騎乗竜ライナーノーツ
ナノセントは、騎乗竜ライナーノーツに会った事がある。
ライナーノーツの乗り主は、ナノセントの幼馴染みだった。
親同士の付き合いもあって、ふたりが祭典試合に出る時に、めかし込んだ姿を見せて貰った。
ナノセントの印象では、ライナーノーツは、とても大人しい竜だった。
催し事にも大会にも、いつも興奮せず立ち回る。主催者側から見て、優等生的な竜だ。
ナノセントは、ライナーノーツに少しだけ触らせて貰えた。
祭典の手伝いで、巫女の衣装を着ていたので、ナノセントはあまりはしゃげなかったが。
父親から、ライナーノーツを覚えているか、とたずねられて、ナノセントはその時の事を思い出す。
確かに、確認を取られるほど、少ししか会った事がない。
*
ナノセントの父親が、おもむろに口を開いた。
「ライナーノーツと我が家には、因縁があるのだよ」
「因縁……?」
思わせぶりに真剣な表情を作った父親を、ナノセントは胡散臭げに見る。
父親は、ナノセントからの、真っ直ぐとした視線を外しながら、
「ライナーノーツのお陰で、賭け試合で大儲け出来ただなんて、口が裂けても言えない」
言っとるがな。
父親は言葉を続ける。
「仕事が祭事なんつっても、かすみを食べて生きていけない。傾きかけてた我が家を救ったのは、ライナーノーツなんだよ……」
「えっ。うち傾きかけてたの!?」
「すまないねえ。お父さんとお母さん、大恋愛だったから、お母さんを狙ってた大貴族に未だに目を付けられてて、理不尽な負債を、よく吹っ掛けられるんだよ」
「……もうどこから突っ込めば」
父と母の大恋愛とか、恨みをかってるとか、そこからの借金とか。よく吹っかけられるとか。しかし返せたとか……。
お父さんは、騎乗竜ライナーノーツの出る試合で、ライナーノーツに賭けて大儲けした。
あぶく銭で、詐欺のような負債を返したのだ。
幻のような出来事である。見えない資産というのは恐ろしい。
*
その日は夜も更け、ナノセントは、今日の出来事は夢でありますように、と祈りながら眠った。
ナノセントの母親が、ようやく外出から戻った。夫婦の時間を過ごす。
二人会議の始まりである。
「あなた……」
「お母さん、おかえり」
「アンタの「お母さん」になった覚えはないですよ、ただいま帰りました」
「えっ? ごっごめんナサイ……!?」
「わたくし見ていましたよ。祭典試合の時、いつまでもナノセントのお尻を追いかけようとするライナーノーツに、「娘が欲しいなら、春季大会で優勝して大濃緑旗を持ってこい! 話はそれからだ!」って、あなたが無茶振りしてた所を」
「本当に優勝してくるとはおもわなかったんだよ……。お陰で詐欺負債は返せたけど」
ライナーノーツは、決して悪い竜ではなかったが、春季大会への調整はしていなかった。
例年通りの優勝候補がいくつかと、若手有力がいくつか。ライナーノーツはその中をうっかりかいくぐって、優勝した。
ちなみに春季大会とは、年に二度行われる国内大会の、春のやつである。
緑色の優勝旗は、大濃緑旗とも言われる。
トーナメント戦で国一番の竜騎士を決めるのだが、なんとなく慣習で、秋季大会の方が大きい。
竜騎士の国で一等賞を取ったら、世界で一番とも言えるのだが、世界大会は別にあるので、なんというか、優勝したらソレはソレで凄いが、要するにまぁまぁの大会である。
夫婦は、ひそひそと話を煮詰める。
「ライナーノーツ……約束を破ると怒るわよ」
「うん……」
ナノセントの父親は、タラタラと言い訳がましくうめく。
「例の大貴族がねえ、自分の息子とうちの娘をくっつけようとしてね。母子二代に渡る変態的執念がおぞましい……」
大貴族は、借金のカタに娘ナノセントを息子の嫁にくれ。と言ってきたのだ。
「正直、人間の野郎にやるより、竜で囲った方がマシかなと思いました次第で」
「あなたも大概の変質野郎だと思うわよ」
妻からの辛辣な評価に、夫は「でもほら」と無理矢理、話題を変える。
「竜との婚姻なんて、形だけのものだし。あとでナノセントに好きな人が出来たら、そっちと暮らせば良いかなとか……」
「見た感じ、ライナーノーツのノリは、そうじゃないと思うけど……」
「……」
図らずも、娘を竜に人身御供する悲哀を、体現するハメになった。
割と真面目に。
*
その夜、ナノセントは夢を見た。
寝床に生臭い呼吸を感じた。目を開けると、傍らにライナーノーツがいた。
竜というのは、まあ生き物であるので、特有のにおいがある。
この辺りは治安も良くて、陽気も良かったので、ナノセントは窓を開けて眠っていた。
ライナーノーツの鱗は、白い地に黒いブチの模様をしている。
黒い模様は、大小きれいな配置をしている。白より黒の面積が多い。
ツノとツメも黒。目は茶色だ。
茶色の目は、月夜に反射して光った。
ライナーノーツは、ちゃかちゃかと爪を鳴らして、ナノセントに歩み寄る。
挨拶をするように、首を下げた。
フンカフンカ
モフモフ
ペロペロ
……ペ? と不審に思いながらも、ナノセントは自分の髪にモフモフしてくる動物になすがままだった。
ナノセントはまどろむ目にライナーノーツを映したが、夜は眠いものだ。
遠のく意識の中で、父親の怒声を聞いた気がした。
「いつの間に忍び込んで来たんだっ! この畜生がっ!!」
出合え、出合え、のランチキ騒ぎの中、ナノセントの睡魔はビクともしない。
次の日の朝、開けっ放しだったはずの窓は、厳重に閉められていた。
ナノセントは不思議に思ったが、壊れたテラスといい、庭の芝生に残った大小様々な足跡といい、寝不足の父親といい、世の中には不思議な事はたくさんあるので、少しの事は気にしない。