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左手のひらの♠13というマークを隠しながら生活することに、夏樹は慣れた。
学校で何か争いが起こるのではと気にした夏樹だったが、そうなりはしなかった。
その日の夜。
吸い込まれて呼び出されたような感覚の中で、悪魔の部屋へと降り立った。
山羊面の悪魔が人の言葉を話す。
「残りはお前たち二名となった。さあ、ここでカードが関わる試合をするがいい」
すると、テーブルが、きのこが生えるようにして現れた。
ナツキの相手は男だった。
テーブルのすぐ横にあるトーナメント表を確認すると、タツヤとある。
シュッとした顔立ちのそのタツヤの右手に、カードが現れた。
ナツキの左手にも。代わりに、両者のその手にあったマークは消えている。
「どんな勝負をする?」
と、タツヤが低い声で聞くと、ナツキは、しかたなさそうに、
「バ、ババ抜き」
すると、ナツキとタツヤの手にあるカードを、悪魔が指差した。
その瞬間、二つのカードの集まりが、混ざり合い一つの山札を作り上げた。
さらに、悪魔がそこへ一枚のカードを横から差し込むようにして加えた。
「このジョーカーを最後まで持っていたほうが負け。それでいいか?」
悪魔が問うた。
(何としてもジョーカーを相手に)
思いながら、ナツキは声を出さずにうなずいた。
タツヤも、
「それでいい」
と。
すると、山札から二人の手元へと、上から一枚ずつ配られていった。
両者は目で確認した。そして同じカードを場に捨て、セットにならないものだけ手元に残した。
ナツキの手元にあるのは♢の5、♡の2、♡の11、♠のA、♣の7、♣の13、ジョーカーの七枚だ。
対するタツヤの手元にあるのは、♡の5、♠の2、♢の11、♣のA、♡の7、♢の13の六枚だ。
タツヤが先行。
ナツキは自分の手札を見ないことにした。視界にはどうしても入るが、タツヤがどのカードに手を伸ばしているかで一喜一憂するものかと。まっすぐ前を見る。
タツヤが取ったカードは♠のAだった。タツヤの♣のAと1セットとなり、場に出される。
次はナツキの番。
どれにしようか悩む必要はない。とりあえずナツキは、ナツキから見て右端にあるタツヤの手札を右手で取った。
それは♢の13だった。♣の13とセットとなり、場に出される。
これを繰り返し、ナツキの手札が♢の5、ジョーカーの二枚だけになった時、つまりはタツヤの手札も♡の5のみとなっている時に、ナツキは思いっ切り顔に出してみることにした。
タツヤの手がジョーカーに伸びると、ナツキは嬉しそうな顔をした。
タツヤのその手が♢の5に伸びると、ナツキは嫌そうな顔をした。
タツヤがこの時に結局選んだのは、ジョーカーだった。
(やった! よし!)
喜ぶナツキ。対してタツヤは、
「待て」
と、一度、両手を後ろに回した。どちらがジョーカーかわからないようにと。
ナツキはタツヤが提示した二枚のうち、ナツキから見て右のほうを手に取った。
それはジョーカーだった。
また、さっきの状況が生まれた。ナツキのジョーカーにタツヤの手が伸びれば、ナツキは本当に嬉しそうにした。
そして、タツヤが手にしたのは、ジョーカーだった。
(二度も同じ手で来やがって!)
タツヤはそれを心の声に留めた。
ナツキはタツヤがシャッフルしたあとに差し出された手札のうち、やっぱり右の一枚に手を伸ばした。そして今度は左にも手を伸ばした。この時、ナツキは、タツヤの顔を念のため見た。
タツヤはただただ無表情だった。
そして、ナツキは、ナツキから見て右のカードを手に取った。
それは♡の5だった。
ナツキは、手札をセットとして場に出した。
「く、くそっ! 死にたくない! やり直させてくれ!」
タツキはそう言うと、後ろへと引っ張られるように、吸い込まれるようにしてどこかへと消えた。まるで今の自分たちが魂のような存在であるかのように。
ジョーカーだけを持ったその手から、その一枚が床に落ちた。そしてそれは泡のように消えた。
すると、カードの山がすべて光の粒のようになり、ナツキの左手のひらに宿った。あいかわらず♠13というマークが左手のひらに現れた。
「おめでとう」
悪魔が口を開き、続きも話し出した。
「さあ、願いを叶えてやろう。ただ二つのみ」
ナツキの心の中ではもう決まっていた。
「今までのこのゲームで亡くなったみんなを生き返らせろ」
「わかった。よし。それは済んだぞ。次を言え」
「こんなゲーム、もう二度とできなくなれ!」
「……欲を言う者は多くいた。もちろん、お前のように願う者もいたが、負けていた。今こそ本当の存在へと」
「え?」
ナツキの左手のひらが急に大きく輝き出した。目を開けられないほどに。
次の瞬間には、目が覚めていた。
朝。
夏樹は、むくりと起き上がって、姉の部屋の仏壇を見た。そこには誰もいない。それどころか、この部屋自体に自分しかいない。
リビングに向かう。と、そこに、夏樹の姉の姿があった。
「姉ちゃん」
「夏樹!」
これを喜んだのが夏樹一人ではないのは当然だった。
その日、夏樹が通う高校の校門前に、夕方、また、少女が現れた。三波咲もまた生き返っていた。
夏樹が、
「咲」
と声をかけると、
「ありがとう」
そう言いながらも、咲は、夏樹が左手のひらを気にして見たものだから、つられてその左手のひらに目をやった。そこにはまだ♠13とある。
「それ、消えないの?」
そう聞いた咲の右手のひらには、もう♡7はない。
「そうみたい。なんでなんだろう」
夏樹と咲は歩き出した。
「どこか寄ろっか」
そんな話をして、ファストフード店にでもと、向かう。
その最中。
「ふふ、それにしても」
咲は口元をほんの少し手で隠しつつ、そう言って先を続けた。
「とんでもないニュースになってるよね、ついこのあいだ死んだはずのあたしたちが、生き返ってさ。しかもそれだけじゃなくて、ずっと前に死んだ人も」
「うん。あれに関わって死んだ人、蘇ったみたいだね、僕の姉ちゃんもそうなんだよ」
「え、そうだったんだ」
「そう、実はね」
入ったファストフード店で、ポテトでもつまんで落ち着いてから、ふと、夏樹は考えた。
「もしかしたら今これ消せるかも」
トイレ前の手洗い場を借りてゴシゴシとこすってみたものの、消えなかった。
その代わり、五十二枚のカードがその手のひらから急に出てきて、悪魔の声が。
「元はエンジェルカードと呼ばれていた。多くの悪しき心に触れ、デビルズカードなどと呼ばれていたのだが……これらのカードは、本来は、カードの騎士を呼び出すことができる聖なるものだったのだよ」
(じゃあ元は悪魔じゃなかった?)
「っていうか、え? 現実に出てくるの?」
その声は、普段の夏樹とは違って高く柔らかな声だった。
悪魔は、いまは、肩に乗せられる人形くらいの大きさになって浮いている。店のトイレの前にある鏡を前にして、マスコットみたいなものとして。あいかわらず首から上が山羊ではあるが、愛らしさがある。翼もいまは純白だ。
「それより注意しろ。カードを使おうとしたらそうなる」
夏樹は、ナツキの姿になっていた。現実に。
ただし、制服はそのままだ。
「ええっ!? ちょっ……!」
カードを左手のひらにしまうように念じると、♠13のマークに戻った。と同時に、ナツキではなく夏樹に戻った。
「そんな。嘘だろ」
「まあ、嫌なら使わなければいいだけの話だ」
その声はカードを出していなくても聞こえた。高性能イヤホンをしているかのように。
「そ、そうか、そうだね」
夏樹は、そう言って、洗面台の前から、咲の前の席へと戻った。




