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30 ふたりの前に現れたライバル?

 その日の晩、イチヒは寮の自室にいた。

 リリーゴールドと一緒に食堂から帰ってきて、今は自室で明日からの座学の予習をしていた。


 ――実は複合環境障害突破訓練マルチエンバイロンメント・アサルトの報告任務、遂行してないんだよなー……


 教科書をめくる手が止まる。イチヒは机に突っ伏した。

 理事長とのやりとりは、全て個人学習室PCから行っている。イチヒがアプリを開かない限り、理事長からの命令は確認できない。


 

 ……まあ、本当にいざとなったら直接言いに来るだろ……


 イチヒは、理事長にとってリリーゴールドに一番近い都合の良い駒のはず。

 イチヒの両親を人質にとるような発言や行動をするなら、イチヒの目に見える場所でやらなきゃ意味が無い。


「ふふ、私もリリーの無鉄砲さが伝染ってきたかな」


 思わず呟きが零れ落ちた。

 不思議と、自分が強くなったような気がした。


 


 ――翌日、2人は道に迷いながら学校構内を走っていた。

 

「やばい道に迷った、講堂どこだ?!」

「わかんなーい、全部おなじ建物に見えるよー!」


 入学して1ヶ月は、基礎訓練と筋肉や運動の座学にカリキュラムが集中していた。

 2ヶ月目からは、学生らしく様々な教科の授業が行われるのだが、案の定道に迷った。


 舗装路は全部同じ灰色のコンクリート。

 視界に入る建物も全部同じ灰色の壁と、反射するミラーの窓ガラス。

 ――あーもう、宇宙軍!  迷路かよ!  もう少しデザイン捻っとけ!

 


 慌てて走っていたせいで、目の前の人影に危うくぶつかりそうになる。


「おわっ、とと。すまない、急いでいて」

「ごめんなさーい!」


 

 2人が声をかけると、しっとりと濡れたようなネイビーの髪をした少年は2人を頭の先からつま先までじっくりと眺め回した。


「……『魔女の娘』と『最強金属』……。ふぅん、噂通りの見た目だね」


 口からは呪詛のような低い呟きが漏れた。

 


「え?  ……今、なんて……」


 イチヒの耳には、低すぎる声は明瞭には届かなかった。思わず聞き返すが、彼は不自然なまでに完璧に、にこっと微笑むだけだ。


「……α班のヴェラツカさんと、ズモルツァンドさん……ですよね?  校内でも有名ですよ。

 ぼく、β班のサフィール・エレイオスです。次はα班β班の合同授業です。よかったら講堂、いっしょにいきますか?」


 微笑んだサフィールは、鈴のなるような透き通った声で告げる。

 ……まるでさっきの低い声は嘘だったみたいに、綺麗な声だった。

 微笑んでいるその顔が完璧すぎて、まるで作り物に見える。その綺麗すぎる声も、心が宿っていないみたいだった。


「え!  ほんとー?  案内うれしい!  

 あたし、リリーゴールド・ズモルツァンド!  よろしくね!  サフィール・エレイオスさん!」


 リリーゴールドは子供みたいな天真爛漫さで、にこっと笑うと握手を求める。

 サフィールは、おずおずと手を出そうとして引っ込めた。

 ちらりと見えた彼の手は、まるでイルカか何かのように濡れたゴムのような質感をしていた。艶があり、小さなしずくが滴る。


 リリーゴールドは、引っ込められた手を永遠に追いかける。白くてでかい掌で、ずいずいと近づいていく。


「なんだコイツ……」


 サフィールはまた低い声で呟く。リリーゴールドには抗えないと悟ったのか、諦めて握手を返した。


「わー!  すごーい!  イチヒとも違う触り心地……!  しっとりぷるぷる……!」


 リリーゴールドははしゃぎながら、握った手にもう片方の手を載せて包み込む。

 イチヒとあまり体格の変わらないサフィールは、巨大なリリーゴールドの両手で包み込まれて身動きできずに固まっていた。


「……離してやれよ、リリー。困ってるだろ」

「はあい……」


 イチヒの声に、リリーゴールドはしぶしぶ彼の手を解放した。

 まだ掌の質感が楽しいのか、掌を眺めながら手を開いたり閉じたりして歓声をあげている。


「うちのリリーがすまなかった。私はイチヒ・ヴェラツカだ。よろしく頼む」

「あっ、はい……。あの、ヴェラツカさんって、もしかして金属星人(メタリニアン)ですか……?」

「おお、知ってるか。そうだよ、私はハーフだが……」


 イチヒはあえて、手を差し出さなかった。彼が自分の手をあまり見せたくないと考えているように見えたからだ。

 もしかすると、イチヒと同じようにどこか遠い星の異星人なのかもしれない。

 

「そうなんですね!  ぼく水棲星人(エラフィリア)なんです。同じ人外系異星人同士仲良くしてください」

「え?  ああ……よろしくな」 

「……よろしくお願いしますね。きっとぼくたち、これっきりの縁じゃないので」


 にっこりと微笑むサフィールの、深海みたいな深い青の瞳はちっとも笑っていなかった。

 イチヒはその視線に違和感を覚える。


 ――初対面のはずだが、なぜこんなに敵意を感じるんだ……?

 

 イチヒの疑念は、間もなく白日のもとへ晒されることとなる――



  

 案内をしながら、彼は微笑んだ仮面の下で2人の『銀葬先鋒隊(ガラクス・セパルト)所属バッジ』を、目を細めてじっと凝視していた。

 


「……あんたたちは相応しくない……銀葬先鋒隊(ガラクス・セパルト)バッジ……ぼくのほうが、相応しいのに」


 サフィールの地面を這うような呟きは、イチヒとリリーゴールドの耳には届かなかった。

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