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過労死した設計士はオメガに転生して魔法の遊園地を創る〜冷徹公爵様は私を番にして離してくれません〜  作者: 水凪しおん


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第9話「暴かれた牙と静かなる激昂」

 ヴァルディア公爵邸の執務室。

 ルクスはマホガニーの重厚な机に向かい、領地からの報告書に目を通していた。

 窓の外には、夕暮れの空が広がっている。

 万年筆のペン先が紙を擦る音だけが、静かな部屋に規則正しく響いていた。

 ふと、ルクスの視線が机の隅に置かれた1枚の羊皮紙に止まる。

 シエルが初めてここにやってきた時に持参した、遊園地の初期設計図だ。

 荒削りだが、熱と夢が詰まった線。

 それを眺めるルクスの口元に、彼自身も気づかないほど微かな、柔らかな弧が描かれる。

 その時だった。

 執務室の扉が、ノックの音もそこそこに荒々しく開かれた。

 長年ルクスに仕える老執事が、血相を変えて飛び込んでくる。


「閣下、急報でございます」


 息を切らす執事のただならぬ様子に、ルクスは万年筆を置いた。


「何事だ」

「ファンタジー・ガーデンに王宮騎士団が踏み込みました。施設は即時封鎖。責任者のシエル・ランベール殿は、隣国のスパイ容疑で王都の地下牢へ連行されたとのことです」


 時が、止まった。

 部屋の空気が一瞬にして凍りつき、温度が数度下がったような錯覚を執事は覚えた。

 ルクスの顔から、一切の表情が消え失せた。

 藍色の瞳が、極北の氷海のように暗く、底知れぬ冷たさを帯びる。


「……誰の差し金だ」


 声は低く、平坦だった。

 しかし、その裏側に渦巻く圧倒的な殺気に、執事は思わず一歩後ずさった。


「オーウェン・グレンバック侯爵です。王宮の第一王子派閥の息もかかっていると見られます」


 ルクスはゆっくりと立ち上がった。

 椅子の脚が床を擦る音が、異様なほど大きく響く。


「証拠は」

「作業小屋から、我が国の機密情報が合成された設計図が押収されたと」

「愚かな」


 ルクスは短く吐き捨てた。

 シエルがそんな真似をするはずがない。

 あのオメガの頭の中にあるのは、人を笑わせ、驚かせるための純粋な夢だけだ。

 権力闘争の道具として、その夢を土足で踏みにじった者たちを、ルクスは決して許さない。

 ルクスは壁際にある隠し金庫に歩み寄り、複雑な魔力錠を解除した。

 重い金属の扉を開け、中から分厚い革張りのファイルを取り出す。

 それは、ルクスが数年がかりで収集してきた、グレンバック侯爵をはじめとする腐敗貴族たちの不正の証拠だった。

 賄賂の授受記録、違法な魔石の密輸ルート、平民からの不当な搾取。

 王家の一部までが関与している、国を揺るがすほどの爆弾だ。

 使うタイミングを慎重に見計らっていたが、もはや躊躇う理由は欠片も存在しなかった。


「馬を用意しろ」


 ルクスは外套を手に取り、肩に羽織る。


「閣下、お待ちください」


 執事が青ざめた顔で立ち塞がった。


「今、王都へ向かえば、第一王子派閥との全面衝突は避けられません。ヴァルディア家の政治的立場が危うくなります」


 ルクスは歩みを止めず、冷ややかな視線を執事に向けた。


「それがどうした」

「閣下……!」

「私の領地で、私の庇護下にある者を不当に奪われた。これを黙過すれば、ヴァルディアの名に永遠の泥を塗ることになる」


 ルクスの声には、抑えきれない怒りの炎が混じっていた。


「それに」


 ルクスは目を伏せ、かつて失った弟の幻影を脳裏から完全に振り払う。


「私はもう、手の届く場所にあるものを、二度と失うつもりはない」


 執事はその横顔を見て、深く頭を下げるしかなかった。

 そこにあるのは、冷徹な計算で動く公爵の顔ではなく、一人の人間を守るために全てを懸ける覚悟を決めた男の顔だった。


◆ ◆ ◆


 王都の地下深く。

 光の届かない湿った石造りの牢獄に、シエルは繋がれていた。

 手首には魔力を封じる重い鉄の枷がはめられ、冷たい壁にもたれかかるように座り込んでいる。

 時間の感覚はとうに失われていた。

 時折聞こえてくるのは、水滴が落ちる音と、遠くで響く看守の足音だけだ。

 過酷な尋問はまだ始まっていない。

 だが、それも時間の問題だろう。

 前世の知識があっても、この絶望的な状況を覆す魔法は持っていない。

 シエルは膝を抱え、目を閉じた。

 ファンタジー・ガーデンはどうなっただろうか。

 職人たちは無事だろうか。

 そして、ルクスは。

 彼に累が及ぶことだけは、絶対に避けなければならない。

 もし自分のせいでヴァルディア家が傷つくようなことがあれば、死んでも死にきれない。

 暗闇の中で、シエルの心は静かに摩耗していく。

 しかし、その時。

 地下牢の重厚な扉の向こうから、凄まじい轟音が響き渡った。

 剣戟の音だ。

 怒号だ。

 そして、魔力が激突するすさまじい衝撃波だ。

 シエルは弾かれたように顔を上げた。

 足音が近づいてくる。

 迷いのない、力強く、そして聞き覚えのある規則正しい足音だ。

 鉄格子の向こう側に、一つの影が立ち止まった。

 廊下の松明の光を背に受けて立つ、長身のシルエットだ。

 黒い外套を翻し、氷のような藍色の瞳が、暗闇の中にいるシエルを真っ直ぐに見据えている。


「……ルクス様」


 シエルの掠れた声が、牢獄の空気を震わせた。

 ルクスは鉄格子を素手で掴む。

 次の瞬間、金属が軋む凄まじい音と共に、魔力で強化された鉄格子が紙切れのように引き裂かれた。

 圧倒的な力だ。

 ルクスは牢の中に足を踏み入れ、シエルの前にひざまずく。


「迎えに来た」


 その声は、ひどく穏やかで、しかし確かな熱を帯びていた。

 シエルの目から、堰を切ったように涙が溢れ出す。

 もう、一人で戦う必要はなかったのだ。

 ルクスが手首の枷を砕き、シエルをその腕に強く抱きしめる。

 冷たい雪解け水の香りが、シエルの全身を満たした。

 反撃の狼煙が、今、地下深くから上がろうとしていた。

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