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私選和歌集  作者: 如月瑠宮
小倉百人一首より
10/73

31番から35番

我が恋にくらぶの山の桜花間なく散るとも数はまさらじ 坂上是則

 自分の恋とくらぶの山の桜を比べれば、いくら桜が絶え間無く散ると言っても、その多さでは勝らないだろう。


※「くらぶの山」が何処かは分かりませんが、「比ぶ」に掛けています。自分の恋人を思う強さを「数」で喩えています。相手を強く思う気持ちが伝わってきます。

ちなみにこの方、征夷大将軍の坂上田村麻呂の子孫です。歌とのギャップが・・・




昨日といひ今日と暮らしてあすか川流れてはやき月日なりけり 春道列樹

 昨日と今日と言って暮らしていると明日香川の流れの様に月日が経つのは早い。


※大晦日に詠んだ歌なので、一年を振り返って時が経つのは早いと思って詠んだのでしょう。「あすか川」に明日が掛かっているので「明日にはもう新年か」という意味合いも感じ取れます。

いつの時代も年末に思う事は同じなのでしょうか。




花の香を風のたよりにたぐへてぞ鶯さそふしるべにはやる 紀友則

 梅の花の香りを風という使者に添えて、鶯を誘う案内として遣わせます。


※寛平御時后宮歌合での歌。梅に鶯は春の定番です。梅が咲いているのに、鶯の泣き声が聞こえなかったのでしょう。香りを送ったら気付いて出てくるだろうという擬人化の歌。

寛平期の代表的な歌人らしい優雅な一首ですね。紀貫之(35番作者)の従兄弟に当たります。古今和歌集の撰者になりましたが、完成前に亡くなられたそうです。




いたづらにすぐす月日は思ほえで花見て暮らす春ぞすくなき 藤原興風

 無駄に過ぎてゆく月日は何とも思わないのに、花を見て暮す春は少ないと感じます。


※「貞保親王さだやすのみこの、后の宮の五十の賀たてまつりける御屏風に」添えた賀歌。「后の宮」が誰かは不明ですが、母である二条后ならば寛平三年頃になります。賀歌の割に「いたずらに年老いてしまって、春(寿命)が少ない」という意味合いにも取れてしまいます。




人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける 紀貫之

 貴方はどうでしょうね。人の心は分かりませんが、昔馴染みの里では梅の花がかつてと同じ匂いを漂わせています。


※初瀬(長谷寺)に行く度に宿を借りていた人の家に久し振りに行った際、「かく定かになむ宿りは在る」つまり「このように確かに貴方の宿はあるのに」と言われて、そこにあった梅の花を折って詠んだ歌です。小倉百人一首と同じです。

貫之集には「花だにもおなじ心に咲くものを植ゑたる人の心しらなむ」と相手の返歌が載っています。花でさえ昔と同じ心で咲いています、この梅を植えた人の心を知って欲しい。そんな意味でしょう。

相手が女性だったなら、昔の恋を思わせる艶っぽい問答ですね。

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