(4) 遊戯の達人④
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リルは混乱していた。
似ているけど微妙に違う。でも似ている。これはよくある既視感で片付けられない。
リルは荷馬車から降りたって、目の前に現れた街をよく観察しようとした。記憶との間違い探しの遊戯に近い。
門番が常に立っていた石組みの境界門は四つ目対策だと、死んだ父親に教えられた。いざとなれば、仕掛けの落とし格子で外部からの侵入を防止できる。
それは紛争時の人間の進撃を想定したものではない。
俊足な魔獣の四つ目が住む魔の森が近いことが理由で、その街道沿いの街で生み出された生きる者の知恵だ。
街の外壁門の構造や大きさはそっくりだ。だが、表面は新しい。歴史の年月が示す苔などは皆無だ。
しかもいつもは門番が立っているべきところに人はいない。無防備と言っていい。大災厄後の荒れたご時世には、ありえないことだった。
だが、おかしなことに街の中には多数の人の気配があった。
リルは慌てて荷馬車できたはずの街道を見た。御者役はサイラスにまかせ、ずっと後部で休ませてもらっていたため、ここまでの道順は不明だ。
魔の森というには木々が若すぎた。植林直後にしては育ちすぎで、森としては成長が足りない。
混乱は深まるばかりだ。
リルは恐る恐る背後に立つサイラスを振り返り、尋ねた。
「…………サイラス、ここどこ?」
「俺の街!」
「よくぞ聞いてくれました」とばかりの子供のようなドヤ顔で、養い親が即答する。
俺の街――全く意味不明だった。
「俺の街って……」
「うん、俺の街」
「…………えっと……サイラスが街を買い取ったとか?」
リルは可能性がありそうな経緯を推理した。いったい金貨が何枚必要か想像できないが。
「惜しいっ!」
サイラスは笑って答えた。
「ここは廃墟で、周辺が荒れ野だったんだ。で、エトゥール王にくれって強請ってみたら、くれた」
「………………はい?」
セオディア・メレ・エトゥールがくれた――それって、土地の下賜って言わない?
リルは焦った。
「…………なんでこの土地を欲しがったの?」
「俺の死体が埋まっている場所が荒れ地で放置されるのって、嫌じゃん」
それが全てというようにサイラスが答える。
俺の死体が埋まっている場所。
リルに対して無神経かつ全く配慮のない言葉だったが、発言した本人はその事実に気づいてない。
だが、明確な事実が判明した。
ここは、サイラスが死んだリルの生家に近い街があった場所なのだ。
リルは街とサイラスを何度も見比べて、言葉を必死に探した。
「えっと……この街……山の噴火で……」
「そうそう、それが廃墟になった原因だったんだってな?」
サイラスは世間話をするノリで頷く。
リルは何から突っ込んでいいかわからなかった。でも、山ほど突っ込みたい。
「……サイラス、自分はそれが原因で死んだって、本当にわかってる?」
「ああ、聞いた聞いた。人間や四つ目相手なら負ける気はしないけど、自然の強大な力にはかなわないよな。死ぬわけだ」
しみじみと語る。どこか他人事のようでもあった。
「次は負けないぜ」
次って何?
活火山に復讐戦を挑むような発言だった。
リルの脳裏にイーレが語った「脳筋」という単語がよぎった。
本当に復讐戦を挑むかもしれない。想像しただけで、リルはパニックになりそうだった。
小さな笑いの思念とともに猫型の精霊獣はストンとリルの右肩に着地した。
『混乱しているときは、深呼吸が最良の手段だ』
「ロニオス様……」
ありがたい助言だった。
リルは深呼吸を繰り返した。それから気づいた。サイラスが死んだこの地を思い出すと発作のようにおきる過呼吸の症状がでていない。
「…………ロニオス様、もしかして私を癒してくれています?」
『君は賢いな』
肯定の言葉だ。
「ありがとうございます」
自然に礼の言葉がでた。
懐かしくもあり、忌まわしくもあるこの場に立てることは、奇跡に近い。サイラスが放蕩していた頃に追いかけられずに失望したレベルだ。
今、平気な理由はロニオスの癒しと、サイラス自身がそばにいるからだろう。
リルは、はっとした。
「ロニオス様、無理をしていませんか?!力が枯渇していたと聞いています。せっかく回復したのに、私に癒しなんかを使うなんて、お身体の負担になります!」
『――――――』
ロニオスの体調を気遣うリルの言葉に、猫型の精霊獣は彼女の肩に乗ったまま、空を見上げた。
『純真な子供に対して、ずる賢い大人は罪悪感にかられる――そんな心理論文が書けるな……』
「はい?」
『いや、なんでもない。これくらいお茶の子さいさいだ』
「ああ、よかった」
ほっとした様子のリルの言葉に、なぜかロニオスは再び空を見上げた。
リルは、あらためてサイラスに向き直った。深呼吸のおかげで、だいぶ頭がすっきりしてきたのは確かだ。
「ええっと、サイラスはエトゥール王から下賜されて、ここら一帯の土地の所有者になったってこと?」
「そうなるのかな?」
なんとも不安な返答だ。
サイラスには、土地の所有者としての自覚が希薄だった。
「街を再建したのは、サイラス?」
「そう」
またしてもサイラスはドヤ顔になった。
「どうやって、こんなそっくりに再建できたの?!だって、こんなに瓜二つに――」
「おお、そっくりって、お墨付きをもらった」
サイラスは手を叩いて無邪気に喜んだ。




