第二十七話 事件
その日は突然訪れた。
平和な日々は突然壊れるというのはこういう事だと思う。
国中の人々が急にカムイを使えなくなったという。
原因は今の所詳細不明。
「原因究明まで国民は一歩も外出することなかれ」
皇女テラスの命においてそのような勅命が下された。
皇女様の命なので逆らうこともできず、学園も休園。
そんな訳で俺は一人、黒刀の素振りをしていた。
あれからも修行を続けているが永久から一本も取る事が出来ていない。
それどころか黒刀の禍々しさは増すばかり。
俺に残された時間は案外少ないのかもしれないな。
そう思いながらも素振りを続ける。
ピンポンピンポーン。
休憩をしていた所でインターホンが鳴り響く。
誰だよいったい。
だいたい国民は一歩も外出することなかれじゃなかったのかよ。
そう思いながら扉を開けるとそこには月依先生と陽依の姿があった。
「どうしたんだよ、月依先生。陽依までつれて」
「緊急事態だから手を貸して欲しいのよ。永久にお願いできないかしら」
「はぁ……まぁいいけど」
とりあえずリビングに上がってもらって永久と共にテーブルを囲む。
「まず昨晩のことなんだけど、カムイのサーバが隣国のホウライにハッキングされたのよ」
「カムイのサーバって国民のカムイが使える権限を管理してるとかいうあれか?」
「そう。そのカムイのサーバをハッキングされたおかげで今、タカマガハラの住人は皆カムイを行使することができないのよ」
ふーん……てことは月依先生も今はただの一般人ってことか。
「ホウライからの要求は二つ。1つ目はタカマガハラはホウライの属国になること」
「ほー……そりゃまた随分と、でかく出たもんだな」
「そうね。でもタカマガハラの住人はカムイを封じられてるからそう出られてもしょうがない」
苦々しい顔で月依先生はそう告げる。
「そしてもう一つの要求がサクヤちゃんをホウライの皇帝に差し出すこと」
「は?なんでそこでサクヤさんの名前が出てくるんだ?」
俺が怪訝な顔をして月依先生の顔を見ていると続けて答えてくれる。
「昔、サクヤちゃんはホウライの皇帝と結婚する予定だったのよ。それを破談にしたことも有ったし、一度私達、ホウライで暴れちゃったことあってね。だからその時の意趣返しなんだと思う」
「へー……そんなこともあったのな」
「それで月依よ。私に力を貸して欲しいと、そういうことか?」
今まで黙って話を聞いていた永久はそう問いかける。
「そう。今この国で戦力になるのはあなたと陽依と刹奏ちゃんくらいなのよ。だからお願い!」
「フン……そんなこと人間どもの勝手であろう。私には関係の無い事だ」
「ふーん……そんなこと言うんだ?ふーん。誰のおかげで何不自由なくここに住めてるか分かってるよね?」
意地の悪そうな瞳を向けて月依先生は永久に告げる。
「ぐ……。お前達のおかげだ……」
「じゃあ力貸してよ。ホウライまで行ってちゃちゃっと皇帝を脅してくるだけで良いんだからさー」
「はぁ……しょうがないな、まったく」
月依先生の言葉を聞き盛大に大きなため息をつく永久。
どんな人間にも頭が上がらない相手ってのはいるもんなんだな。
「月依先生、俺も付いて行っちゃ駄目か?」
「は?何言ってんのあんた。カムイも使えもしないくせして」
俺の言葉を聞いて心底呆れたというような声で陽依はそう告げる。
月依先生はしばらく考え込んでいたが、俺の眼差しを見て頷いてくれた。
「ただし、危険なことは一切しないこと。分かった?」
「分かった」
「えー……お母さん本気で言ってるの?こいつ絶対何の役にも立たないよ?」
そりゃ確かに呪言が使えるお前なんかとは比べ物にならない位役に立たないけどよ。
それでも俺も何かの役に立ちたいんだよ。
その為に力を永久から授かったんだからな。
「で……刹奏は連れていくのか?」
「んー……そこなのよねぇ。あの子気が弱いから連れていけないかなって」
「まぁだろうな……。その方が無難だと思う」
それにプッツンされてまた以前のようなことになっても困るしな……。
「その代わりと言っては何だけど、コンロンから助っ人呼んでるから安心して」
「へーそうなのか」
「とりあえず今日の夕方に迎えに来るから自室で待機してて」
「へいほい」
―――
そんな訳で夕方。
ビルの前に泊まった車の中には月依先生と陽依、そして見知らぬ女性が一人乗っていた。
見知らぬ女性は車から降りてくるとたおやかな仕草で自己紹介を始める。
「私の名前は竜吉公主と申します……。公主とお呼びください。以前、コンロンが危機に瀕したときに月依様達に助けていただいたことがりまして、恩をお返しする為に参りました……」
「えーっと……春日野です。よろしくお願いします」
なんていうか今までいないタイプの母性溢れる女性に俺はちょっとドギマギしてしまう。
刹那さんやサクヤさんが母性がないかと言うとそういう訳でもないのだが……。
あの二人はまだ何処か少女の面影が残ってる感じなんだよな。
「私の名は永久。元天使だ」
「元天使……ですか……」
「そ、世界を滅ぼそうとした元天使」
「月依……その話はもう良いだろう?」
心底うんざりしたような声で永久は言葉を紡ぐ。
ほんと、月依先生も意地が悪いなぁ……。
半分面白がって言ってるみたいだけど。




