第四十八話 覚醒
その一瞬で何かが起こった。
それだけは分かった。
それだけしか分からなかったと言った方が正しいかもしれない。
テナ様の呪言が完成したその瞬間、始さんの腕が宙を舞っていた……。
「始さんっ」
「始お兄ちゃんっ」
私の声と刹奏ちゃんの悲鳴交じりの声がカフェ神楽耶に響き渡る。
一瞬にして血だまりの中に倒れた始さんに近寄ろうとする私達を、天叢雲剣で制する光り輝くテナ様。
「早く手当をっ。お願いです、テナ様」
「フハハハハっ。たかが愚民一人死のうが構わんだろう?」
言いながら始さんの体に蹴りを入れてゴロリと転がし腹部に片足を乗せる。
「う……」
止めて。
止めて……。
そんなことしたら始さんが死んでしまう。
涙腺から涙があふれ出してくる。
それを私は止めることが出来なくて。
ポロリと涙が零れ落ちる。
「……始お兄ちゃんを……」
刹奏ちゃんの小さな声。
「……刹奏ちゃん?」
「お兄ちゃんを放せっ!!我が問いに応えよ。風斬ッ!雷斬ッ!」
刹奏ちゃんの鋭い叫び声と共に彼女の両の手に二刀の刀が現れる。
同時に姿が一瞬にしてかき消えたかと思うと光を纏ったテナ様と鍔迫り合いをしている姿が私の目の前に現れる。
またもや何が起こったのか私にはさっぱり分からなかった。
いったい何が起こっているの?
分からない……。
分からないけれど。
「貴様……何故、私の呪言の時の中を動ける?」
「うわあああああああああああああああああっ!!!!」
刹奏ちゃんは叫びながら両手の刀を縦横無尽に振るい始さんからテナ様を引きはがす。
「くそっ……なんなんだおまえはっ!!!」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
刹奏ちゃんのあがった息が次第に落ち着いてくる。
同時に彼女の金色の瞳が不気味に輝きだす。
「……」
「くっ」
無言で。
無心で。
二振りの刀を振るう刹奏ちゃん。
私の心を読む力を使っても何も言葉が聞こえてこない。
聞こえてくるのはテナ様の焦りの言葉のみ。
テナ様は刹奏ちゃんの二振りの刀を防ぐだけで手一杯のようだ。
「ぐっ……おのれおのれおのれっ。もう加減などせぬ、貴様は、塵も残さず消し去ってくれる!!」
テナ様は怒りに打ち震えた顔で刹奏ちゃんを見据えていた。
「……」
「刹奏ちゃんっ」
虚ろな目をした刹奏ちゃんに私は声をかける。
しかし何も反応が無い。
私の叫び声は届かない。
その間にもテナ様は呪言を唱え始める。
「祖たる原初の五精霊よ、我が神命に応えよ。そして我が力と成せ。空の静寂打ち砕き、新たな理の下に力を示せっ!!!天地開闢!!!」
天が震え、地が揺れる。
先程の天地開闢とは比にならない威力。
しかし。
刹奏ちゃんは両刀をかざし剣閃を重ねていく。
「風斬……雷斬……我が前に力を示せ……」
その静かな言葉と共に二振りの刀が輝く。
同時に天地の揺れは収まり雷が逆にテナ様を襲う。
「く……ああああああああああああああっ」
雷撃を受けたテナ様はガクリと膝をつく。
テナ様が纏っていた光の輝きもいつの間にか消え去っている。
私はこの光景を震える手足でただただ見ていることしかできなかった。
「……」
その間にも刹奏ちゃんは無言でテナ様に近づいていく。
何か、何か声をかけなければ……。
でも私の声は声にならなくて。
刹奏ちゃん、止めてっ!!!
そう言葉にしたいのに。
乾いた口は空を切るばかり。
「……」
刹奏ちゃんの刀がテナ様の首にかかる。
「……フ……好きにするがいい」
テナ様のその言葉を合図に刹奏ちゃんの刀が振り下ろされる。
私は目を背けたその瞬間。
カキン。
金属と金属がかち合う音が響き渡る。
「やれやれ……。やはりこうなったか……」
ため息交じりの言葉が聞こえてくる。
刹奏ちゃんの方を見ると、そこには虹色に輝く刀を携えた永久さんが立っていた。
「刹奏よ。正気をしっかりと持て。……と言っても無理か」
「……」
刀を弾かれた刹奏ちゃんはもう片方に持った刀を永久さんに向けて走らせる。
「フン……全然なっちゃいないな。刹奏よ」
「……っ」
「まぁいいさ。このまま大人しくしてもらうっ!!」
永久さんが刀を振りかぶった瞬間、刹奏ちゃんは膝から崩れ落ちた。
「刹奏ちゃんっ」
「大丈夫だ、サクラ。気絶させただけだよ」
永久さんは普段の不愛想な言葉とは違い、優しい声音で私に声をかけてくれる。
そして。
「やれやれ……。貴様も面倒なことをしてくれたな。おかげで刹奏の力が覚醒してしまったぞ」
永久さんは虹色に輝く刀をテナ様に突き付けながらポツリと呟く。
「いったい何者なのだ、貴様らは……」
「フン……。通りすがりの元天使だよ……」
そう言って永久さんはテナ様から離れ始さんのもとへとやってくる。
「おい、サクラ。斬癒を使えるやつを早く連れてきてくれ。でなければ死んでしまうぞ」
「は、はい……」
私は自分のあまりの不甲斐なさに。
大切な人の力になれない自分の力の無さに。
涙をこらえることしかできなかった。
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