6. 王族の権威
席に着く様に促されたので固辞したら、物凄い目で睨まれた。
チラリと護衛の騎士を見ても黙して立つばかり。
……というかこの騎士何の反応も見せないな。ちゃんと仕事してるのだろうか?
「男同士で四阿で寛ぐ気はないからな」
何かを察したナタナエルがぐいとシーラを引っ張り、向かいに腰を降ろさせた。
四阿の中は程よく光が差し込み、温かく快適だ。薔薇と茶器から漂う紅茶の良い香りに、思わずほっと一息出てしまう。目の前のナタナエルが僅かに目を細めたように見えた。
「薔薇が見頃だと母上が教えてくれたんだ」
そんな呟きにシーラはナタナエルを見た。彼は咲き誇る薔薇に目を向けていて、横顔しか見れない。
「そうですか……」
この国の王の妃は一人だけだ。だから三人いる王子の母は全員同じ。けれどナタナエルだけは王家の中で少し扱いが違うのだ。
それは彼の髪の色。夏空のように鮮明な青い瞳は国王と瓜二つ。それなのに彼は黒髪だ。代々の王が宿して来なかった色。親類縁者に黒髪の者もいるが、周囲の反応は微妙だった。
王妃は浮気をしたに違いない。
下世話な噂を口にする不届き者を王は許さなかった。彼は王妃の名誉を傷つけた者を容赦なく裁いた。
王妃だけが知っている真実。けれど、疑うまでもなく彼女は白だろうとシーラは思っている。
『愛しているわナタナエル。シーラ、ナタナエルをよろしくね』
会うたびに儚くなっていく王妃様は、その頃ナタナエルの遊び相手を務めていたシーラにも優しく接してくれた人だった。ナタナエルを見つめるその目は、優しく悲しそうだったけれど。その噂話が出る時は、王妃は必ず毅然と背を伸ばし完全否定していたのだから。
「……王妃様はお元気ですか」
「ああ、最近庭の散策を楽しんでいらっしゃるそうだ」
良かったと、目を細める。
「……お前に会いたがっていたぞ」
「まあ」
その一言に思わず笑み溢れる。
僅かに瞳を揺らしたナタナエルが小さく口を開いた。
「……良かったら……一緒に……」
「まあ、ナタナエル様!」
シーラは顔から表情を消した。薔薇園の中で鳥の○ンを見つけた気分である。
いそいそと寄ってくるマデリンにシーラが顔を向けると、マデリンは驚いた顔をした。
「あら……」
手に持つ扇子を口元に当て、心底不思議そうな顔で四阿の中でナタナエルとシーラの顔を見比べている。
「こんな侍女を共になどせず、お声を掛けて頂ければわたくしがお相手しましたのに」
だからお前も侍女だっつーの。
段々と口調が平民じみてきたが、心の中だけなので誰も気にしないだろう。
「ほら、出なさい!」
金魚の○ンがシーラの腕を引っ張り、四阿から引き摺り出す。
マデリンも○ンたちもシーラよりも高位貴族だ。下手に逆らえない。
勢いよく手を引かれ四阿を飛び出したシーラを、ナタナエルの護衛騎士が受け止めてくれた。
(騎士様、仕事してたのね……)
内心でこっそり謝罪し、ありがとうございますと口の中で呟く。
シーラの座っていた場所にはマデリンが座り、侍女に紅茶を入れ直すように指示を出していた。
「ナタナエル様はパブロ王太子殿下の弟ですもの。わたくしの事も姉と思って接して下さって結構ですのよ。どうぞマデリンとお呼び下さいな」
そう言ってにっこりと微笑む様は大輪の薔薇のようだ。本当に美しい人。中身はラフレシアのように毒々しいが。
その毒女がチラリとシーラを見た。
「お前は早く仕事に戻りなさい」
……この女の命令を聞く位なら、暴言王子の方がまだましである。シーラはナタナエルに視線を送った。
ナタナエルは一息ついて、口を開いた。
「誰だお前は」
場の空気がぴしりと止まる。
「……は?」
マデリンはポカンと口を開けた。
「誰が僕の名を呼ぶ事を許した?」
まるで四阿の中にとぐろを撒いた蛇でもいるような緊張感が走る。マデリンは身震いをして扇子を握り締めた。
美少年から放たれる低い声に動揺が隠せずにいる。
「わ、わたくしはブリーレ・アンニーフィスの妹ですわ!」
「ああ、あの阿婆擦れの」
「なっ!」
マデリンに構わずナタナエルは鼻を鳴らした。
「何が違う? 婚約者のいる男に枝垂れかかった節操なしじゃないか。姉妹揃ってお安い事だ。今度はお前がその安い身を売りに行ったのか? 売女?」
「……っ」
暴言に身体を震わせるマデリンを気にかけつつも、流石の○ンたちも王族に物申す勇気は無いようだ。
とはいえシーラも騎士の近くで動けずにいるのだが……王族怖え。
「無礼な、わたくしを誰だと……っ!」
「無礼者はお前だよ。僕が誰だかわかっているのか? 脳無し」
「……っパブロ様が国王になればお前など!」
「おまえ?」
冷たい声にマデリンの肩がびくりと跳ねた。
「たらればの話なんて今通用する筈無いだろう。衛兵!」
呼ばれて近くで様子を見ていた近衛がバタバタと駆け寄ってきた。
「この不届き者と金魚のフン共を牢に放り込め」
あ、フンって言った。どうでもいい事をシーラは内心で突っ込んだ。
近衛たちは躊躇いながらも令嬢たちを拘束していく。
「な、何を言っているの?! そんな事罷り通る訳が無いでしょう! パブロ様が! お父様がっ!」
「勿論アンニーフィス伯爵には登城して貰うよ。馬鹿娘の監督不行き届きの責任があるからな……で、何で兄上がお前を助けるんだ? もう兄上を受け入れたのか? お前の身体には既に兄上の子が宿っている可能性があるとでも?」
四阿の中でナタナエルがゆっくりと立ち上がる。
「なっ! わ、わたくしは……」
そうして青ざめるマデリンを覗き込み、ナタナエルはゆっくりと告げた。
「何を勘違いしているのか知らないが、お前はただの伯爵令嬢で、それ以上でも以下でも無い。そして今は王族に対して不敬で愚かな行為をした馬鹿な女だよ」
シーラからはナタナエルの背中しか見えない。けれど口元を戦慄かせるマデリンから、彼の凄絶な怒りが感じられ身体が慄く。
「ああ、確かに兄上が動けば牢からは出られるかもしれないな。けどなあ……お前は自分の姉と仲が良かったか?」
ぎくりとマデリンの身体が強張る。
「兄上はお前の姉の阿婆擦れには誑かされたが、お前にも興味を持ったのか?」
マデリンの顔はどんどん青くなっていく。
「自分が一番良く分かっているようで良かったよ。牢番を誘えば、少しは待遇がまともになるかもな。もういい、連れて行け」
「っ待って! お願い待って!!」
「お待ち下さいっ王子殿下! 私たちは何も! どうかご慈悲を! ご慈悲を!」
ナタナエルが手を振ると、弾かれたように喚き出す令嬢たちを近衛が引っ張って行く。
シーラはその様子を身動ぎも出来ずにただ傍観していた。
気づけばずっと支えてくれている騎士の腕に縋りつき、爪を立てて震えていた。
令嬢が視界から消えるのを待ってから、ナタナエルはシーラを振り返った。目が合うといつもの様に不機嫌な顔をする。
「興が覚めた、気分を変える。来いシーラ」
そう言って手を差し伸べるナタナエルの碧眼には、拒む事は許さないという強い意志が見てとれた。シーラは強張る身体を何とか動かし、ふらふらとナタナエルの元へと歩いて行った。




