第三十七話 ある春の日の事
「それじゃあ今日は陽依とのお別れ遠足をしますー」
「あれ、陽依は卒業なのか?」
「正確にはあなた達全員が卒業なんだけどね」
「は?どういうことだ?」
月依先生の言っている意味が分からない。
この学園潰れんの?
そういや日本でも急に学園潰れるとかで社会問題になったよな。
それか?それなのか?
「なんか変な事考えてるみたいだけど、違うわよ、始。普通にあなた達がタカマガハラの学園生活に馴染むための措置なんだから。ここはいわば外国にある日本語学校。これからあなた達は現地の学校に通うことになるって事なのよ」
なるほど。そういうことか。だいたい分かった。
「という訳で今月いっぱいで皆ここを卒業して天御中学園の初等部に移ってもらいます。とは言っても歳が違うのは陽依だけだから他の皆はよく顔を合わせることになると思うけど」
「そっかー。ひよ姉とはっつんの夫婦漫才が見れんようになるのはちょっと残念やなぁ……」
「だーれが夫婦漫才よ!!私は始と遊んであげてるだけなんだから!」
『と』じゃなくて『で』の間違いだろう?
いちいち修正するとまた何かやられそうなのでしないけどな。
「それじゃ、桜でも見に行きましょうか」
「はーい」
口々にそう答えて俺達は荷物をもって外へと繰り出した。
―――
ひらりひらり。
風が吹くたび桜の花が舞う。
ここはいつも永久と修行をしている自宅近くの公園の一角だ。
「あんま新鮮味ねーなぁ……」
「まぁ桜を愛でる習慣があるのは日本の人達だけだからね。だから日本人が住んでるとこくらいにしか桜はまとまって咲いていないのよ」
「ふーん……そういうものなのか」
月依先生の言葉に俺は桜を見上げながらそう答える。
桜はこんなに綺麗なのにな。
もったいねーの。
「私は好きですよ、桜」
サクラが俺の隣にやって来て桜の木を見上げる。
「私の名前が『サクラ』なのは母が日本で桜の木を見て好きになったからなのだそうです」
「へー……そうなのか」
「そうなんです。だから、桜の木を見るたびに私の事を思い出してくださいね」
……。
その言葉は重い。
すっげー重いぞ、サクラ。
「そんなに重かったでしょうか?」
俺の思考を読みしょんぼりとした顔を向けてくる。
「そもそも今日でお別れって訳じゃねーんだから、そんな言葉必要ないだろ?」
「……それも、そうかもしれませんね」
そう言いながらぼんやりと二人で桜の木を見上げていた。
ここに来てからもう一年くらいか。
背もそこそこ伸びて下の方の枝には手が届きそうだ。
「お、なんかはっつんがサクラと一緒にいちゃついとるー」
「なぁあんですってええええええええ」
ヒルノの言葉に鬼のような形相で陽依が迫ってくる。
「なんもねーよ、馬鹿っ!!」
「何も無くてもサクラに近づいたらコロスって会った時に言わなかったっけ?」
……言いましたね。
ハッキリ言ってました。
まだそれ有効だったんですね。
俺はサクラをその場に置いて陽依と距離をとる。
「始ー。今日はせっかくだし天地神明刀使っても良いわよ」
月依先生から刀の使用許可が出る。
まじか。
なら、今日こそは負けてられないな。
「我が呼び声に応えよ、そして我が力と成せ、天地神明刀!!」
「お、やるか、やるか?天地開闢受けたいらしいね」
「そ、それだけはやめてもらいませんかね」
刀を正眼に構えながらもそのカムイの名前を聞いただけで腰が引けてしまう。
「陽依ー。今日は許すからやっちゃっていいよー」
「本当にっ?やった!」
おいいいいいいい。
まじでか。マジで許すのかよ。
はぁ……こりゃ何が何でも防ぎきれないとな……。
「それじゃいくわよ、始っ!」
「お、おう。こいっ」
引けた腰で刀を構えて俺はそう答える。
「祖たる原初の五精霊よ、我が問いに応えよ。そして我が力と成せ。空の静寂打ち砕き、新たな理の下に力を示せっ!天地開闢っ!!!」
陽依の呪言が完成すると共に、俺の周囲の天が揺れ、地が揺れ、そして稲妻が走る。
相変わらずめちゃくちゃな呪言だな本当にっ。
前回は刀を振っていたら天地の揺れは収まった。
つまりはこういうことだろう。
一閃、二閃、三閃。
虚空を切るように刀を振りぬく。
すると天地の揺れが収まる。
そして迫ってくる稲妻を予測して刀を地面に突き立てその場を離れる。
迫りくる稲妻は刀に落雷し、陽依の呪言の効果は終わりを迎えた。
「おー……」
離れたところで見ていた月依先生から感嘆の声が漏れる。
「へっへー、防いで見せたぞ、アホ陽依!!」
「ま、まぐれよ!私の本気の天地開闢ならあんたなんて粉微塵なんだから!!」
「はいはい。それは分かってるから、それだけはやめなさいね」
月依先生はそう言いながら陽依に近づき陽依の頭をなでつける。
「で、今の出力はどれぐらいで打ったの?」
「1%くらい……。たぶん今の始の反応速度的に10%もあれば始は粉微塵」
今ので1%かよっ。
はぁ……全力で打たれたらどんだけの威力なんだよ天地開闢ってのは。
むしろそんな呪言を全力で打つ日は訪れるんかいな……。
「まぁ今回はお互いの健闘を称え合って痛み分けという事で。良いわね、陽依、始」
「はーい」
陽依は渋々とながら返事をする。
「いやー、良い見世物だったね。始、あんたもこれから頑張りなさいよ」
アホ教師が近づいてきてポンポンと俺の頭を叩く。
おまえに言われんでも頑張るわい。
1%をやっとのことで防げた位じゃ満足してられないからな。
もっと永久に修行付けてもらわないと。
そう心に誓う俺だった。




