食堂のおばちゃん21
厨房の窓から空を見上げれば、曇天だった。
それも、いかにも、もう少ししたら雨が降ります、みたいな黒い雲。
「長引かないといいねぇ」
ついこぼれた独り言に、朝から手伝いに来ていたリンが、そうだねぇと律義に返事をした。
今朝は雨を懸念して、早い時間から三人組に畑仕事の手伝いをお願いしたらしい。
畑は母親のハンナが仕切っているので、リンは朝から食堂の手伝いというわけだ。
三人組を派遣しているとはいえ、畑仕事の主戦力を借りてしまっているのが、少し申し訳ない。でもまぁ、若くて元気なのが三人も手伝いに行ってるから、畑の方もきっと大丈夫だろう。
「雨の中の討伐じゃ、帰ってくる時にはみんなドロドロだねぇ。宿屋のパウロおじさんに言ってお風呂用意しておいてもらった方がいいかも」
「んー、多分、もう準備してるんじゃないかな。さっき見送りの時にも居たし」
「そっかー、そうかもねぇ」
昼からお風呂、なんか良いなぁ、私も入りたいかも、なんてリンが笑っているのに同意して。
私は厨房横の扉から半地下の貯蔵庫へと食材の在庫を確認にいく。
きっとお風呂に入ってさっぱりした後は酒宴だ。カイルはともかく、リドルフィとイーブンはかなり飲む。
女性二人は甘いのが好きだと言っていたし、ジョイスや村の連中もそれなりに飲むだろう。
娯楽らしい娯楽はない小さな村だ。
お祭り騒ぎ出来る時にはみんな全力で飲むし食べて楽しむ。今回の討伐が終わった後も、きっと村全体をあげての宴会だ。
つまみの下ごしらえもしておくかな、とメニューを考えながら階段を上った、……その時。
「……グレンダさんっ!!!」
厨房に戻ったのとほぼ同じタイミングで、食堂の扉が、ばんっと開いて。
真っ青な顔をした魔法使いの少年が走りこんできた。
「え、何っ、何っ!!?」
突然のことにびっくりしているリンの横を通り抜けて、私はクリスの方へと向かう。
その際にリンの肩を、がしっと一度掴んで落ち着けとその動作で促した。
「クリス、どうした?」
「バーンとアレフ、ここに来てませんよねっ!?」
膝に両手をつき、腰を折って、はぁはぁと息を切らしながらクリスが訊く。
「あぁ、来ていないけど」
「……いないんですっ! どこにも!! 畑から、二人揃って倉庫へ収穫物置いてくるって運んでって、そのまま……っ!!」
「それは、どれぐらい前から?」
「……多分、半刻、ぐらい」
「リン!」
「え、あ、はいっ!」
「ここは任せた。クリスに水飲ませてやって!」
「あ、はいっ!!」
言いながら私は前掛けを外し、カウンターの椅子の背にかける。
そのまま奥の扉へと足早に歩き、二階への階段を駆け上がった。
食堂での普段履きにしているサンダルを脱ぎ捨てながらクローゼットに手をかけ、奥から頑丈なブーツと法衣を引っ張り出す。
着ていた服を畳む間も惜しくて、ばさばさと脱ぎ散らかすようにして着替え、……ちらりと窓から湖を見やる。
「……」
こちらの視線に応えるように、水面がきらりと光ったような気がした。
「光よ、ここに!」
小さく呟くような声に合わせて、両手を一度打ち鳴らす。
その両の手のひらを斜めにずらすようにしてゆっくりと離していけば、手の間に光が凝る。
やがて光は実体をとり、そこに古めかしい錫杖が現れた。
手の内に現れたそれを確認するように、私は一度目を細める。
そして、脱いだ服を乱雑にまとめるとベッドへと投げてから、今度は階段を駆け下りた。
「……グレンダさんっ!!?」
「クリス、来たかったらついでおいで!」
神聖魔法を扱う司祭としての、白を基調とした法衣に同色のローブとブーツ。
この季節には長袖ロングスカートは気分的に暑いことこの上ないが、仕方ない。
きっちりと司祭としての装束を着た私に驚いてクリスが目を丸くしている。
リンは何度か瞬きをしたものの、うん、と、一つ頷いた。
さっきの、任せた、の言葉の意味をしっかり受け取ったのだろう。
クリスの返事を待たずに食堂の扉を開け、そのまま短い呪文を唱える。
探索の日に討伐隊の面々にかけたのと同じ、祝福の魔法。
慌てて追いかけてきた少年にも同じものをかければ、歩き出す、次第に早足に。
歩きながら自分には特殊な身体強化に似た術を重ね掛けた。
リドルフィみたいに鍛えているわけでもないのに、この年で素早く動けなんて、奇跡の力でも借りなきゃ無理に決まっている。
私の使う奇跡はかなり優秀な分、副作用がひどいからあまり使いたくないけれども。
「グレンダ……っ!」
走ってくる私の恰好とその勢いで、説明なしに状況を把握したのだろう。
珍しく村の裏門にいた、門番のラムザが扉を開いてくれた。
騎士がするような仕草で敬礼している。見送ってくれている彼に、私は目で頷いてみせる。
いまいち状況を把握しきれないまま慌てて私についてきたクリスがおろおろしている。
でも、そこまでは面倒を見きれない。
「クリス、行くよ!」
私はそういうと少年を先導するようにして、森へと走り出した。
お約束展開、かな?(苦笑)
当初考えていたよりも早くおばちゃんの正装が出てきてしまいました。




