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 霊感テストをした日、私達は怯えた男の子を皆で家まで送り届けた。


 その帰り道、最後に【彼】が「またね」と去って行くのを、心細そうに見送った【彼女】が、私のシャツをそっとつまんで引き留めた。


「私ね、『玄関』をノックし忘れたの。開けた後に気付いて、慌ててやり直したけど、ずっと心臓がドキドキして、お母さんに叱られる前みたいにとても怖かったわ」


 ただの想像ゲームだ。私は、不安でいっぱいだという顔をした彼女にこう言った。


「大丈夫だよ、ただの頭の中の想像の家だ。誰も君を叱ったりしないさ」

「うん……でも、※※※※君たちには秘密にして欲しいんだけど、実は……」

 

 そう口にした彼女が、内緒話をするように手招きしてきた。


 私は続く話を聞くため、彼女の方へと耳を傾けた。近づいてきた彼女の唇から、こぼれた吐息が耳にかかって少しくすぐったかった。


「…………※※※君、実は私、オバケがすごく怖いの。怖くて早く終わらせたくて、急いで走ったらこけてしまって、そうしたら【家】の廊下で片方の靴が脱げて」


 彼女はまるで、その際に靴を失くしてしまったかのような口調だった。急くように話された私は、一体どういうことなんだろうと彼女の足元へ視線を落とした。


 きちんと靴を履いている状態だった。ひとまずは両方の足に靴があることを確認してから、私は軽く指を向けて落ち着かせるようにこう教えてあげた。


「君の靴は、ちゃんとあるよ」

「違うのよ、右と左を見て」


 彼女は、今にも泣き出しそうな声でそう言った。


 よくよく見てみると、右の靴にはある大きな花飾りが、左の靴にはなかった。


「外れてしまったのかい?」

「多分……。男の子みたいに走り回ったんでしょうって、きっとお母さんに怒られてしまうわ。公園で皆が話をしている時に少し探してみたのだけれど、どこにもなくて」

 

 もしかしたら、あの【家】でこけた際に落としたのでは、と彼女が小さな怯えを浮かべて呟いた。その極度の不安の原因がそれである事を察した私は、怖くなってすぐに否定した。


「そんなわけがないよ。きっとどこかで落としたんだろう」


 だから心配する事はない、明日みんなと一緒に捜そうと言って彼女を励ました。


 商店街の夕方のタイムセール時は、彼女の母親はいつも買い物に出ている。一人になるのを恐れているようでもあったので、私は親が帰ってくるまで一緒に待つつもりで、自分の家から十メートルも離れていないアパートまで彼女を送ることにした。


 アパートの狭い玄関は、きれいに整頓されてゴミ一つ落ちていなかった。茜色に変わり始めた太陽の日差しが、開けられたままの窓から部屋内を照らし出していた。


「窓が開いているし、君のお母さんはすぐに帰って来るつもりなんだろうね」

「うん、そうみたい。商店街で長居する時は、窓も閉められていてすごく怖かったりするのよ」


 リビングに腰を落ち着けた彼女は、安堵しきった様子でほっとした表情を浮かべていた。つい先程、玄関の前に、あの靴の花飾りが落ちていたのを見つけて安心したのかもしれない。


 帰り道で話したあの靴の花飾りは、アパートの玄関前に転がっていたのだ。それを発見した時、私達二人は顔を見合わせて笑ってしまったものだ。あの【家】に落としてしまったなんてことはただの妄想だったと分かって、私も密かに胸を撫で下ろしていた。


「今ここに※※※※君がいたら、きっと『靴の飾り一つで大騒ぎするなんて、相変わらず君は注意が足りないところがいけない』と言うだろうね」

「うん、本当にごめんね、※※※君。はじめから花飾りは玄関で落としてしまっていたのね」


 そう彼女が口にした時、私は、不意に「あ」と気付いて言葉を失った。


 今日、公園にいた彼女の両方の靴には、大きな花飾りが付いていたのを思い出した。それを何気なく目に留めていた時の光景が、唐突に脳裏に蘇って、ひどい悪寒が私の背を走り抜けた。つまり彼女がそれを落としたのは、自分の家の玄関先ではないのだ、と。



――こんこん



 その時、途切れた会話の静寂を破るようにノック音が響き渡った。

 前触れもなくその音が耳に飛び込んできて、私と彼女は驚いて身体を強張らせた。


 彼女の母親は鍵を持っているはずだから、それ以外の誰かなのだろう。普段あるような『何々さんいますか?』の呼び掛けもないまま、もう一度、「こん、こん」と響いた。


 何故だか、私はひどく嫌な予感がした。


 開いた窓から吹き込んでいた風が、いつの間にかぴたりと止んでいた。硬直したまま動けないでいる身体に、外の蒸し暑さの余韻が残る生温い空気が絡んできて、肌がじっとりと汗に濡れどこか肌寒ささえ覚えた。


 駄目だ。開けてはいけない。


 私は、それを彼女に告げようとした。しかし、彼女はその前に「誰かしらね?」と呟いて、素足のまま小走りに玄関へと向かっていってしまっていた。


 どうしてか私は、玄関の外に佇む一人の恐ろしい女を想像した。きっとごわごわとした長い髪をしていて、それが顔をすっかり覆い隠しているのだろう。青白く長い手は力なく垂れ、ソレはぴくりとも動かず、素足でそこに佇んで私達が出てくるのを待っているのだ。


「駄目だッ、見知らぬ者だったら大変だろう!」


 私は弾かれたように走り出すと、内緒話をするような声量でそう叫んだ。靴箱の前で彼女の腕を掴んで引き留め、かばうように自分の後ろへと押しやる。


 そのタイミングで、またしても玄関をノックする音が上がった。

 まるで急かすみたいだと感じた私は、叩く振動もなく「こん、こん」という音だけが、やけにハッキリと聞こえていると気付いてぞわっとした。これは明らかにおかしい、そう戦慄を覚えた時――

 

「はい、どちらさまですか?」


 彼女が玄関の向こうに、そう返事をしてしまっていた。


 反射的に「なんてことを……ッ」と言いかけて彼女の方を振り返った私は、その直後、恐怖で我を忘れた。一瞬前まで私の妄想でしかなかった『女』が、彼女の真後ろに立って、影のように佇んで【返事をした彼女】を見下ろしていたのだ。


 私の表情を見た彼女の口から、「え」と疑問の声が上がる。


 彼女の背後にいた恐ろしい女の黒い長髪が、ぶわりと広がったのが見えた。その身体が大きく震えて揺れ動いたかと思うと、捻じれるようにして女の首が回った。


 骨ばった長い手が、鞭のように動いて【彼女】を捉える。剛毛から覗いた瞼のない眼球が一周し、ぎょろりと私を向いたのが見えた。



「こんこん」



 叫ぶように開かれた女の口から、ひっそりと響くような扉のノック音がこぼれ落ちた。


 ぼきり、と鈍い音が上がった時、私は無我夢中で玄関から逃げ出していた。ああ、許してくれと思いながら四肢を振り乱して必死に走った。


 私は恐怖のあまり、現実とは思えない恐ろしい殺人の光景に気が狂いそうになった。覚えたままでいたら発狂してしまう。


 そうして、私は大切だった幼馴染の女の子の死の瞬間を忘れた。



 その翌日に私は、彼女が行方不明になっているという知らせを受けたのだった。


             ※※※


 彼女がいなくなってすぐ、一人目の友人が事故死した。首が捻じれて半ば切断しかけていただけでなく、彼は走ることが自慢だった両足を電車でキレイに失っていた。


 大人びた口調で小難しいことをよく話していた【彼】は、あの時持っていた本を永遠に読み終わらぬまま『不慮の事故』に巻き込まれて死んだ。乗車していた家族は助かったけれど、彼は不運にもぶつかってきたトラックの建築材に貫かれて、首も捻じり折れてしまっていた。


 自分が、重要な何かを始めからずっと踏み間違えているような気がしていた。


 どうやら視点と認識のスタート時点からが、既に誤りであったのだろう。


 全部嘘だ、嘘だった。

 つまりはあの新幹線に乗っていた時から、何もかもがデタラメだったのだ。


 だが当時、公園で一人増えていると感じたのは気のせいではなかった。これは事実である。何故なら、麦わら帽子をかぶった男の子に「面白い『遊び』があるんだよ」と教えられたのは、この私であり、公園で待ち合わせしようと一方的に皆に伝えたのも私だったからだ。



――「ハヤミ君、私、オバケがすごく怖いの」



 あの時、私のシャツをそっとつまんで引き留め、耳元に唇を寄せた彼女はそう呼んだ。ようやく思い出せた。それが、全て正しいのである。


 私の名前は、『イナハタ』ではなかった。

 私は五人の中で一番元気に溢れた、『ハヤミ』と呼ばれていた男の子だった。


 私は幼馴染の女の子の『ミサナちゃん』が本当に大好きで、同じ年頃の子供達の中で、少々気難しい喋り方をしていた『イナハタ君』の賢さに憧れていた。


 イナハタは、いつも本を読んでいて大人びた物言いをした友人だった。


 ミサナは、アパートに住んでいた私が大好きだった女の子。


 私はよく待ち合わせに遅刻した。その二人とよく一緒にいたのは、人見知りだけれど足がとても速くていつも私と勝負していた『マチダ君』だった。彼女が行方知れずになった後、電車事故で死んだ男の子が彼だった。

 


 私――『ハヤミ』には確かに娘はいたが、成人はしていない。


 まだ記憶が混濁しているようだ。

 うまく思い出せない。


 どこかへ行かなければと、車を走らせていた途中からの記憶がなかった。


 そう思った私は、そこでふっと目を開けた。鬱蒼と茂った暗い森が見えた。背後にはあの【家】があって、私は今、開けられた玄関前で森を向いた状態で横たわっていた。


 あの【家】を背に、胎児のように膝を抱えた姿勢でじっとしている。


 一体いつから、こうしているのか分からない。


 ただ、眼球も動かせない私の脳裏に、一つの鮮明な光景が映し出された。


 この【家】の長い廊下の奥から、四つん這いになった女が、四肢を振り乱して恐ろしい形相で駆けてくる光景だった。ボロ衣のようなワンピースからは、痩せた長い手足が伸び、黄色く分厚い爪の先には湿った黒い土が挟まっている。


 まるで異形の生き物のようだった。四肢を振り乱して激しい足音を立てながら、その女は物の数秒で廊下を走り抜ける。そして玄関に辿りつくと、立ち上がり、首をゴキリと回して膝を抱えて横たわっている私を見下ろした。


 その視線が定まった瞬間、女が大きくいびつんだ。高笑いするかのように「だって、一度入ったら出られないよ」と低い濁声が発せられる。


 直後、その両手が鞭のように動いた。

 女は私の頭部を掴むと、一気に捻じり上げ、ボキリとへし折った。



 私の視界は、あっけなく、ぐるんと回って暗転した。

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