□第二章──遭遇③
コーヒーに口をつけ、クレア・クライン中尉は考えつつ応じた。
「傭兵団は全部合わせて一万人くらいです。うち、空軍の占める数が全体の六割で、四〇〇機の作戦機と四六名のドラゴンナイトが所属しています。今日、覚醒したあなたを入れたら四七名ですね」
「多いと言うべきか、少ないと言うべきか、判断に迷う数だな」
「傭兵団の中核はドラゴンナイトが実態です。戦闘機、作戦機の数は多いけど、予備も含めた数だし、敵味方双方の機種もあるから四〇〇機が常にそっくり使えるわけじゃない」
「敵味方双方?」
「聞いた事はない? リンデベルン傭兵団は、世界各国に傭兵部隊を供与しているのよ」
「日本にいた頃は、その辺の話は聞かなかったな。世界中って事は、今もそうしているわけ?」
「ええ。だから、ヨーロッパのこの戦争でも、ゲルマニア、連合軍双方に傭兵部隊──ドラゴンナイトを提供しているわ」
「なんだって?」
俺は息が一瞬止まった。
敵味方に傭兵──それも中核戦力のドラゴンナイトを供与しているだと?
「二人とも、そこまで」
不意に響く声に俺は振り返った。
傭兵隊長クリスティアン・シャール少佐が苦微笑を浮かべ立っているのが見えた。いつのまに現れたんだ?
「その辺の事情は、明日ゆっくり彩夏にレクチャーする予定だったが……さて、どうするかな」
少佐はカウンターのポットからコーヒーをカップに注ぎ、唇をつけた。続ける。
「概況を知るには、リンデベルン王国建国の歴史から知る必要があるが……クライン中尉は要約できるか」
クラインは立ち上がり、身を正した。
「はい。できます。ドラゴンナイト抜擢の折、基礎事項としてレクチャーを受けました」
「よろしい。地図は……あそこにかかっているのを使え。おい、手空きの、おまえたち、地図を持ってこい」
無聊をかこっていた下士官たちが身を正し、壁にかかる小さな地図を外し、俺たちの方に持ってきた。
テーブルが片付けられ、地図が広げられ、リンデベルンを中心とした地形が示された。
クライン中尉が地図を示しつつ、口を開いた。
「事の起こりは一九世紀初頭、フランスでナポレオンが皇帝に即位した時からです。この余波がリンデベルン──当時のエルバテア共和国にも及びました。当時のエルバテアは二六もの州に分割され、州それぞれが独自の憲法を持ち、傭兵を諸国に輸出することで食べていく傭兵国家でしたが、異能力の皇帝が国内に現れ、新たにリンデベルン王国を立ち上げます」
「異能力の皇帝?」
「はい。彼は各州に分裂する国内をまとめ上げ、リンデベルンに王制を敷きました」
「いったいどうやって?」
「それが異能力と呼ばれる理由です。初代皇帝スベン・シュワルツは現在で言うところの異能力『魅了』を発揮、共和制から王制に国内を造り替えたのです」
なんとなくイメージが湧いた。
ファンタジー世界じゃ「魅了」の設定は珍しくない。多くは悪役の美女が主人公や仲間を誘惑するとき、魅了を発揮して相手を陥れる展開だ。
「魅了って……ゲルマニアにおけるヒトラーの演説みたいなものかな?」
「実際、現在ではそれに近いと考えられています。皇帝の演説を聞いた諸侯たちは誰もが熱狂し、リンデベルン王国が誕生、それと同時期、対仏大同盟との戦争で皇帝ナポレオンが敗退、これを決定付けたライプツィヒの戦いにリンデベルンも大規模傭兵部隊を派兵することで戦勝国の仲間入りをしました。これによりブリタニア王国との友好関係が生まれ、王国から三女が嫁ぎ縁戚関係が生じました。これまでフランス中心だった外交関係にブリタニアが加わり、多方面を睨んだ武装中立路線に転換したのです」
俺はしかめ面を彼女に向けた。
「武装中立……まさか、そのために傭兵団が使われたのか?」
「その通りです。昔から我が国は傭兵業が盛んで、国家統一後も産業構造は変わりませんでした。ナポレオン失脚後も欧州では幾度か戦火が上がりましたが、リンデベルン王国は各国に傭兵団を貸し出す事で、絶対的な中立を守り、国土の安全を図ったのです」
「傭兵たちは国を問わずに派兵された?」
「いずれの国にも偏らず、あくまで武装中立を維持する。それが初代皇帝スベン・シュワルツが定めた国是です。これ以後、リンデベルンは傭兵団の派遣先を政府と軍が協議して決めるようになりました」
「国王じゃなく、政府と軍が?」
「王国と銘打ってますが、現在のリンデベルンの国是はブリタニア同様『王は君臨すれども統治せず』です。政治を司るのは政府と議会、その協議により傭兵団が各国に派遣されるのです」
「ということは……戦場で同じ傭兵団同士が戦う事もあり得るわけだ」
「その通りです。戦場ではリンデベルンの傭兵同士が激突する悲劇的戦いが幾度も繰り広げられましたが、それゆえ各国は我が国の傭兵を信頼し、リンデベルンの中立は守られ続けたのです」
「うーん……」
しかめ面の俺はカップのコーヒーを一気に飲み干した。
血の輸出……。
スイスの歴史、傭兵関連について触れた歴史書ではそう記される事が多いが、ドラゴンが出る異世界でも例外はないということか。
すかさずシャール少佐がポットからお代わりを注いでくれる。礼を言うのも忘れ、俺は二杯目のコーヒーに口をつけ、ため息をついた。
「第一次世界大戦と……その前後に結ばれた国際条約は影響がなかったのか?」
「一九一五年に締結されたハーグ陸戦条約の事ですね。この条約は、自国の傭兵同士が戦火を交える事を禁じていませんから問題ありません。また、第一次世界大戦の影響は、開戦から三ヶ月後、一時的に全傭兵の貸し出しを禁止する法案が議会に提出され、傭兵団の根こそぎ動員、全滅という最悪シナリオを回避する選択がなされました」
「その状態で中立維持ができたわけ?」
「幸いながら各国共に自国のことで精一杯で、リンデベルンの方針転換を問題にする国はありませんでした」
「そして今は、ドラゴンナイト主体の第二次欧州大戦が勃発か……ドラゴンナイトの派兵は……デンマークがまさにそうなんだな?」
「はい。緒戦でゲルマニアに攻めこまれたポーランドは、自分たちが有するドラゴンで対抗できると考えたのか、リンデベルンに派兵要請を出さぬままゲルマニアの蹂躙を受け、崩壊しました。なお、この戦いの時、ゲルマニアはリンデベルンに対しドラゴン一頭の派兵要請を出し、実戦参加しています」
「一頭だけ? 狙いはなんだ?」
「推測ですが、我々のドラゴンが使い物になるか、確認をしたかったのだろうと言われています。以後は派兵要請なしですから、彼らにとっては期待外れだったのかもしれませんね」
「フランスやブリタニアは?」
「ブリタニアは派兵要請を出し、リンデベルンは四頭前後のドラゴンを派兵しています。その他、ノルウェーに二頭、デンマークに一頭ドラゴンが展開、ゲルマニア軍と交戦中です」
「ノルウェーとデンマークはほぼ同時期に攻めこまれたと思うけど、開戦から何日経ったわけ?」
「約三週間ですね。特にデンマークは、ゲルマニア軍相手によく持ちこたえていると思いますよ。なにしろ国土の大半が平地で、防御に有利な地形がほとんどない国ですから」
確かによく持ちこたえている。
俺の方の史実じゃ、デンマークはドイツに攻めこまれて四時間で降伏し、イギリスを大いに失望させたことで知られている。四時間と三週間じゃ一二六倍だ。
「持ちこたえているのは、ドラゴンのお蔭と言う事?」
「その辺の判断は私よりシャール少佐の方が的確でしょう」
話を上級士官に振ったクレア・クライン中尉は微かに肩をすくめた。
シャール少佐も苦微笑を返した。
「デンマーク軍が自前で持つドラゴンが二頭、こちらもクライン中尉のドラゴンが追加され、計三頭。三頭のドラゴンが展開する戦線を突破するのは、容易な事じゃない」
「それでもゲルマニア軍の戦力は圧倒的ですよね。上層部は戦いの行方をどう考えているのです?」
「その辺は、俺にもよく判らんよ。一介の少佐に降りてくる情報にそこまで期待されても困る。というわけで、リンデベルン王国の国是と傭兵部隊の関係性についての説明は、こんなところでいいかな、黒田彩夏」
「ええっと……傭兵団、特にドラゴンナイトの大半は二級市民という理解でいいですか? その辺が曖昧なまま話が進んでいたように思えるのですが」
シャール少佐は肩をすくめた。
「その理解で正しい。ここ数年の間にドラゴンナイトの数が急速に増えたのも、各国の軍を脱走、もしくは徴兵される前に国を逃げ出したドラゴン使いの少年少女がリンデベルンに亡命を求めたからだ。亡命者の大半は、最初は二級市民扱いだから必然的にそうなる」
「軍務はどうなのです? 一級と二級に違いはあるのですか」
「正規軍の大半は一級市民で構成され、その意味で違いはある。基本的に正規軍は国内展開が基本で、外国に出て戦うのは傭兵団の仕事だ。その意味で、一級市民は国内、二級市民は海外展開扱いになる事が多い」
「隊員たちから不満が出る事はないのですか?」
「なにしろ傭兵団だからな。居住区域に制限はあるが正規軍が科している訓練より自主性にまかせたモノが多く、自由時間もあり、給料も高い。むしろ正規軍の一級市民隊員たちがこの点について、傭兵団を羨ましがっているのが実態だ。市民権について真剣に悩む年でもないから、二級市民扱いでも構わないとする空気が強いのが傭兵団の特徴だな」
その辺は事前に予想していたので俺はうなずいた。
過去の自分を思い起こしても、選挙権、市民権について真剣に考えるようになったのは二十歳を過ぎた後の事だ。
それが十代半ばとなれば、公民権に拘わる問題より目先の自由や給与にどうしても目が行くだろう。
「彩夏の場合、一級市民扱いで傭兵団に所属させる事もできるが、その辺はどう考える?」
「そこまで話ができるという事は、俺の所属は傭兵団預かりになったという事ですね?」
「今回のペーターセン少佐のやり方は強引が過ぎると、デンマーク軍内からも批判が出て、一件落着だよ。君の所属はリンデベルン傭兵団だ。どの戦隊に所属するかの調整はこれからだがな。それで、どちらを選ぶ? 一級市民か、二級市民か」
「今は保留でいいですか」
「そうか。まあ、よく考えて見る事だ」
そう言ってシャール少佐は壁にかかった時計を見、クライン中尉に顔を向けた。
「話が前後するが、機体の給油、整備は完了、負傷兵の乗りこみも終わっている。いつでも本国に向け出発できるぞ、中尉」
クラインは身を正した。
「はい。少佐自らお知らせ戴き、感謝に堪えません。クレア・クライン中尉は、ただちにフェン島基地を出発、リンデベルン本国に帰還致します」
「うむ。フライトの安全を祈る。ああそれと……」
少佐は懐から何かを取りだし、俺に放った。
空中でキャッチした俺は怪訝な顔を少佐に向ける。
受け取ったのは何かの鍵だった。一瞥すると、番号が入っている銀色の鍵だ。
「彩夏に、個室の使用を許可する。一階、七号室がお前の部屋だ。今夜から使うがいい。以上だ」
そう言ってシャール少佐は扉から出て行った。
クラインは微かな微笑みを俺たちに向け、言葉を継いだ。
「というわけで……お別れね。今日は皆と話ができてよかったわ」
「話の大半が彩夏絡みなのが遺憾だけど、今日は顔を見られただけでも良かったわ、クレア」
相変わらず毒舌なのはノア・ニールセンの個性なのだろう。
俺は立ち上がり、クライン中尉に一礼した。
「今回は、俺のために貴重な時間を割いてくれてありがとう、クライン中尉」
「私も、あなたと話せて楽しかった。それに、日本人にサミア人への偏見がない事が判ったのは収穫よ」
「それは……どうも」
応じつつ、俺はクライン中尉をあらためて見つめた。栗色の瞳と髪をしたクレアの整った相貌は、ノア・ニールセンが持つそれとは違ったベクトルで美しい。そう思った。美人を見ると心が晴れるという話は本当だと思う。
それから俺たちは外に出て彼女の出発を見送った。
周囲は負傷者を乗せたDC3を見送る傭兵隊員たちで溢れかえっていた。
輸送機のドアが閉まり、DC3のプロペラが回り、エンジンの轟音が響く中、俺たちは彼女の離陸を見守る。
「帽振れ!」
大声が響き、傭兵団の面々が軍帽を脱ぎ、手にかざし大きく振って離陸を見送る。
離陸速度に達したDC3が鮮やかに大地を離れた。
安定感ある離陸に俺は彼女の操縦技量を見た。悪くない離陸だ。
夕陽の中に消えていく機影を眺める俺に、車椅子の微かな軋み音が聞こえた。
「彩夏……あとで話があるんだけど、いい?」
小声で囁くニールスに俺は怪訝な顔を向ける。
ニールスの顔つきは明らかに落ちこんでいた。憂いを秘めた顔立ちが残照に染まる様はある意味美しくも憂色を秘めている。
何かあるな。
察した俺は小声で囁き返した。
「消灯後、来てくれ」
そう言って俺は先ほどシャール少佐から渡された個室の鍵をニールスに渡した。
「うん。必ず行くよ」
そっと囁き返したニールスは車椅子をターンさせ、俺の元から去っていった。




