食堂のおばちゃん22
走りながら、呪文を唱える。
そんなことが出来ているのは、先に奇跡を自分にかけておいたからだ。
年をとりすっかり衰えたこの体で、何の補助もなく走りながら何かするなど出来るわけがない。
いや、普段碌な運動もしていなかったのだから、そもそも走ることだって怪しい。
森の木々がざわめいている。
頭上でぱたぱたと音がしている。
どうやらとうとう雨が降り始めたらしい。
やっぱり降ってしまったかと私は思う。
小面倒くさい呪文を簡易な省略形で済ませ、詠唱を終える。
使い慣れた神聖魔法が発動すれば、視界にかぶさるように無数の光点が現れた。
光点はそれぞれ少しずつ粒の大きさや色合いが違う。
それらの光は全て生き物の気配、だ。
ふるいにかけるようにして小動物のものだろう小さな光点を省き、残りの場所と頭の中の地図と照らし合わせる。
少しずつ離れた位置で動いている六つの光点は、先ほど送り出した討伐隊の六人のもの。
それに追われるように沼地へと向かう大きな点が、おそらく今回の討伐対象だ。
それらを遠巻きに見守る位置にいるのは森の獣たちのものだろう。
……そして。
「いたっ!」
大きな光点が向かう先、沼地の対岸近く。
崖と、沼の間に、二つの光点。
それを見つけるのとほぼ同じぐらいに、走り続けた私たちは森を抜け……視界がひらけた。
遮るものがなくなった雨が、容赦なく私の体を濡らす。
沼地を望む崖の、上。
先ほどまで光点だけで見ていたものが、きっちり実像をもって視界に入ってくる。
森の奥から追い立てられて走ってくる、巨大な双頭の熊。
それを一定距離を保ちながら、戦場へと誘導するカイルとリドルフィ。
森の中には遠距離を得意とするシェリーやイーブンたちが潜んでいるのだろう。
補助の追い立て役のジョイスとリリスも近くにいるはずだ。
沼地の水がシェリーの魔法によって凍らされ、氷面が光を跳ね返している。
その森側は話に聞いていた通り、下生えが焼かれていて背の高い葦などもなくなっていた。
見晴らしは非常によく、たしかにここなら戦いやすい。
私は口早に呪文を唱える。
息を切らしながらついてきていたクリスに向き直ると、彼の周りに錫杖で円を描き、術を完成させた。
「クリス、絶対それから出るんじゃないよ!」
「は、はいっ!」
どんどん強くなる雨の中、私は言う。
説明も何もなかったが、私の姿に目を丸くしつつも、素直な少年はこくこくと頷いた。
この子はきっとこの言いつけを破らない。
目を見てそう納得すれば、私はふわりと笑む。
一つ頷いてみせて。
「いい子だ。しっかりそこで見ておいで」
そうして、背を向ける。
崖の上からもう一度だけ状況を確認する。
大熊が誘導役のリドルフィたちを無視して、凍り付いた沼地を走り渡ってくる。
かなりの勢いだ。
討伐の面々もその行動に、本来いるはずのない者がそこにいることに気付いたようで。
シェリーのものだろう氷の魔法が、熊を攻撃するのが見えた。
リドルフィの怒号が聞こえる。
カイルが惨事を阻止するために猛ダッシュするのが見えた。
「……風よ、光よ、守護をっ!!」
あぁ、本当に、年寄りに何をさせるんだい。
錫杖を手に握り直した私は、若干の助走をつけて――……
崖から飛び降りた。
先日のはこのための修正でしたとな。(苦笑)




