本来の彼の口調なのだろう。

声に疲れが滲んでいるエルノを見て、私はふと思い出した。


「のど飴、いる?」


 法衣のポケットに手を突っ込み、小さな缶を引っ張りだす。

それを開けて、はい、と差し出せばエルノもジークハルトも笑って一つずつ受け取っていった。


おばちゃんに飴はつきもの!(←偏見)

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