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過労死した設計士はオメガに転生して魔法の遊園地を創る〜冷徹公爵様は私を番にして離してくれません〜  作者: 水凪しおん


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第1話「目覚めたら夢も魔法もない世界だった」

登場人物紹介


◆シエル・ランベール

本作の主人公。20歳のオメガ。辺境の零細貴族ランベール家の次男。前世は日本のテーマパーク開発会社で働く設計士、田中春樹(享年31歳)。過労死して異世界に転生した。オメガとして虐げられる境遇に甘んじることなく、前世の知識とこの世界の魔法を掛け合わせて、誰もが笑顔になれる遊園地を創り出すことを決意する。熱意に溢れ、真っ直ぐな瞳を持つ。


◆ルクス・ヴァルディア

本作の攻め。24歳のアルファ。王国屈指の権力を持つヴァルディア公爵家の若き当主。艶のない黒髪と氷のような藍色の瞳を持つ、冷徹で無表情な青年。感情をほとんど表に出さず、最低限の言葉しか発しない。幼い頃に病弱な弟ファルクを亡くした過去があり、密かに深い喪失感を抱えている。シエルの作る遊園地に触れ、凍りついていた心が少しずつ溶かされていく。


◆カイエン

アルスタリア王国の第一王子。アルファ。国益を最優先に動く切れ者であり、シエルの遊園地の成功に目をつけ、国営化を打診してくる。


◆オーウェン・グレンバック

グレンバック侯爵家の当主。30歳のアルファ。シエルのオメガとしての価値と遊園地の利権を狙い、強引な手段でシエルを我が物にしようと企む卑劣な貴族。

 冷え切ったコーヒーの苦味が、舌の付け根にへばりついていた。

 深夜のオフィスだ。

 青白いモニターの光が、乾いた網膜を焼くように突き刺さる。

 画面の中には、複雑に絡み合う鋼鉄の骨組みと、重力に逆らうようにうねるレールの軌道が描かれている。

 テーマパーク開発会社に入社して9年。

 田中春樹は、3次元CADソフトの画面を睨みつけながら、キーボードを叩き続けていた。

 新しいジェットコースターの安全基準を満たすための構造計算だ。

 すでに3日ほど、まともな睡眠をとっていなかった。

 背骨の奥が鈍く痛み、こめかみの血管が嫌なリズムで脈打つ。

 ふと、胸の奥で何かが弾けるような感覚があった。

 息を吸おうとしても、肺に空気が入ってこない。

 視界の端から急激に黒い染みが広がり、モニターの光が遠ざかっていく。

 キーボードの上に突っ伏す直前、春樹の脳裏に浮かんだのは、自分が設計したレールの上を走り抜けるコースターの風切り音と、空高く響き渡る乗客たちの歓声だった。


◆ ◆ ◆


 その眩しい歓声は、不意に、深い闇の底へと途切れた。

 代わりに鼻腔を突いたのは、埃とカビの混じった湿っぽい匂いだった。

 重い瞼を押し上げると、ひび割れた石造りの天井が視界に入る。

 背中には粗末な麻のシーツのざらついた感触があり、隙間風が頬を撫でていく。

 ゆっくりと身体を起こす。

 軋むベッドの音が、やけに大きく部屋の中に響いた。

 手のひらを眼前で見つめる。

 ペンだこだらけだったはずの指先は、白く細いものに変わっていた。

 頭の奥で、二つの記憶が濁流のように混ざり合う。

 田中春樹としての31年間の記憶だ。

 そして、シエル・ランベールという、この世界で生きてきた20年間の記憶だった。

 ここはアルスタリア王国。

 西欧の歴史書から抜け出してきたような石造りの街並みと、魔力という不可視のエネルギーが生活の基盤として根付いている異世界だ。

 そして、この世界には厳格な身分制度が存在する。

 アルファと呼ばれる特権階級が富と権力を独占し、ベータが平民として働き、オメガはアルファに従属するための存在として社会の最底辺に置かれている。

 シエルは、辺境の零細貴族ランベール家の次男だった。

 貴族とはいえ、名ばかりの貧乏男爵家だ。

 父は流行り病であっけなくこの世を去り、後には莫大な借金と、荒れ果てた痩せ地だけが残された。

 さらに絶望的なことに、シエルは1ヶ月前の検査でオメガであることが確定していた。

 扉が乱暴に開け放たれる。

 乾いた革靴の音が床を鳴らし、長兄のガレアが部屋に入ってきた。

 落ち窪んだ目と、神経質そうに薄い唇が特徴的な男だ。


「起きているな、シエル」


 ガレアの冷え切った声が、狭い部屋の空気をさらに重くする。


「例の縁談の件だ。先方が、今月末には迎えの馬車を寄越すと言ってきた。準備をしておけ」


 シエルの喉の奥が引き攣る。

 縁談だ。

 聞こえはいいが、実態は借金返済のための身売りだった。

 相手は、王都で高利貸しを営む初老のアルファだ。

 好色で残酷な性格で知られ、これまでに何人ものオメガを買い取っては使い捨てにしてきたという噂が絶えない男だ。


「兄さん、僕は」

「口答えは許さん」


 ガレアは苛立たしげに言葉を遮る。


「ランベール家はもう終わりだ。お前がオメガだと判明した時点で、王都の魔術学院への推薦も取り消された。お前にできる唯一の親孝行は、その身体を高く売って、この家の負債を少しでも減らすことだ」


 冷酷な宣告だけを置いて、ガレアは部屋を出ていく。

 バタンと扉が閉まる音が、死刑の執行を告げる木槌のように響いた。

 シエルは一人、冷たい床に立ち尽くす。

 窓の外に目を向ける。

 灰色の雲が垂れ込め、石畳の通りを歩く人々の足取りは重い。

 すれ違う者同士に笑顔はなく、ただその日を生き延びるために俯いて歩いていた。

 この世界には、娯楽がない。

 貴族たちは豪華な歌劇場や夜会で享楽に耽るが、平民たちに許されているのは、安酒場で泥酔するか、薄暗い裏路地で賭博に興じることくらいだ。

 明日への希望を抱かせるような、純粋な喜びを共有できる場所。

 日常の重圧から解放され、誰もが同じ空を見上げて笑い合える空間。

 前世の春樹が人生を捧げたテーマパークという概念は、この世界のどこを探しても存在しなかった。

 シエルは、自分の胸の奥から湧き上がってくる熱い衝動を感じていた。

 絶望的な現実のなかで、オメガという鎖に縛られ、名も知らぬ男の慰み者として一生を終える。

 そんな未来を、黙って受け入れることなどできるはずがない。

 部屋の隅にある古びた机に向かう。

 引き出しの奥から、羊皮紙の束とインク瓶、羽ペンを取り出す。

 目を閉じる。

 網膜の裏側に、前世で見てきた光景を鮮明に思い描く。

 夕闇のなかで宝石のように輝くメリーゴーランドのイルミネーション。

 星空に届きそうなほど巨大な観覧車のシルエット。

 重力から解放されたような浮遊感をもたらすジェットコースターの軌道。

 ポップコーンの甘い香り。

 綿飴のべたつく感触。

 子供たちの弾けるような笑い声が響く。

 シエルは勢いよく目を開け、インクを含ませたペン先を羊皮紙に走らせた。

 カリカリと乾いた音が、静かな部屋に響き始める。

 この世界には、電気もモーターもない。

 だが、魔力がある。

 魔石を動力源とする駆動機関の設計図だ。

 木材と鉄を組み合わせた、巨大な歯車の連なりだ。

 遠心力と重力を計算し尽くした、安全でスリリングな乗り物の構造だ。

 春樹としての知識と経験が、シエルの指先を通してこの世界に新しい概念を産み落としていく。

 1枚、また1枚と、空白の羊皮紙が緻密な線と数式で埋め尽くされていく。

 気づけば、窓の外が白み始めていた。

 徹夜の作業を終え、シエルは完成した10枚の設計図を束ねる。

 指先はインクで黒く汚れ、肩は石のようにこわばっている。

 しかし、胸の奥には前世で新しいアトラクションの企画が通った時と同じ、熱い高揚感が渦巻いていた。


『ここには、夢の入口がない』


 シエルは窓を開け、冷たい朝の空気を肺の奥深くまで吸い込む。


『だったら、僕が作る。誰にも文句を言わせない、最高の楽園を』


 彼は縁談を破棄するための計画を練り始めた。

 高利貸しのアルファに身体を売るのではなく、自分自身の頭脳と技術を売り込む。

 標的はただ一人だ。

 この広大な辺境地域を統治する最高権力者であり、莫大な資金力を持つ氷の貴族。

 ヴァルディア公爵その人だ。

 シエルは冷たい水で顔を洗い、なけなしの一張羅である色褪せた礼服に袖を通す。

 失うものなど何もない。

 胸ポケットに丸めた設計図をねじ込み、シエルは朝日が照らす石畳の街へ向かって歩き出した。

 その足取りに、もう迷いはなかった。

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