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私選和歌集  作者: 如月瑠宮
小倉百人一首より
16/73

56番から58番

もろともに苔の下にはくちずして埋もれぬ名を見るぞかなしき 和泉式部

 一緒に苔の下で朽ち果てず、埋もれる事の無い名前を見るのが悲しいのです。


※娘の小式部内侍(60番の作者)が亡くなった後、生前仕えていた主から毎年賜っていた衣が亡くなった後にも贈られて、その衣に「小式部内侍」と書き付けられていたのを見て詠んだ歌。

子供に先立たれた母親の歌は多くありますが、その中でも秀逸な作だと思います。亡骸は見る事が出来なくなったが名前は埋もれる事無く目に入る、それが更に悲しいのでしょう。

白居易の「遺文三十軸 軸軸金玉聲 龍門原上土 埋骨不埋名」(遺文三十軸 軸々に金玉の声あり 竜門原上の土 骨をうづむれども名を埋めず)という詩を元に作ったかと思われます。




年暮れて我が世ふけゆく風の音に心のうちのすさまじきかな 紫式部

 年が暮れて、私も年を取るのだと風の音を聞いていると心の中はなんと荒んでいる事だろうか。


※「我が世ふけゆく」は「齢が老ける」と「夜が更ける」の意味があります。「師走のつごもり」に宮中に参って、物忌みで局にうち臥していた時に忙しく行き交う足音を聞いて詠んだようです。

藤原兼輔(27番作者)の曾孫。娘(大弐三位)も小倉百人一首(58番)に選ばれています。著名な歌人が多い家系ですね。紫式部の有名な著書「源氏物語」は父親である為時との合作説もあるので、随分と文学的な一家だったんですね。




春ごとに心をしむる花のがなほざりの袖かふれつる 大弐三位

 春が来る度に心に沁みる梅の花の枝に誰がいい加減な思いで袖を触れたのでしょう。


※これは藤原定頼(64番の作者)が梅の花を添えて贈った歌に対しての返しです。定頼の歌は「見ぬ人によそへて見つる梅の花散りなん後のなぐさめぞなき」逢わない人を思って見ている梅の花が散ってしまった後の慰めが無いのですという意味になります。初句が「来ぬ人に」になっている歌集もありますが、意味は変わらないです。

そんな情熱的な歌に対しての返事が何とも「二股」を匂わせるつれない歌です。毎年素晴らしい梅の花ですが、この枝からは他の女性の匂いがしますよ、誰でしょうねという感じでしょうか。

身持ちの堅かった紫式部(57番の作者)の娘にしては恋多き女だったようです。

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