めでたしめでたし
騎乗竜ライナーノーツの鱗は、白地に黒いブチ模様だ。
黒いツノは、頭の左右対称に数本生えている。
四つの足を地面に着けているが、後ろ足の方が力強い。前足の二本は、手でもあるようだ。
ナノセントは数本のツノを触ってみた。骨と繋がっているので、動きにぴったりと固定している。突つかれたら痛そうだ。
翼はコウモリの様な骨格に、薄い皮膚がついている。
今は折りたたまれているが、たまに風を受けて開く。
ライナーノーツは、ナノセントを背中に乗せて走っている
筋肉だるまのおっさんを乗せる事もあるのだから、少女一人はライナーノーツにとって、軽い荷だった。
騎乗竜ライナーノーツの背に、ナノセントは横乗りにしている。
さっきまで見学をしていた竜騎士たちの、見よう見まねで手綱を握っている。
しかし、良く分からないので、ライナーノーツの首にも手を添えた。
少し長いライナーノーツの首は、太陽を切り抜いたように、柔らかで温かな弾力だった。
健康な生命力が脈打ち、ナノセントを少し安心させる。
このまま空を飛んでも大丈夫そうなほど、安定した走りだった。
*
ライナーノーツは、ひと声鳴いて、ナノセントを降ろした。
ナノセントは、するすると降りて、ライナーノーツの顔を撫でてみる。
「ライナーノーツ。よしよし……」
騎乗竜ライナーノーツは、フニョフニョフニョ、とナノセントの手の平から指先にと、鼻先をたどらせた。
食べるなそれエサと違う。とナノセントは微笑ましげに眺める。
ライナーノーツは、もう一度、鳴いた。
まるで喋っているようだったので、ナノセントは少し遠くなった演習場の中心を見て、話しかける。
「向こうにライちゃんが見えるね」
竜騎士ライオネストの元に戻る時には、またライナーノーツの背中に乗らなければならない。
今度は自力で、のぼらなければならないのだ。ナノセントはライナーノーツの装備を確認した。
あれがこうなって、それがあれ。
ぎしぎしと装備をたどると、ライナーノーツはじっとして、「さあどうぞ!」と言わんばかりに装備を見せる。
ナノセントは、口元に噛ませてあるのを見たり、ベルトを締めてある所をひっぱって、「なにこれ固い!」と思ったりした。
ふと、ナノセントが気が付くと、ライナーノーツはしっぽを、ぴこぴこぴこぴこ落ち着かないように振っている。
遠乗り前の、装備の確認だと思ってるのだろうか。ナノセントは、ほのぼのと突っ込んだ。
「うふふ。手綱を着けられて喜ぶなんて、人間だったら、とんだ変態ですよ……」
その言葉を受けて、ライナーノーツが、ぴしりと固まる。
微動だにしなくなった。
「……どうしたの? ライナーノーツ。どこか変なところを触ってしまった?」
ナノセントは焦ってなだめるが、ライナーノーツが体を痛がってる様子はない。
気分を損ねた様子もない。
ナノセントはライナーノーツの頭を撫でたり、アゴや頬を撫でる。ライナーノーツは嫌がらない。
そのまま撫で続けて、ナノセントは機嫌を取る。
数分後……。
ごろごろとリラックス体勢を取るライナーノーツが、そこにいた。
地面に着けたナノセントの両膝に、頭をなすりつけている。ごろごろごろ。
膝枕だと? うらやまけしからん。ライオネストは、珍しく闇の心を持った。
*
徒歩でここまで追いついたライオネストは、噛み締める様に、ライナーノーツに言い聞かせた。
「ライナーノーツ。腹を。見せるな……」
ナノセントは、なにか不具合の前兆だといけないので、さっきライナーノーツが固まってしまった経緯を伝えた。
セリフの詳細は省いたが、ライオネストは、セリフ自体に原因があったのだと見当を付ける。
ナノセントに確認した。
「えっ。竜って言葉を理解するよね?」
「……えっ」
当然のように言われて、ナノセントは急に理解できない。
ライオネストは、物事を教える先達の口調で、不憫気に、いや優しくナノセントに言い聞かせた。
「あとね、場合によっては人間より賢いよ?」
「……えっ」
ナノセントは、自分の持つ竜への知識と照らし合わせる。正直、じかに触れあった事はないので、よく知らなかった。
「だっ、だって竜は、言葉は喋れないよね? ……」
「竜の鳴き声は、主に二種類。そっから分けて、喜怒哀楽に当てはまるのが、四種類。
慣れるまで聞き分けは難しいけど、警戒音とか求愛とかあるよ。人間より言葉が多いと解釈する人もいるよ」
「えっ。一種類しか聞いた事な……」
ナノセントは、ライナーノーツの鳴き声は、一種類しか聞いた事がなかった。
自分には、鳴き声の聞き分けが出来なかったのだろうか。鳴き声の判別は、そんなに難しいのか。
しかし、本当に、同じ音程と鳴き方にしか聞こえなかった。
そんなナノセントに、追い打ちをかけるように、ライナーノーツがもう一度、鳴いた。
竜騎士ライオネストは、それを聞いて、
「……あっ」
と、物事の流れを察する。
生ぬるい微笑みをした。
「それ……求愛の声だネ」
「……!? ……!」
ひとさまの求愛現場を見てしまった気まずさを、ライオネストは取り繕った。
竜はたまに情が厚い。
騎乗竜ライナーノーツが、巫女姿のナノセントをひと目見た時から、えらい執着しているのを、ライオネストは知っている。
要するに、ナノセントは本日はお日柄もよろしくご愁傷様なのだ。
ライオネストは、ナノセントを励ます。
「良かった、ねっ……。仲良し、じゃないの! ……」
「ち、ちが……」
ナノセントはふらふらと、首を左右に振るが、少し赤くなった顔では説得力がないのだった。