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私選和歌集  作者: 如月瑠宮
小倉百人一首より
24/73

86番から90番

きりぎりす夜寒よさむに秋のなるままに弱るか声の遠ざかりゆく 西行法師

 コオロギは夜の寒い秋になるままに弱って鳴き声が遠ざかっていく。


※きりぎりすは当時「コオロギ」を指していました。秋が深まり、段々と衰えていく鳴き声に哀愁を感じますね。

失恋が原因で出家したとか、出家する際に泣いてすがる子供を蹴り落として行ったとか言う話がある人が詠んだとは思えませんよね。事実かは分かりませんが。




思ひたつ鳥は古巣もたのむらんなれぬる花のあとの夕暮 寂蓮法師

 帰ろうと思い立った鳥は古巣を頼みに出来るだろう。慣れ親しんだ花が散った後の夕暮れをどう過ごせば良いのだろうか。


※千五百歌合での歌。帰る場所のある鳥に対して、帰るあての無い自分を詠っているのでしょう。哀愁の漂う歌ですね。




帰るさは面影をのみ身にそへて涙にくらす有明の月 皇嘉門院別当

 帰る時には貴女の面影のみを身に添えて、涙で曇る有明の月を見ています。


※「女の許から帰る男が贈った」という設定で詠まれたものと思われる九条兼実主催の百首歌での歌。

百人一首に選ばれた歌はとても技巧的で良い詠いっぷりですが、彼女の歌の多くは可愛らしく感じるもので別人かと思ってしまいます。「別当」は長官の事なので、キャリアウーマン的な感じかとも思われますが、本来の彼女はどんな女性だったんでしょうね。




秋こそあれ人はたづねぬ松の戸をいくへもとぢよ蔦のもみぢ葉 式子内親王

 秋だからこそ人は訪ねない松の戸を幾重にも閉じてしまえ、蔦の紅葉の葉よ。


※松には「待つ」の意味が感じれます。「私に飽きたから来ないだろう人を待っている私の家の戸を閉じてしまえ」という意味合いもあるのでしょうか。

後白河天皇の皇女で賀茂の斎院。藤原定家(97番の作者)とは深い仲だったという説がありますが、生涯独身でした。




よしさらば忘るとならばひたぶるに逢ひ見きとだに思ひ出づなよ 殷富門院大輔

 もういいわ、私を忘れたと言うのなら、完全に忘れてよ。あの夜の事も思い出さないでよ。


※歌に釣られて訳も少々感情的になってしまったでしょうか?

「ひたぶるに」はひたすらにを意味していますので、徹底的に忘れてという思いでしょう。また「逢ひ見」逢って見た事から「あの夜」という訳を連想しました。

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