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パンツァードラゴン  作者: 森圭一


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第三章──三者三様①

第三章──三者三様は、今週の月、水、金に投稿する予定です。

 それから俺は食堂で出された飯を食い──食欲はまったくなかったが『食べる事も仕事のうち』と、自衛隊取材時代に習った事実に基づき、無理矢理食べた。

 鶏のフライが中心の揚げ物で味は悪くなかったのがせめてもの幸いだ。

 それから個室に戻り、鍵をかけた。


 簡易ベッドと小さなテーブル、椅子があるだけの質素な部屋だ。

 就寝時間まで三時間以上あるが、これからやることを考えたらその時間で済むか怪しいものだ。

「黒田彩夏、聞こえるか?」

 俺は小声で話しかけた。


 途端に頭に中に声が響く。地声だがほんの少しトーンが違う声だ。

(聞こえるぞ、鳥飼理人)

 打てば響くように彩夏の声は続いた。

(はじめに確認したい。「心の声」で俺に話しかけてくれないか。ひとり言を聞かれたら困る事もあるからな)


「わかった。試して見る」

 乾いた声で応じた俺は、心の中で──

『黒田彩夏、聞こえるか?』

 話しかけてみた。

 数秒待ったが返事がない。もう一度試した後、俺は口を開いた。


「試したが、聞こえなかったか?」

(聞こえなかった。これは……いろいろ試して見るしかないな)

 そこから試行錯誤が開始された。

 最初に考えたのは『送信ボタン』をイメージした後、心の声を発することだった。

 効果なし。


 そこから一時間以上経ち、様々な方法を試したが通じなかった。

 さすがに疲れてきた俺は、ふと歯を食いしばって見た。

 その状態を維持したまま、心の中で話しかけた。

『黒田彩夏、聞こえるか?』

 間髪を入れず応答が入った。


(聞こえた、はっきりと。いったいどうやった?)

『歯を軽く食いしばり、心の中で話しかけたんだ。これで、無言のまま対話できるな』

(難題の一つがこれで解決だ)

 欠点はリラックスした状態で話しかけるのが難しい事か。問題点や課題は山積みだ。俺は心の中で話しかけた。


『さっきのサミア人の件だが、俺の記憶を覗けたからユダヤ人に該当すると気がついたんだよな』

(そうだ)

『記憶をどこまで覗けたんだ?』

(お前の記憶は、半壊した図書館みたいになっているんだ。イメージを言うと、倒壊した中規模の図書館、倒れた無数の本と本だなの近くにキーワードが転がっていて、それに近づくと中身が判るという感じだ)

『ユダヤ人とサミア人の違いもそれで見つけたのか』


(そうだ。『ユダヤ人』のキーワードがあって、近づいたら概略がサミア人とほぼ同じだから判った。ただし、記憶自体はかなり壊れていて読むのに随分苦労したけどな)

『投薬の影響は甚大という訳か……記憶は文字情報だけか?』

(イメージ画像も出て来たから、転移経緯も把握できた。真っ白な大爆発の中、未来から転移して来たんだよな。他に目立った記憶は白衣を着たドクターの姿と……学校に背広で通うお前の姿だったが……あれは何だったんだ?)


『あとで説明する。ともあれ俺は軍事ライターの端くれだよ』

(その割には、ヨーロッパ関連の知識は何と言うか……ところどころ、大穴が開いて、知識がごっそり抜け落ちているなと思えるところがあったが、あれはなんだ?)

『それも後で説明するよ。今は、互いに自己紹介から始めないか』


(賛成だ。まず、俺からだ。俺は黒田彩夏。一六歳の日本人で、軍人家系の出身だ)

『軍人家系?』

(ヨーロッパでは、一族が代々軍人の家系は珍しくない。その日本版と言ったところさ。元を正せば、黒田家は安土桃山・江戸初期の武将、黒田長政の子孫で、明治維新以後、黒田家をどうするか討議の結果、軍人として子供たちを育て、軍人家系として生きると決め現在に至ってるんだ)


『俺の方の歴史では、黒田家の直系は第五代の宣政で子どもができず、絶えてしまっているから……細かな歴史がやはり違っているんだな。で、軍人家系だから傭兵として欧州に来て、リンデベルン傭兵団に所属した、ということか?』

(話はそう単純じゃないけど、今はそれでいいか。俺は日本で飛行適正を認められ、一四歳から戦闘機に乗る訓練を始め、飛行免許を取得した後、リンデベルンにやってきたんだ)


『で、今は一六歳か』

(そうだ。ドラゴン適正はなかったから、戦闘機操縦で応募し、二級市民枠で採用された。それで今回の精神転移に巻きこまれ……)

『現在に至る、か』

(そっちの名前や経歴は、記憶表層を見たから確認だけでいいよな。鳥飼理人、二七歳。二一世紀で軍事ライターをしていたが、この世界に精神転移。ドラゴンナイトの適正があって、今回の戦いに巻きこまれた。これで合っているか?)


『合っている』

 彩夏の口調が急に遠慮がちになった。

(なあ……これまで散々ため口をきいたり頭の中で怒鳴ったりした後で何だと思うけど、鳥飼さんと呼んだ方がいいかな? 俺、一六の年下だし)

『今さらだな。俺、お前で構わないよ。鳥飼、あるいは理人と呼び捨てでも構わない』


(だったら俺のこともおまえ、または彩夏と呼んでくれ)

『わかった』

 応じつつ、俺は心の中でため息をついた。

 これからは十六歳の少年、彩夏の身体を使い、活動することになる。

 本来なら役目が逆だろう。


 彩夏が身体を動かし、話し、俺は頭の隅からその様子を見て、様々な助言をする。

 どう考えてもその方がうまく行く。

 彩夏は日本で飛行適正があると認められ、厳しい訓練を経て戦闘機に乗り、この地に赴いた。

 自衛隊の戦闘機パイロットを取材した事があるが、彼らは本当に選び抜かれた精鋭たちだ。

 優れた身体能力、反射神経を持つ者が様々な選抜を経て戦闘機に乗る。

 戦闘機とはそういうものだ。


 それを、ドラゴンナイトの資格があるというだけで運動音痴の自分がやる事は不釣り合いだ。

 二七歳資料読みの軍事マニアがやれる事は、あくまで助言、戦いは若者に任せるのが自然ではないのか。

 それがここでは反転している。

 ドラゴンが空を飛ぶ世界に一人放り出され、精神転移で黒田彩夏の身体を動かす。

 どうしてこうなった?


 俺にとってはこれが最大の謎だ。

 不意に天井のスピーカーから音声が流れる。

「まもなく消灯時刻だ。各員、就寝準備」

 それだけ伝えるとぷつりと切れる。

(今日は疲れたよな、理人)


 心の中に彩夏の声が響く。微かに首を振った俺は口を開いた。

「そっちこそ、今日は大変だったろう。いきなり俺が現れ、身体のコントロールを失ったんだ」

(驚いたけど今はある意味、納得しているよ)

「納得?」


(その辺は、おいおい話していくよ。今はとにかく、休もう。初陣で戦闘機一二機撃墜なんて、尋常じゃないことをやってのけたんだ)

「そうだな。お休み、彩夏」

 返事を返した俺は、電灯のスイッチを切り、簡易ベッドに身を横たえた。たちまち睡魔が押し寄せ、俺の意識は途切れた。


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