司祭の務め4
昼食は、リドルフィと一緒に冒険者ギルド一階の酒場で軽食をとった。
もっとも軽食だったのは私だけで、リドルフィの食事は全然軽くなかった。
ウォルターは別案件の会議があるからと執務室にそのまま残り、ランドルフは騎士団事務所に帰って行った。その二人は、今夜は久しぶりに飲み交わそうなんてリドルフィと約束していたが、久しぶりというのをやたら強調していたのが少し気になる。別に、リドルフィが彼らと頻繁に飲み交わしていたとしても私は怒ったりしないのだけどね。ただ、あまり村を空けている頻度が高いのは少しばかり不便だから困るというだけで。
もりもりと昼から肉を食らっているリドルフィの横で、たまごのサンドウィッチをぽそぽそと食べる。
目立つ男が横にいるせいで、食事中に何度も声をかけられた。
リドルフィの人誑しっぷりは王都でも健在らしい。男の知人が入れ代わり立ち代わり挨拶していく。
そんな人たちに、肉を頬張りながら愛想よく返事をしている彼の様子を、私は少し感心しながら見守った。
こちらが法衣を着ているのに気が付いた人が何人か、私にも声をかけてきたが……なぜかリドルフィにさりげなく追い払われていた。
いや、今、仕事を振られても困るから、助かるんだけどね。
しかし……法衣がこんなに客寄せ状態になってしまうとは。本当に神聖魔法の使い手が不足しているようだね。
食後、しっかりお茶の時間もとってから神殿へと向かう。
用があるのは私だけだから一人で大丈夫だと言ったのだけど、護衛よろしくリドルフィが付いてきた。
「聖女グレンダ、聖騎士リドルフィ、よく来てくれました」
「……聖女と呼ぶのはやめて下さい、セドリック司祭」
「聖騎士もやめて欲しいところだな。そう呼ぶのは、もうここぐらいだぞ」
神殿の受付で名乗り待っていたところ、ここグラーシア神殿でも上位の司祭が出てきた。
私より十程年上で神殿幹部の一人だ。
毎回、顔を合わせるたびに同じやり取りをしている気がする。
こちらがいつも通りに返せば、まぁまぁと宥められた。
促されてローブを脱げば、受付で預ける前にまるで従者みたいに私に付き従っているリドルフィに引き取られた。その顔を見上げ……色々飲みこんで、ありがとうとだけ告げる。
「来ていただくのは久しぶりになりますね。前回は一年ほど前でしたでしょうか」
「確かそれぐらいですね」
待たされていた受付の部屋を出て、白く長い廊下を、先導するセドリックについていく。
神殿の回廊は天井が高く、光が差し込んでいるのにどこか無機質だ。
一般の入り口から入ったわけではないのもあり、すれ違う人も少ない。
「あれがあると聞いてきました。処理が必要な状態だと」
「えぇ。その通りです。こちらから手紙を出そうかと思っていたところです」
「そうですか」
「来て早々で申し訳ないですが、早速処理をお願いしてもよろしいですか?」
「もちろんです。そのつもりで来ました」
淡々と続く会話に、リドルフィは口を挟まず、私の斜め後ろについてくる。
思うところがあるのは知っているが、振り返るのがこわいような気配を漂わせてくるのはやめて欲しい。
やがて神殿の奥の方、一般人どころか神殿関係者でも司祭等一部の者しか入れない区画まで来れば、一度そこで待つよう告げられた。
セドリックが先に準備をするために行ってしまうと、私は男をつつく。
「怖い顔するの、やめてくれる?」
「元からこういう顔だ。気にするな」
「……普段はもっと笑ってるでしょ」
大きな荷物は冒険者ギルドで預けてきたので、リドルフィが持っているのは私の濃紺のローブだけだ。
ちなみに、彼自身はきっちり騎士服を崩さずに着ている。
髪や髭も冒険者ギルドを出る前に簡単にだが整えてきた。
神殿にくるのに無精ひげはいただけないからね。
薄鈍色のベースにした上着に黒いズボン、黒いブーツを履き長剣を佩いている。
鉄紺色のシャツに白いスカーフを巻き、こちらのローブと同じ宵闇色のマントを羽織っている様子はきっちり鍛えられた体も相まって見栄えがする。
王都騎士団の制服とは色合いや意匠が違っているが、周りからは騎士団かそれに近いどこかの組織の幹部にでも見えるだろう。
威風堂々とした本人の立ち居振る舞いもあり、認めるのも悔しいが格好いいと思う。
神殿に来るまでの間も、老若男女問わず何度も振り返られていた。
普段なら面倒臭がってしない恰好を敢えてしてついてきたのは、神殿への牽制目的なんじゃないかと私はひそかに思っていたりする。
「そんな顔するなら一人で大丈夫だと言ったのに」
「それを言って俺が聞いたことがあったか?」
「……ないね」
「諦めろ」
ぽそぽそと話していたら、目の前の扉が開いた。
中からセドリックが顔を出す。
「お待たせしました。こちらにお願いします」
私は一度リドルフィの顔を見上げる。
リドルフィもこちらの様子を確認するように目を合わせて、頷いた。
「はい、今、行きます」
私たちは扉を潜り、その先へと向かった。
肩書を出そうか出すまいかかなり迷いましたとこっそり告白。




