二十二話:七階層~六階層
「グウウゥオオォォォォォ……」
最後の一体を片付けたところで、次の階層へと繋がる通路への扉が勝手に開いていく。
「終わった、ってことか?」
「おそらくは……」
ここ七階層も、十階層から続く広い部屋と構造的には同じ作りになっていたが、これまでとは違って、地面から湧き出すお化けのように透けた人型の敵が次から次へと襲い掛かってくる、さながら戦場のような場所だった。
無視して通り過ぎようとしたのだが、通路に繋がる扉に近づくと閉じてしまい、ぶち壊して進もうとするとチゴウから「この階層での戦闘は……究覚との盟約に必要かもしれないよ……」と止められ、結局全て倒しきる羽目になった。
「しっかし、キュウカクと契約するつっても、ドラゴンのおっさんが言ってたことが本当なら無理なんじゃないか?」
「そんなことはないよ……雷冥との盟約がそうだったように、守護武神自身の意思がどうであれ……戦闘不能にさえすれば盟約は結ばれるよ……」
「戦闘不能なぁ……殺さずに、ってのが俺には難しいんだよなぁ」
「ドラゴンさんの言うとおり、もしキュウカクさんが壊れているのであれば……恐らく会話は成り立たないでしょうしね」
メリシアの言葉で、頭の片隅の何かが引っかかるようなモヤモヤしたものを感じて、ドラゴンとの会話をもう一度思い出してみる。
♦
「闇だ」
「や、闇?」
暗闇とかそういうことか……?
「この世界の根本にある二面性……光と闇のことだよ。お主らがその短い生の中で見聞きしてきたものは、すべて光の部分だ。闇とはその逆、感じることのできぬ深淵の中をひっそりと漂う形無き何かだ」
「良く分からんが……そんなもんを探求することになんの意味があるんだ?」
「世界は闇より出でた、言わば影のようなもの。この世界での闇や影とは、光が当たっていないところが暗く見えるといった、いわゆる物理現象……光が作り出した虚構に過ぎん。しかし闇に照らされたこの世界、闇の影の中にいる我らは虚構ではない」
「わ、私たちが、影……?」
「……光から見た影が闇に見えるように、闇から見た影は光に見えるのだろう。究覚はその深淵を覗きこむだけでは飽き足らず、さらなる力を闇の中に求めてしまったのだ。シャイアの思惑を外れて、な……」
それで、壊れた……?
「今のあやつと盟約を結ぶなど、壁に刻まれた絵画と意思疎通を図るかのような、愚かしい行為だ。悪いことは言わない、ここで引き返すのだ……」
「……忠告ありがとな。でも、悪いけど俺たちには進む以外に選択肢がないんだ。ここまで来て本来の目的も果たさずに戻るなんて、できないんだよ」
ディブロダールの間者や抑圧されている貴族といった帝都に蔓延る反乱分子や、ディブロダール以外の近隣敵対国に対するけん制のためにも……是が非でもキュウカクの力は手に入れなければならない。
ゲンカイでさえあれほどの力を持っていたのだ。最深部に居るキュウカクは、俺に肉薄するどころか互角以上の存在かもしれないという期待がもてる。
もっとも、俺が適わない相手ならそこで終わりだけどな。
「そうか……ならばもはや引き留めまい」
ドラゴンがため息を吐くかのようにブフーっと鼻から呼吸音を鳴らし、疲れたかのように再び巨体を横たえ、俊膜を閉じる。
「思い直したら再びここを訪れるが良い……いつでも外界へ転移させてやろう。しかし進むのならば、人間よ……心するがいい。力を求める者ほど深みにはまるものだ……闇を覗くとき、闇もまたお前を覗いているということを忘れるな……」
♦
ドラゴンが最後に言った、あの言葉。
元居た世界にも同じようなことを言っていた哲学者が居たな……。
「怪物と戦う者は、自分自身も怪物にならないように注意しろ……だっけ」
それは、哲学っぽいことを長年考えると辿り着く、一つの真理なのかもしれない。
……あ、思い出した。
「多分、キュウカクってヤツは壊れてない」
「そうなのですか?」
六階層へと続く螺旋階段を下りる足は止めずに、続ける。
「昨日、十一階層で寝てる時かな……誰かの声を聞いたんだ。盗み聞きしてんじゃねえみたいに怒ってたから、この武林迷宮にいる誰かの思考が流れてきたんだと思う」
「ソウタ様はなぜそれがキュウカクさんだと思うのですか?」
「守護武神がいる階層で毎回毎回出てくる石碑があるだろ? 小難しくて俺には良く分からなかったけど……あれに書いてあるようなことをあれこれ考えてるような感じだったんだ。この迷宮に、他にそんなことを考えてるヤツがいるとは思えなくてさ。確証とまでは言えないけど……何となくそうじゃないかってさ」
「そういう直感みたいなのって、結構当たりますからね。盟約を結ぶのに意思疎通を図れるから、もしそうならいいですね」
「そうだな……」
毎度おなじみの長い階段を下りきり、勢いそのままに六階層の扉を押し開いていく。
中はやはりこれまで同様の何もない空間が広がっていた――が、足を踏み入れた途端に身に覚えのある息苦しさを感じ、一旦螺旋階段のほうへと戻ってから部屋の中を伺う。
「……やっぱりアイツか」
なぜか、入り口を守ってるはずのスイリョウが、部屋の天井付近でニョロニョロと蠢いていた。
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