番外譚
番外考察だった物を「番外譚」として一つに纏めました。
随時更新していきます。
※読人知らず
言葉の通りならば、誰の作か分からないという意味合いになる、この言葉。
ですが、分かっていても無名な人である場合、こう記される事もあるようです。
もしかしたら、著名な人も無名時代に「読人知らず」になっている・・・そう思いませんか?
ちなみに、猿丸大夫(5番作者)は「読人知らず」になっている事が多い方だそうです。
※六歌仙
紀貫之が当時名の通った歌人として挙げた六人の総称。僧正遍昭(12番)、在原業平(17番)、文屋康秀(22番)、喜撰法師(8番)、小野小町(9番)、大伴黒主の六人。大伴黒主のみ小倉百人一首に選ばれていない。
貫之の彼らへの評価はあまり良くないが、高い評価を得ているのが柿本人麻呂と山部赤人、つまり「歌聖」である為、歌聖を高める役割の様にも思えます。六歌仙以外は評価にすら値しないとしているので、充分高い評価だったのでしょう。
※篁物語
小野篁(11番作者)と異母妹との交流を中心とした本。
勉強を教える為に会ったのに、異母妹を妊娠させちゃった篁。それを知った親に引き離され、妹は自殺。そして、夜な夜な会いに来る妹の霊。冥府を行き来できるようになった篁は閻魔様に仕える様になりました。
※三十六歌仙
藤原公任が編集した歌合形式の秀歌撰に載る三十六人。これに影響されて、「中古」「女房」等が出来ています。
一覧 ※一人ずつ縦に並べたら長かったので、十人ずつにしました
柿本人麿/紀貫之/凡河内躬恒/伊勢/大伴家持/山辺赤人/在原業平/僧正遍昭/素性法師/紀友則
猿丸大夫/小野小町/藤原兼輔/藤原朝忠/藤原敦忠/藤原高光/源公忠/壬生忠岑/斎宮女御/大中臣頼基
藤原敏行/源重之/源宗于/源信明/藤原清正/源順/藤原興風/清原元輔/坂上是則/藤原元真
小大君/藤原仲文/大中臣能宣/壬生忠見/平兼盛/中務
何時かこれでも私選したいと思っている作者です。
※飛梅伝説
大宰府天満宮にある神木「飛梅」に纏わる伝説。
左遷される事になった菅原道真は屋敷の梅、桜、松との別れを惜しんだ。その時に詠んだ一首が「東風吹かば匂ひおこせよ梅の花あるじなしとて春を忘るな」です。
そして、伝説では桜は別れが悲しくて見る見るうちに枯れてしまったそうです。しかし、梅と松は道真の後を追う為に飛びました。松は途中で力尽きて摂津国で根を下ろし「飛松伝説」と言われています。唯一残った梅だけが道真の許まで辿り着きました。
実際には道真本人か、その従者等が植えたんだと思います。神様となった道真の伝説としては良いと思います。
※女房名
当時の女性は親と夫以外に諱(実名)を知られる事はありませんでした。なので、宮廷や貴人に仕える時に用いられたのが女房名です。
女房名は縁者の官職名を用いる場合が多かったです。勿論それだけではありませんが。
一例
伊勢(19番) 父が伊勢守
右近(38番) 右近衛少将季縄が父か兄弟
清少納言(62番) 兄弟が少納言になった「清」原家の出身
紫式部(57番) 父が式部大丞で元は「藤式部」(藤原家出身)だったが、「源氏物語」の登場人物にちなみ「紫」
和泉式部(56番) 夫の官職(和泉守)と父の官職(式部大丞)
大弐三位(58番) 夫の官職(大宰大弐)と本人の位階(従三位)
祐子内親王家紀伊(72番) 仕える主の名前(祐子内親王)と縁者の官職(紀伊守)
本当はもっとバリエーション豊かなのですが止まらなくなるのでここまで。分かりやすい様に百人一首歌人から選んでみました。
※歌合
歌人を左右二組に分けて、その詠んだ歌を一番毎に比べて優劣を争う遊び。しかし、出世にも繋がるので「遊び」という言葉ほど軽い物では無かったでしょう。段々と文学性が高くなっていったようです。
「遊び」である部分が嫌われて、一度廃れた歌合ですが再び評価され復活しています。現代でも開催されているようです。少々敷居が高いですが、老後の趣味には良いですね。
※本歌
本歌取りという技法(有名な歌の一句か二句を取り入れて詠む)の元になる歌。
本歌取りに関しては「盗古歌」として批判的だった人もいれば、表現技法として評価する人もいたようです。私的には本歌が背景としてあるので奥行きを感じる「巧い」技法だと思います。
※位袍
官位によって定められた色の袍。
養老の衣服令では、一位は深紫、二位と三位は浅紫、四位は深緋、五位は浅緋、六位は深緑、七位は浅緑、八位は深縹、初位は浅縹。平安後期には、四位以上は黒、五位は緋、六位以下は縹色と変化しました。皇族は黄色です。天皇は始め白、後に黄櫨染という黄色になりました。
私の中で位袍と言えば、源氏物語で光源氏が息子の夕霧を六位(光源氏の息子としては低い)で元服させたエピソードが思い浮かびます。
※白居易
唐の時代の詩人。白楽天とも呼ばれています。楽天は字ですね。幼い頃から詩を作っていた多作な方です。
有名なのは源氏物語にも登場した玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋を綴った「長恨歌」や船上で琵琶を引く女性の身の上話を自身と重ね合せて作った「琵琶行」。詩文集「白氏文集」は日本文学に影響を与えています。
番外編として漢詩もやってみたいですね。
※源氏物語
古典の中の古典と呼ぶべき恋愛長編小説。「世界最古の長編小説」と言われていますが、「竹取物語」とかもありますからね・・・確実では無いかと。
「源氏物語」という名は後に付けられたもので、正式な名が何なのかは分かりません。作者や巻数等、不確定な部分が多いのに、人々を魅了している不思議な物語です。
登場人物の名前が主人公である光源氏の家来の二人(藤原惟光と源良清)くらいしか明らかになっていない、当時らしいと言えばらしいお話です。
※枕草子
清少納言が書いた随筆。「類聚」「随想」「回想」等の多彩な文章で「をかし」を表現した作品。日本三大随筆の一つ(他は方丈記と徒然草)です。
一段の長さも短めで簡潔に書かれているので読みやすい短編集みたいな感じです。
やはり一段の季節と時間の辺りが有名ですかね。書き出しですし。秀逸だと思います。
※斎宮と密通
斎宮は豊鍬入姫命から始まったと言われます。制度として成立したのは、大来皇女からになります。その終わりは祥子内親王。豊鍬入姫命から約1400年、大来皇女から約660年の歴史で幕を下ろしました。
そんな斎宮は退下後の事はあまり知られておりません。それでも、多くの場合は生涯独身だったと思われます。
神に仕える神聖な巫女である斎宮ですが、生身の女性です。問題を起こした方も居ます。
「伊勢物語」で有名な恬子、潔斎中(伊勢に向かう前に身を清めなければならなかった)に密通していた済子。更には、密通の疑いをかけられ自殺してしまった方も。
案外、昼ドラみたいですね。ドキドキしちゃいます。
斎宮の和歌も自選してみたいですねぇ。
※和歌六人党
長久から永承年間(1040~1052年辺り)に活躍した歌人達。人数には説があり、八人程が関わっていたのではないかと思います。勿論、後援者等を含めるともっといますが。
始まりは親しい者同士が集まり、六歌仙になぞらえて「六人党」と称したのでしょう。
一覧 ※カッコは加わる説がある人物
藤原範永
平棟仲
藤原経衡
源頼実
源頼家
源兼長
(橘義清)
(橘為仲)
精力的に和歌を詠んでいる方々なので、選んでみたいと思いますが・・・人数や人物で悩みそうです。
※皇太子
普通は皇位もしくは帝位継承第一位にある皇子の事を指します。昔の日本では「東宮」「春宮」とも記しました。東宮に関しては皇太子が暮らした場所からの名称になりますね。
普通は男性のみですが、1例だけ女性(孝謙天皇)が皇太子になった事もあります。
勿論、皇太子になったからといっても、必ず即位している訳ではありません。廃太子や薨御、辞退する事もありましたからね。
後、立太子礼を行っていない皇太子を「儲君」と呼ぶ事もあったみたいです。儲君は「もうけのきみ」とも読みます。
「儲君」と言えば、68番の三条天皇は「逆さのもうけの君」と呼ばれていましたね。理由は当時の天皇である一条天皇は三条天皇にとって年下の従兄弟だったからだと記憶しております。
皇太子も大変ですねぇ。
※小忌
大嘗祭や新嘗祭等の大祭に行われる厳しいお清め。
大祭にて、神事に奉仕する官人を「小忌人」と言い、小忌人や舞人等が着た狩衣に似た衣を「小忌衣」と呼びます。その事から、「小忌」だけでも人や衣も意味します。
71番の歌では「赤紐かけし」とあったので、赤紐と言う赤と黒の紐を肩に垂らしている小忌衣の事と解釈しました。
※花は根に鳥は古巣に
物事は元に戻るという事。花は根元に散り、鳥はねぐらに帰る。その原典は崇徳天皇(77番)の歌です。
こういった言葉を知るのも楽しいですね。「原点回帰」や「自業自得」といった言葉もありますが、こちらの方が日本らしい美しさがある気がします。
※きりぎりすとコオロギ
コオロギは平安時代位にはキリギリスと呼ばれ、コオロギになったのは江戸時代位からです。しかし、「万葉集」では秋に鳴く虫の総称としてコオロギが出てきます。
そして、キリギリスは「機織」や「コオロギ」と呼ばれていました。逆転していますね。ややこしい。
松虫と鈴虫も逆だったので、昔と今の違いを感じます。何で逆になったんでしょうね?不思議です。
違いを楽しむのも良いですね。
※鎌倉幕府
源頼朝が創設した武家政権。始まりは1180~1192年(諸説あるので)、終わりは1333年で、約150年間続きました。以前は「いいくに(1192)つくろう鎌倉幕府」なんていう、語呂合わせがありましたね。まぁ、過去の物になりましたが。
初代「鎌倉殿」である頼朝の頃は将軍が実質的にもトップでしたが、それ以降は形骸化してしまい、事実上のトップは執権である北条氏になってしまいました。哀れですね。
調べてみると、九代まで居るみたいですね。源氏は三代(93番の源実朝)までですが。それ以降は、藤原氏や親王がなっています。最初の「幕府」なのに、何か悲しいですね。




