32 あたしだけが知っている。『魔女の時計』の真実
32 あたしだけが知っている。『魔女の時計』の真実
教授が、とある1枚の写真をホログラムに立体表示させた。
「ではこれを見てもらおうか。――なんだか分かるかね?」
――なんだ、これ……?
イチヒはホログラムを凝視する。
それは、金色で何層にも絡まりあった立体からくり時計のように見える。
複雑なデザインの、大きな丸い文字盤が正面に着いていた。
文字盤には、24までの数字と幾何学的な文様や、宇宙の縮図のような図形が描かれた円盤が何重にも重なっている。
針があるようには見えないが、恐らくこの文字盤に時間が記されているのだろう。
――イチヒがじっと文字盤を凝視していると、重なった文字盤一つ一つがゆらゆらと揺らめき、すこしずつ動いているのが分かった。
針はないが、文字盤ごと回転して時を刻んでいるらしい。
その下では、金色の螺旋が中に巨大な砂時計を抱いていた。
しかし、落ちるべき砂は入っておらず、くびれた透明のガラスだけがあった。
金色の螺旋のあちこちには歯車が嵌っていて、歯車が動く度に螺旋構造が踊るようにうねる。
天文時計……だろうとは思う。でも、動力源があるようには見えなかった。
砂時計の砂もなければ、歯車もどこにも繋がっていない。
「君たちの生まれた惑星にも――『オーパーツ』が存在していただろう? これは、今日まで『宇宙軍』に受け継がれてきたオーパーツ――魔女からの贈り物だ」
イチヒの脳内に、故郷の地球に残されたオーパーツたち――アンティキラ装置や、バクダッド電池――が思い浮かぶ。
だが、地球は『魔女からの贈り物』を活用できずに、当時の古代文明は全て滅びてしまっていた。
おかげで、遺跡から発掘されるオーパーツたちは、もはやただの骨董品として博物館に展示されている。誰も使おうとなんかしない。
「……宇宙軍は……、1万年前からいままでずっと文明を維持してきたのか……」
イチヒはごくりと喉を鳴らす。
――宇宙軍が、文明の最先端として多くの銀河を支配下におけるはずだ。
魔女のもたらした文明を、ずっと守り続けてきたのだから。
講義のさなか、リリーゴールドはマエステヴォーレの言葉を思い出していた。
『おぬしの母が産まれたての頃3次元に来て、あちこちの惑星でやらかした話じゃ』
――ママは、何で天文時計を作ったんだろう……?
これも、ママが作ったんだよね――?
リリーゴールドは、制服の胸ポケットに入れた、金色の懐中時計をそっと取り出した。
3次元にきてから、あの日の食堂で1度だけつかったこれも。
母が作り、娘のために手渡したものだ。
『きっと、何かの物の時間を巻き戻したい時があなたにも来るはずだから』
そうまるで未来がわかってるような口ぶりで、ママはこれをくれた。
……でもほんとに、壊した床を無かったことにするために使っちゃった。ママは、なんでも知ってるんだなあ……
目の前の、金色の大型時計の立体ホログラムを見る。
リリーゴールドの目には、これがただ時間を告げるものじゃなく、宇宙の進み方も、惑星の配列も記したものだとはっきりと分かる。
しかも――
……これ、あたしが動かしたら過去にも、未来にも行ける……気がする?
手元の金色の懐中時計に目線を落とす。
この懐中時計は、『物質』の時間を操作することしか出来ない。
これを使っても過去に行ったり、未来に行ったりできる訳じゃない。
でも――
目の前の天文時計は、行先に指定する座標データも、自分の所在を特定する座標データも、幾つもの座標が扱えるように見える。
しかも、場所の座標だけじゃない。時間座標すらも、記されているのだ。
その大きな幾重にも重なる円盤は、リリーゴールドの目には沢山の座標を指定する計算機に見えた。
「これは、魔女がもたらした天文時計という。
これを使い、宇宙軍は時間の概念を知った。そして、宇宙の広さと、各銀河の場所も知ることが出来た」
講堂の真ん中で、魔法使いみたいなローブを引きずった教授が語り始める。
リリーゴールドは、自分が見た円盤計算機の話がいつ出るだろう――とじっと教授を見つめて待った。
しかし――
その話題が、教授の口から出ることはついぞなかった。
「この天文時計の力によって、宇宙軍は急速に他惑星への進出を可能にしたのだ」
そこで、教授の天文時計を利用した発展の歴史の説明は、終わってしまった。
――どうして?
銀河の場所だけじゃなくて、時間の場所も書いてあるのに……
リリーゴールドは眉根を寄せた。
リリーゴールドは知らなかったのである。
宇宙軍――いや3次元の人類が、まだタイムトラベルを成功させていないことを。
そして、3次元における初めてのタイムトラベル成功者は、実はリリーゴールドとイチヒとなるのだが……
――今の彼女たちは、そんなこと知る由もないのだった。




