26番から30番
君がため祝ふ心のふかければひじりの御代のあとならへとぞ 貞信公(藤原忠平)
貴方の為にお祝い申し上げる心が深いので、聖代の手跡をお習い下さい。
※村上天皇が「帥のみこ」と呼ばれていた即位前に忠平が習字の手本を贈った時の歌です。「ひじりの御代のあとならへ」は聖人君主に倣った政治を行って下さいという意味が含まれています。
村上天皇の返しは「教へおくことたがはずは行末の道とほくとも跡はまどはじ」教える事に違わなければ、道のりが遠くても、跡を見失って迷うことはないでしょう。優等生の返事ですね。
白雪の今朝はつもれる思ひかな逢はでふる夜のほどもへなくに 中納言兼輔(藤原兼輔)
白雪の今朝は積もっている思いです。逢えずにいた夜はそれ程積み重なってはいないのに。
※実家に帰ってしまった女性の元に迎えの車を出した時に添えた歌。どうやら、雪が深く積もっていたようです。
「怨むることありて」実家に帰る・・・現代と変わらぬ女性の行動ですね。そして、それに困る男性というのも変わらないのでしょう。
曾孫に紫式部(57番の作者)が居ます。
よそながら思ひしよりも夏の夜の見はてぬ夢ぞはかなかりける 源宗于朝臣
遠く離れていながら思っていた時よりも、夏の短い夜の夢のような逢瀬の方が儚いものです。
※後撰集では読人知らずとして載っています。大和物語では「監の命婦」に贈った歌だそうです。「よそながら」は遠く離れていながら、直接に関係しないで、かげながら等の意味があります。
塵をだに据ゑじとぞ思ふ咲きしより妹と我が寝るとこ夏の花 凡河内躬恒
咲いてからずっと、塵でさえ置かせまいと思うのです。妻と私が寝る寝床という名を持つ常夏の花。
※お隣さんから、常夏の花を乞われた時に惜しんで詠んだ歌。常夏の花は撫子の事です。
おそらく、「それ位大切にしている撫子なので、そちらでも大切にして下さい」と言っているのでしょう。
松のねに風のしらべをまかせては龍田姫こそ秋はひくらし 壬生忠岑
松の音に風の奏でる調べを任せて、秋には龍田姫が琴を弾くらしい。
※風が松を揺らす音を秋の女神である龍田姫が弾いている音として見た歌。身分の低い武官の出身というのが疑わしくなる位風流な歌です。今とは周囲の音が違う時代の自然が生み出す音は綺麗だったのでしょうね。
息子に忠見(41番作者)が居ます。




