第二章イチワ「平穏」
「ルゥ!そこから離れるなよ!!」
辺り1面、砂が支配する荒野でリオは博士から貰ったメリケンサックを嵌めて、満身創痍の中ルゥの身を案じて、声を荒らげる。
「くっそ、こんなやつ剣さえあれば、、」
恨めしげにつぶやくと、項垂れそうになるがそういう訳にもいななかった。目の前の中型の機械は常にリオの後ろにいるルゥを狙って、攻撃を仕掛け続けてくるのだから。中型と言っても、群の中で見れば小さく配線や鉄の肌、赤く光る瞳をしているが背格好はまるで人間だ。
「りお、はやくしないと」
「あぁ、わかってる急がねぇとガドが、」
話を続けようとして、リオが目の前の機械から一瞬目を離した時に生じた隙を見逃さなかった。見た目に似合わない軽やかな足取りで素早くリオ目掛けて、手刀の構えで突っ込んで行った。
「りお!まえ!!!」
◇◇◇
1ヶ月前、ラスティア
「傷はどうだ、リオ」
「お陰様で、後遺症は残らず済みそう」
そいつは何よりと、短く呟くといつものようにタバコを吸い始めた。博士との戦いが終わってから早いもので3日ほどたった。リオの傷がかなり深く本人はケロりとしているが、後遺症が残らないということはかなり奇跡に近かった。
「タバコ吸ってるの久々に見た気がする」
「湿気ったタバコは趣味じゃねぇんでな」
肺にたっぷり溜まった汚れた煙を美味そうに吐き出してヘラヘラと笑っているが、博士が死んでから今日まで涙を流し続けて、タバコなんて吸えたものじゃなかったことをリオは知っていた。ガドは怪我こそ軽症であったが心の傷はリオでさえ計り知れなかった。
「そういやルゥはなにしてんの?」
「あいつならソファで鼻ちょうちん作って寝てるぜ」
「ほんとに何やってんのあのクソガキ」
リオはよろよろとベッドから起き上がりおぼつかない足取りで居間へ向かおうとする。
「おい、大丈夫かよ」
「平気、こんなんでへこたれてたら博士におこられちゃう」
「かもな」
2人してへへっと、小さく笑った。リオは結局1人では歩けずガドの肩をかりた。部屋から出るとソファーの上で小さな体を大の字に広げ、居心地良さそうに眠っている。先程悪態をついていたリオだが、ルゥが無事に帰ってきてくれたことに心から安堵していた。
「起こすか?」
ガドのぶっきらぼうな問にリオは、少し迷った表情を見せたあとゆっくりと、首を振った。
「久々にふたりで飯食いたいな」
「おっ、どっか食い行くか?」
ルゥが来てからというもの、3人で食卓を囲むことが基本になり二人でご飯を食べるというのは久々と言っても差し支えない。
「ガドの作った奴がいい」
「、、お前もまだまだクソガキだ」
一瞬めんどくさそうな顔をしたが、少し表情を和らげた。リオの頭を乱雑に撫で、キッチンに引っ込んで行った。
寝ているルゥと二人になったリオは、少し眠ろうかと考えたが、この3日間ほぼ寝たきりだったので、眠気は少しもなかった。代わりにチラリとルゥに目をやる。妹のように思っていたが、疑問が多すぎることを思い出し紙とペンを取り出し、大雑把に書き出した。
なぜ機械のなかにいた?
そもそも人間なのか?
なぜ狙われる?
中枢とは?
記憶が読める理由。。
「改めて考えると、なんにも知らねぇなぁ。」
ルゥ以外にも知らないことは山ほどある。回収屋は多くは語らないが、流石にこれだけ知らないと、今後にも支障が出るだろうしガトに尋ねることにした。他にも聞きたいことを書き出そうとペンを握り直したところで、ガドが料理を持ってきてくれた。
「何やってんだ?」
「ガドに聞きたいこと書き出してんの」
「ファストの記憶で、だいたいわかってんじゃねぇのか?」
ガドが料理を配膳しながら、不思議そうに尋ねる。
「そう言えば、、ここ3日間ファストの記憶見てない」
「消えちまったのか?!」
ガドが思わず声を上げた拍子に、お盆が大きく傾き、料理が滑り落ちる。
「うわっ!」
リオは咄嗟に手を伸ばし、床に落ちる寸前で皿を受け止めた。
「……危ねぇ」
「すまねぇ、それよりどうなんだ?」
「なくなったわけでない、と思う、」
そもそも読んだ者の記憶が残るというのは、基本的にはありえないことなのだ。どれだけ優れたラスティアの解析者でも、あくまで記録を取り出すことしか出来ない。
「最後に困ったら呼べって言ってくれたし」
「まぁ、あの人ならお前に迷惑はかけねぇよ」
ガドはそう言って、自分の料理をテーブルへ並べた。
「ほら、冷めるぞ」
「うん」
リオは久しぶりのまともな食事にありつくと、傷のことなど忘れたように夢中で箸を進めた。それを見たガドは呆れたように笑いながらも、何も言わなかった。
食事を終えしばらくして、ガドが煙草をふかしながら口を開いた。
「んで、聞きたいことって?」
待ってましたと言わんばかりに、先程書いた紙をサッと取り出しガドに渡した。ガドは雑に書かれた文字に目を通すと、低く唸って話し出す。
「わりぃけど、俺もルゥに関してはよくわからん。が」
「が?」
「博士が話していた、神話については語れる」
博士との死闘を繰り広げた少し前、初めて博士を訪問した際に、リオには理解できなかったあのことだろう。帰りにガドを問いただそうとしたが、すっかり忘れていた。リオが目線で話の続きを促す。
「あの話しは、ヴェイルの実話さ」
「神話なのに?」
まぁ落ち着いて一旦最後まで聞けよと、リオにタバコの煙で作ったリングを吹きかけ、タバコの火を消した。
「子供にも聞かせやすく、覚えやすく、この話がついえないよう、作られたのさ。魔王の城と呼んでいたがあれは天蓋の話だ。天蓋のおかげで過ごせはしていたが、やはり機械は邪魔だったらしく。困った末に、当時の王が2人を英雄に任命し、天蓋の破壊へ向かわせた。帰ってきたのは、片方だけで話す内容は支離滅裂。困った王は再度英雄を2人任命し天蓋に送った。それが今でも続いてるのさ。」
久しぶりに長いこと話したからか、ガドはフッと一息ついてひとくち水を飲んだ。その後、軽い咳払いをしてから、大して難しい話でもなかっただろ?と笑った。
「で、天蓋には何があったの?」
「俺と博士は英雄だが、唯一天蓋には向かっていねぇからわからん。なんでは言うなよ?今から話すから。
俺たちのひとつ前、つまりファストとカイが天蓋の破壊に成功した。」
「でも、天蓋は動いてる。」
「あぁ、完全な破壊ではなかったんだ。それの調査及び完全破壊。それが俺と博士に与えられた使命だ。」
しばらくの間、二人の間に重たい空気が流れた。どちらも口を開こうとせずこのまま沈黙が続くと思われたが、予想外の一言で場が動いた。
「りお、おきたの?」
「うん、起きたのはルゥだな」
てちてちとリオの方に駆け寄って、傷に触れるといけないのでゆっくりしがみつき、膝に収まった。
「いつから起きてたの?」
「さっき」
「大事な話してるんだ、まだ寝とけよクソガキめ」
「むっ、がどいや」
ルゥは眉をひそめてべーっと舌を突き出しそのまま唾を飛ばし、更にリオにくっついた。寝ている間に更に感情表現が豊かになったと、感心したリオは軽く頭を撫でる。
「だいじなはなし、なにはなしてたの?」
「博士のことかな」
わざわざルゥに話しても理解してくれないと、判断したリオがあながち嘘でもない嘘を伝え、ガドと話を続けようと、ガドに目を向けたところでルゥが声を上げた。
「わすれてた!」
二人がきょとんとしていると、ルゥがリオの膝から抜け出して、リオに小さな白い手を差し出した。
「どうしたの?」
「りおにみせてって」
「ファストじゃねぇの?」
ルゥがおもむろに目を瞑り、唇にひとさじ指を当て2人に静かにすることを要求する。その様子がどこか神聖さを感じてリオは息を呑んだ。1分も経たないうちにルゥの手が淡く光出した。地下室で見たものと同じだろう。
「記憶を見せる時の、、触れていい?」
ルゥが小さく頷くと、リオは一瞬躊躇った様子を見せたがすぐに覚悟を決めると、前と同じように、2人の手の光が一際強く輝く。そして、弾け。粒子が部屋に降り注ぐ。
光を浴びたリオは視界が歪み、思わず近くにあったソファに崩れ落ちるように体を預けた。
◇
リオが再び意識を取り戻した時には、前回ファストと話した時と同じような何も無い空間に、1人佇んでいた。今回も誰の何の記憶かは聞かなかったから分かっていないが、きっとファストだろうと決めつけ、何を聞こうかと頭を悩ませていると、不意に背後から声が聞こえた。
「久しぶりというほどでは無いが、久しいな少年。」
鼓動が早く大きく音を鳴している。投げかけられた言葉には聞き覚えがあった。その声も、その呼び方も、もう二度と聞くことは叶わないと思っていた。
「博士っ、、!」




