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司祭の務め2


 王都中央広場でダグラスの馬車から降りた。

冒険者ギルドは広場にあるので、ここからは目と鼻の先だ。

商業ギルドに寄ってから市場の方に行くというダグラスを見送って、私は鞄を持ち直す。

リドルフィは騎士団営舎に馬を預けてくると言って少し前から別行動をしている。多分、挨拶などもして来るのだろう。

 考えてみると、久しぶりの王都。しかも、今は一人だけだ。

ほぼ毎日、食堂の仕事があるので私が王都まで来るのは滅多にない。少し楽しいような、それでいて少し心細いような気分になる。

少し暑いかとも思ったけれど、濃い色の方のローブを羽織ってきて良かった。

これなら白と違ってそんなに目立たないだろう。

リドルフィとはここで待ち合わせることになっていたけど、その前に少し見て回るぐらい出来そうか。


「……とはいえ、どうするかねぇ。」


 食事は、リドルフィと合流した後がいいだろう。

店で買い物をするには荷物が大きくてちょっと邪魔だ。

さっさと宿を決めて部屋に着替えなどの荷物は置いてしまいたいところだが、この後次第では騎士団か神殿に泊まる可能性もあるので、勝手に宿をとることもできない。

多少日差しはあるが適度に吹いている風のおかげで、それほど暑くもない。

石畳の広場を見渡せば、噴水の前のところで吟遊詩人が竪琴片手に歌っている。

中々良い声だ。足を止めている人も多い。

視線をずらしていけば、広場の一角にいつものように屋台がいくつか出ていて、そちらも賑わっている。

……その中に、私は見つけてしまった。

うん、暇つぶしはあれにしよう。


「一つ、下さいな」

「あいよ! どれにする?」

「そうだねぇ。チーズクリームとー……桃で。そこのナッツもかけて」

「いいねぇ。桃は今旬だから美味いよー」


 手前側にあった屋台の一つへ行けば、私は店主に声をかけた。

店主はこちらの言葉に合わせ、丸く薄い皮に、ぽてっとクリームを落とし、その上にその場でカットした桃をのせる。刻んだナッツもその上に散らす。

それをくるくると細く巻いてから紙に包んでくれた。

私はコインを五つ、懐から出して店主に渡し、それと交換するように出来立てのお菓子を受け取る。


「まいど!」

「うん、美味しそう。ありがとうね」

「ご贔屓に~!」


 愛想のいい店主に笑みを返して、私は包みを持ったまま噴水の方へと移動する。

広場はベンチもいくつも置いてあるし、先ほど馬車を降りたところからも良く見える。

ついでに吟遊詩人の歌も良い感じに聞こえていて良さげだ。

彫刻で飾られた大きな噴水を眺めるベンチに私は腰を下ろし、鞄もすぐ横に置いた。

念の為鞄の肩掛け紐に腕を通したままの状態で、ふぅと一息つく。

先ほど買った包みを開けば、ふわりとクリームと桃の甘い香りが漂った。


「頂きます」


 逆側から零れないように包み紙を折りつつ、クレープを引き出せば、はむりと一口かじる。

生地の控えめな甘さに、チーズクリームの滑らかさ、桃のみずみずしさが合わさってとても良い。

追加してもらったナッツも良いアクセントになっている。

美味しい、と思わず笑顔になりながらもぐもぐともう一口食べる。

ノーラが昨日言っていた、口が幸せ状態だ。


「…………」


 どうせなら、このままのんびりと美味しいもの食べ歩きの買い物旅行にできたらいいのに。

多分、冒険者ギルドに行ったら最後、面倒臭い話が山盛り降ってくるし、のんびり買い食いする暇もない気がする。

そんなことをふと考えてしまって、慌ててその考えを頭から追い出す。

この後の面倒ごとは直面してから考えよう。

今はこのクレープと広場の光景を堪能するのだ。

 王都はお洒落な格好をしている人も多いし、ここ広場は特に楽しげな人が多い。

さっきから歌っている吟遊詩人のおにいさんもよく見ればそこそこ美形だ。

目と耳の保養だね。

歌っているのは……あぁ、斧の男の伝説か。

一番知られている神話だから人を集めやすいのだろう。

……って、その横で踊り出したのがいるね。二人も。

踊り子にしては少し年がいっているか。というか、あの二人組……。

はむっと、もう一口クレープを食べながら、目を細める。


「……あいつら、まだ頑張ってたんだなぁ」


 後ろから、こちらの思考を読んだような声がかかった。


「悪い、待たせた。……いいもの食べてるな。俺にも一口くれ」


 そう言って横にきて顔を近づけてきた男の口に、私は残りのクレープを押し込む。

半分ぐらい残っていたけれど、どうせこの男の一口はこんなもんだろう。

むぐむぐと美味しそうに食べる男の横顔を見上げながら、私は包み紙を小さく畳んで鞄にしまった。後で捨てよう。


「イーブンと同年だったように思うのに。……すごいね」

「だな。……桃か。美味いな。ありがとう」

「どういたしまして」


 戦乱期後半に勇者として名乗り出たものの、なぜか人目を集めることが楽しくなってしまった二人組が吟遊詩人の歌に合わせて踊っているのを、やれやれといった気分で見つめる。

結局、彼らが勇者を名乗り出して大して経たぬうちに戦いが終わり、その後芸人としてデビューした変わり種勇者たち。どうしても微妙な顔になってしまうのは仕方ないと思う。

いや、踊りはそれなりに上手だし、気が付いたら吟遊詩人が歌っているのも明るい恋歌に変わっていて場も盛り上がっているのだけども。


「グレンダ、お前も踊るか?」

「踊らない」


 食べ終わったリドルフィが手を差し出してきたので、その手を借りて立ち上がる。

自分の鞄を持ちあげようとしたら、さりげなく持ってくれた。


「ま、とりあえず、ここは平和だってことよね」

「ん。さっさと終わらせて美味いものでも食べよう。腹減った」

「今、あげたでしょ」

「あれだけで足りる訳がないだろ」


 クレープ、あげなきゃ良かった。



初めはソフトクリームを食べさせようかと思って、少し悩んだ結果クレープに変わりました。

日本でよく見る三角に折られたのではなくて、細く巻かれたやつならありそうかな、と。


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