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信頼の王国  作者: 志々十勒
創世記─これまでとこれから─
30/37

安心と信頼の再会

 玉座の間に、重い空気が流れていた。


 壁にかかった王家の紋章が、朝日を受けて淡い金を返す。


その中心で、フェルシア新王のファウストは静かに座していた。


居並ぶ側近たちコマ、ワルター、アーサーンは緊張を隠せない。


 ファウストを支える八柱のうち、ゼロ王の元側近達は複雑な心境も有り、この場に立つのを辞退していた。


 なのでこの場にはファウストの側近四人以外はいない。


その理由は一つ。

先王ゼロが、この謁見の場に戻ってくる。


当然、廊下の奥には残りの柱達や儀礼室と文官たちが控えていたが、ファウストはあえて“最小人数での謁見”を選んだ。


 彼が退位して姿を消してから数えればおそらく十年の月日が流れていた。


王の退位後の六年は混乱と旧制度の整理に費やされた。

そして王の意向で宣言された民意を取り入れ選ばれる王権政治に切り替わる。


 ファウストが王として即位して四年、もうすぐ五年の月日が流れるこの日、フェルシアの過去が贖罪の旅を終え、王宮に戻って来る。


 彼に聞きたい事は山程ある。


 自己否定の感情暴走の末、王宮から静かに消えた彼がどういった経緯で立ち直ったのか?


 なぜ、この今、この時期をもって帰還を決意したのか?


 彼の心の置き場は今は知り得ない事だが、この再会は今後の国の行き先を決める。


 過去と完全に決別したければそもそも国の名を変えている。これはフェルシア王国がフェルシア王国として内外諸国に知らしめる必要事項でもあった。


 即位の際、共に信頼を育てるという感情基盤を芯に持つフェルシア王国の今後に必要な欠片が、この時点でファウスト政権の元に戻ってくる。


 謁見の前の扉がゆっくりと開く。


入ってきたのは、王であった頃の面影を残しながらも、威厳の代わりに、罪悪感の影を背負った男だった。


ゼロは歩みを止め、周囲の視線に怯えたように肩を縮めた。


……やっぱり、場違いだ。私はもう、ここに立つ資格は…。


 …しかし、あの母娘を救うには力がいる。だが、私はファウストに願いを託して消えるべきか…。


 沈黙が謁見の間に落ちる。重苦しい空気が場をなめ回すように走った。


…だが、誰も口を開かない。


 それは拒絶ではない。


ただ、誰もが言葉を選びかねている ──そんな沈黙だった。


ワルターが心で感じた。

同時にチクリと胸を刺す過去の自分の失敗の元凶。


『あれほどの圧政を強いた前王が、まるで別人のようだ。あの過ちの王がねぇ…』


ファウストの死角から観察するマサヒト。


『俺様が知っているのは、規律を盾に支配していた“恐怖のゼロ王”。…あんな弱った背中、見たことがねぇ』


 沈黙に耐えかねアーサーンが横目に小声で声をかける。彼からすれば前上司そのものである。


「……陛下、先に声を掛けるべきかと」


ファウストはゆっくり首を振った。


「……彼が、自分で一歩踏み出すまで待て」


沈黙。その中でゼロだけが怯えるように震えている。


 ゼロは、玉座を見上げた。


そこに座るのは、かつて自分が守ろうとした国の“新しい王”。


…色が違う。空気も、周囲の誰もが以前より…優しい。


 懺悔と後悔の針は、容赦なく貫いてくる。

胸の奥が痛んだ。


 ああ…本当に、私は間違っていたのだな。許されるべきではない。こんな私に、それでも手は伸ばされるものか…?



 言葉が出ない。



 何を言えばいい?

 どんな顔をすればいい?


沈黙に耐えきれず、沈黙の玉座の間からゼロが退きかけた───その瞬間。


ファウストが立ち上がる。


しっかりとした足取りでトン、と玉座の階段を下りる靴音が、やわらかく響いた。


ゼロにはまぶしすぎる光の行進。


「……っ、す、すまない。私は……すぐに退室を――」


 この光はやはり私などには、辛すぎる。


「先王様」


 自己否定の感情循環を引き裂く声にゼロの全身が固まる。


ファウストはゼロに歩み寄り、真正面に立った。


 その距離は、前王と新王ではなく、

罪を抱えた一人の人間と、それを見つめる者の距離だった。


ファウストはゼロの手を取り、しっかりとその目を見ながら笑ってゆっくりと声を紡ぐ。


「戻ってきてくれて、ありがとうございます。あなたと…私はずっと、話したかった」


「…ファウスト……いや、陛下……? 私などがここにいても……?」


「ええ。あなたがいたから、この国はここまで来られた。安心は与えられるもの。でも信頼は、一緒に育てるものです。間違いも、傷も、悔いも……全部“国の歴史”の一部です。


 私はあなたが贖罪の旅の中で何を見て、何を悔い、何を選んだのか…

全てを聞かずとも察しています」


ゼロの瞳が揺れた。


「私は……安心の為という名目で、皆を苦しめただけだ。おまえにも……“王”という重荷を押しつけてしまった……」


「それでも僕は、あなたを否定しません。

あなたが託してくれた国を、あなたと一緒に守りたい」


「……っ……!」


 彼の目に涙が滲む。ファウストが手を差し出す。


「どうか、王宮に戻ってきてください。私の国は王の独裁を是としません。国を憂う一人として、信頼の国は一人で背負う必要はありません」


「…まったく人たらしもいいとこだ。王様、やるねぇ」


 常に安全を確保しつつ、梁から観察していたマサヒトは感心する。


「俺は厳しく言うつもりだったが…まあ、いい。今の顔なら、少しは信頼できそうだ」


 組んだ手をお手上げとパタパタしてワルターはゼロの現状を認める。


「前王の“感情波形”が、あんなに柔らかいとは…」


 感情の流れを見つつ、コマはゼロの変化に興味が尽きない。


 二人の王の姿を見て、アーサーンは納得を深める。


「静かで強い…王が、人を導く。これが我らの“信頼の王”の姿か…」


(…陛下が前王を赦した。いや、 救ったのではなく、掲げる信頼で歴史の断絶を繋ぎ合わせた。余白を消した美しい経路を辿る手腕は見事。この方はやはり、秩序の中心…。)


 アーサーンの言葉の微妙な誤解に気づく者は、この場にはいなかった。


 ゼロは震える手で、ファウストの手を握り返した。


「…ありがとう。

私を……もう一度、“国の者の一人”として迎えてくれて……」


ファウストは微笑む。


「こちらこそ。

あなたを必要としています、先王ゼロ」


―小さな握手。

ゼロの震える指先は、まだ罪悪感を離しきれてはいなかった。しかし、その重みは、過去の罪と未来への希望を結ぶものだった。


この瞬間、

前王ゼロと新王ファウストの“信頼”が、初めて真に結ばれた。


──だがこの握手は、

未来に二つの道を生むことにも繋がる。


一つは“共に歩む信頼”。


そしてもう一つは…“盲信の芽吹き”。


この再会は偶然を必然に変え、

“信頼の連鎖”を次の世代へ流し込む。

──それが花か、歪みかを知らぬまま。


後に王妃となるメフィスの運命さえも。

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