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夏の嵐4


 午前中いっぱい、いつもの倍以上の量の野菜の下ごしらえをして、延々と鍋で何かを煮たり焼いたりしていた。調理器具もオーブンも、そして、私もフル稼働だ。

流石に疲れてきたと思った頃には、昼食の時間。

夕食用の下拵えと並行して用意していた、野菜のスープと卵とハムのサンドウィッチを来た人たちに渡していく。

配膳まで手が回っていないのを見て取った村人たちが、入れ代わり立ち代わりに手伝ってくれた。


 嵐対策の地図やらリストを広げてある大テーブルでは、来た人たちが書き込みをしている。

村の外側の柵の修繕、畑の収穫、防風ネットを付けたという報告や、川や水路周りの状況確認をしてきたなんて報告。外に出した物の片付けに、必要備品の補充や点検。

先ほどの話し合いでリンがリストにしてくれた作業項目に、少しずつ完了済みのチェックが付いていく。

村の地図にも書き込みが入り、対策済みになった所は色鉛筆で塗りつぶされた。

概ね予定通り……より、やや早いペースで進んでいるようだ。


「ふむ。今日は大きい方の馬車で行った方が良さそうですねぇ」


 その地図やメモ書きを確認しながら、ダグラスが言う。

少し前に食堂にやってきた彼は、自分のメモ帳を片手にあれやこれやと書き留めている。


「防風ネットの追加……そう言えば、春に皆で畑を増やしましたっけ」

「えぇ、その分で足らなくなっちゃったの。今からでも手に入る?」

「多分大丈夫ですよ。今回のもだけど、嵐が過ぎた後にでも、うちにあるのを再度点検して、もう少し村の在庫増やしましょう」

「そうね、その方が安心ね」


 ちょうど来ていたハンナが、そのメモを横から覗きこんで相槌を打っている。

リンたちの母親のハンナは私よりやや年上。

大らかで柔らかい印象の女性で、口調もおっとりしている。

時々斜め上方向にずれた発言をすることもある。そんなところも含めて、話しているとこちらまでのんびりした気分になってしまうような人だ。癒し系って彼女みたいな人のことを言うのだろうね。


「あ、そうだわ! 嵐が行っちゃった後で良いのだけど、干しもの用の金属製の網が欲しいの。今度、手配をお願いできる?」

「……もしかして、カエル?」


 つい先日の話を思い出して、会話に割り込んでしまった。

網でも金属製ってことは、トマトや他の農作物じゃなく、肉や魚だからね……。

私の言葉に、ハンナはぱぁっと嬉しそうな顔で振り返る。


「うん、そう! リンから聞いたのね。きっといいと思うのよ!」

「……う、うーん。ま、何事もチャレンジしてみるのは大事、だね……」

「とりあえず、量産できるものか、そもそも美味しく出来るかって問題もあります。今年は一個だけにしましょう!」


 微妙な返事をする私を援護するように、ダグラスも言葉を重ねた。

うん、それがいいと思う。まずは試作して、販売できるような代物になるかの確認は大事だよね。


「カエルもまぁ、良いんですけれど……あぁ、そうだ、前に皆で作ったパスタ! あれを干した方が売れる気がしますよ」

「あー、そんなのもあったね。あの時の倉庫にまだあったっけ?」

「ありますねぇ」

「ダグ、あれなら自分で茹でられるね?」

「えぇ、まぁ。茹でるだけですし」

「そしたら、今回の嵐の間の皆の食事に配るの、どうだろう?」

「あぁ、ありですね!」


 去年、小麦を皆で収穫した時にお試しで作った蝶々型のパスタ。

小麦を収穫してた皆で試食を行って好評だったのだが、成形する際の手間が中々大変だったこともあり、その時点では村の名産物化は見送りになった。

その時に作った在庫を、魔法で乾かしたものが倉庫にあったはずだ。


「あぁ、あのもちっとして美味しかったやつね」

「うん、それだね。嵐の間はみんな家に閉じ込められるからねぇ。あれとこっちで作ったパスタのソースを鍋で配っておけば、ダグとかでもなんとかなるんじゃないかい?」

「そうですねぇ。いいと思います」


 ハンナの方も思い出したようでにこにこしている。

これで嵐の間の皆の一食分については解決だね。ちょっと肩の荷が下りた気分。

なにせ独り者の男連中なんかは普段は料理なんてしないから、悪天候の間の食事は毎回悩むところなのだ。

寒い時期は日持ちもしやすいし、こちらで用意した作り置きでも問題ない。しかし、今回はすでに暑くなり始めている初夏だ。

傷みにくく、腹持ちもして食べた後の満足度も欲しい……となると、中々悩ましい。

それで考えると、前に作った乾燥パスタ、はかなり便利な気がした。

食べる直前に茹でたら良いし、最悪、味付けは塩コショウと乾燥ハーブでもなんとかなるだろう。

引き籠る初めのうちは、こちらから渡したソースで食べて貰えば栄養価的にも悪くない。

昔は、パンとチーズと干し肉を渡して、後はなんとか自力で頑張れ、なんてやるしかなかった事もあったなぁ、なんて思い出す。

それに比べたら、今はなんて豊かなんだろう。


「そうか、小麦の生産も軌道に乗ったし、あの乾燥パスタを村の皆で沢山作っておくのはありですね。蓄えとしてかなり優秀ですし、夏なら乾かすのも魔法に頼らなくて済むかも。そして何より、売れそうですね」


 ダグラスがまた何かメモを取っている。

今度のメモは明らかに嵐対策ではなさそうだが、まぁ、気にはするまい。

横で楽しげにハンナが頷いている様子に、私は少し遠い目になってしまった。

私たちは今、嵐対策で忙しいんじゃなかったかねぇ……。




現代日本って本当に便利なんだなと今更のように思いました。

お米は炊く前なら日持ちしますし、便利なレトルト食品もいっぱい。嵐が来ようとよほどじゃなければ水道ガス電気は普通に使えてしまうし、何より食事に関しては冷蔵庫がある。

書く事で改めてそのありがたさを実感したりしていました。

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