プロローグ:ローエレの約束
「……逃げられてしまいましたねぇ」
それが非難の言葉であることはすぐに察するも、敢えて反応せずにヒヨコ達が出て行った聖堂の入り口を見やる。
センチピードが追っていったようだが、あの尋常ならざる速度に慈悲主ではとても追いつけないだろう。
ひとまずは安心だの――
ドガッ
「ウッ!?」
「聞いてますか? あなたに言っているのですよ」
突然背中を蹴られ、前のめりに倒れこんでしまう。
「……すまんの。最近、耳が遠くての」
「ここはシャイア様が御座す神聖なるオールタニア大聖堂。言い訳は許しません」
グリグリと私の背中を踏みしだきながら神の名を口にする大司教に思わず吹き出しそうになるが、慌てて許しを乞うような表情を作る。
「こ、これからは気を付けるでの……」
「これからですか? あなたにはこれからがあるかもしれませんが、別史の使者の方々はどうでしょうかねぇ」
「っ! た、頼むっ! 頼むからそれだけはやめてくれんかの!」
身を起こし、背中を踏みつけていたその足に縋りつきながら懇願する。
「……初心を忘れて頂いては困りますよ。ディブロダールでも禁忌の魔術師として恐れられていたあなたですから、私も寛大でいられるのです。役に立たないのであれば、今すぐにでも――」
「わ、分かっとるの。それ以上は、言わなくとも……分かっとるの……」
「よいでしょう。では、後の処理はお願いしてもよろしいですね?」
「了解じゃ……早速ロイタージェンに、宵闇の使徒捕獲の依頼を出しておくの」
「お役に立って頂ければ、それだけ早く哀れな実験体を解放することができますよ。一人でも多く解放をお望みならば、私をこれ以上、失望させないようご注意くださいね」
そう言って、廊下に繋がる扉を開けて去っていくエリウスの背中を、内心ニンマリしながら見送る。
――タネは撒いた。
イマイソウタは今はヒヨコだが……あやつ、恐らく混じっておる。
人位神化魔術のSHURIEが不発だったのだから、それ以外に考えられぬ。
トルキダスとメリシアにはすまないことをしたが……あのヒヨコが居れば、当面は心配ないだろう。
問題は――
「イマイソウタや、調和じゃ……早く調和させるのじゃ……」
全てはそこからだ。
「……おい、ババァ。あいつ本当にABTSEIDOTなんだろうなぁ?」
物思いに耽っていると、センチピードが訝しげに首を傾げながら戻ってきた。
「なんじゃ、やっぱり取り逃したかの」
「うるせぇ! やっぱりってなんだコラァ!?」
「期待を裏切らん男じゃと思うての」
「ババァもう一度言ってみろぉ……えぐるぞテメェ……」
馬鹿でも分かり易いよう、これみよがしに大きくため息を吐く。
「ふぅ……わたしゃこれからやらねばならんことがあるでの。さらばじゃ」
「なんだとテメェ、待てコラァ!」
これ以上、馬鹿の相手をしている暇はないため、転移魔術で自室へと戻り、早速グステンにあるギルドへの依頼書を作成し始める。
「さて、と」
以前、トルキダスから聞いた話によれば、かのギルドの総支配人、ロイタージェンとは旧知の仲のはずだ。ヒヨコ捕獲の依頼書に、トルキダスの名も一緒に出しておけば悪いようにはしないだろう。
問題は総支配人という立場上、ギルドからグステン管理協会への報告義務が生じることだが……ここは、エリウスがどこまで根回しを済ませているかで変わってくる。
しかし……管理協会はさておき、ロイタージェンとトルキダスの関係性までは想定外であろう――賭けにはなるが、分は悪くない。
「……ま、こんなところかの」
書き終えた紙を四つ折りにして封筒に入れ、蝋で封印を施した後、転移魔術でギルド本部へと送る。
宵闇の使徒逃亡のため捕縛――高難度ではあるが、成功報酬で3Fは破格の依頼だろう。
これで、エリウスへこちらの本気度を偽装しつつ、依頼内容の異質さを際立たせることでロイタージェンに含みをもたすこともできる。我ながら良い考えだ。
「もう少し、もう少しの辛抱じゃ……」
今この瞬間も地獄の責め苦に苛まれているであろう少女の、あの儚くも優しい微笑みを再びこの目にできるのであれば、足蹴にされる程度の屈辱など何ほどのこともない。
窓を見ると、外は既に暗闇へと沈んでいた。
「……待っておれ、ソリテュル。このローエレ、かわした約束は決して違えんからの」
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