第四章──頑迷なるガムラン④
俺たちはライオンのパーソナルマークを見つつ、顔を見合わせた。ノアが自分に半分呆れたような口調で切り出す。
「それにしても、対ゲルマニア戦が本格的に始まったのにパーソナルマークの話をしているなんて、傍から見たら呑気なものよね」
「そうだな。でも、今激戦になっているのは北部ベルギーとオランダだ。俺たちの出る幕じゃない」
「そっちの戦いはフランス軍がやっているのよね」
「ああ。かなりの激戦になっているらしい。完全にマンシュタインの術中にはまっているよ」
「これはあなたの力でも……」
「なんともならない。ニールスの力を以てしても、シャール少佐が出て行っても判断は覆らないよ。フランス軍参謀本部が、傭兵部隊の言ってる事に耳を貸すはずがない」
「聞いてるだけで鬱になってくるわ」
「俺たちのやれる事は限られる。その中で最善を尽くすんだ」
「パーソナルマークを描くのも、その一つ?」
「目立つマークを描いておけば、乱戦になっても一瞬で見分けが付く」
クレアの声が聞こえたのはその時だった。
「ノア、彩夏、どこ?」
俺たちは声のする方に小走りで進んだ。見つけた。前方にクレアがスケッチブック片手にやってくる。
「待たせたわね、出来たわ」
「ありがとう。見させてもらうよ」
俺たちは早速その場でスケッチを確認した。
俺とノアは思わず息を飲んだ。
タッチは若干荒いが、ハリネズミ、モズ、コウノトリが見事に描かれている。特にモズは飛んでいる様が実に精悍だった。
「これは……」
「凄いわね。本職でも通用するわよ、クレア」
ノアの褒め言葉にクレアは照れて笑みを返した。
「亡命前は美術部で絵ばかり描いていたからね。少しは役立ったかな」
「早速キーガーに見せてやろう」
「そうね」
「キーガーって?」
「絵心がある整備兵のことだよ。かなりの腕前だからクレアの絵をカラーで見事に再現してくれると思う」
俺たちは一〇分ほどかけてキーガーの姿を見つけた。筆やペンキがセットになって置かれている区画で、どうやらここが彼のアトリエらしい。
キーガーはスケッチプックの絵を丹念に見つめた。
クレアはその後ろで恥ずかしげな表情をしている。
「どう……ですか?」
「これは……かなり上手い人の絵だね。うん」
俺とノアは同時に言った。
「それじゃ……」
「引き受けてくれるか?」
「喜んで。三機合わせて三時間もあれば仕上がるから、午後にまた来て下さい」
「ありがとう」
俺たちは三人そろって彼に礼を言い、その場を後にした。創作現場でうろつかれても迷惑になるだけだ。
「さてと……時間をどう潰そうか」
俺が呟いたところ、いきなり上空から黒い影が現れた。
それはドラゴンだった。見覚えがある奴だな……と思っているうち、続いてDC3が着陸する。
機内から降りて来たのは、エルナ・オイラー大尉だった。俺たちは大尉の元に駆け寄った。
「参謀本部からですか、オイラー大尉?」
「ええ。最新の情報も含め、シャール少佐と打合せよ」
その時、不意に頭の中で彩夏の声が響いた。
(なあ……これっていったんリンデベルンに戻る好機じゃないか? ドラゴンと融合して飛べば、ゼーレン基地まで約三〇分だ)
『あっ、その手があったか』
俺は押えた口調で言った。
「大尉、打合せに要する時間はどれほどですか?」
「最低でも三時間、詳細を詰めたり補給の手続きまで含んだら三時間半は固いわね。それがなに?」
「だったらここまで来るのに用いたドラゴンとDC3、お借りできませんか?」
「いいけど……何に使うわけ?」
「今、三時間ほど時間が余りまして、一度ゼーレン基地に戻りたいんです」
「わかったわ。私のドラゴンの名前はスアーゾル、ラテン語で助言者を意味する言葉よ。だから……」
大尉は首からネックレスを外した。
「このネックレスをして、スアーゾルの名前を呼べば普通に融合できるわ」
「なんです、このネックレス?」
「本格的な戦争が始まったから、ドラゴンとの厳密な紐付けとして、魔石に名を刻んだものよ。これがないと今後は融合できない。まあ、車のエンジン始動キーみたいなものね。あなたたちの分も持ってきてあるから、帰ってきたらネックレスを受け取りなさい」
「わかりました」
「とりあえず、三時間以内に帰ってきなさい。シャール少佐には私の方から言っておくから」
「ありがとうございます」
三人で敬礼し、俺たちはオイラー大尉を見送った。
俺は二人に言った。
「いったん基地に戻ろう」
「戻って何をするわけ?」
「ゾマーチーフにBf109Fのことを聞くのと、みつばち広間で昼飯、あとはゾマー女将に有効なBf109戦術のことを尋ねる。そんなところかな」
クレアが微笑み返した。
「それなら有意義ですね。ここで三時間、ぼ~っとしているより遙かに意味があります」
「賛成ね」
俺たち三人はオイラー大尉のDC3に乗り、さっそく離陸した。高度一〇〇〇メートルまで上昇したところで操縦輪を握る俺が、
「スアーゾル・カム・ヒア」
と言うと、たちまち前方七〇メートル先に大尉のドラゴン、スアーゾルが出現する。
あとはいつもの通りだ。「融合開始」を宣言し、スライムが全身を覆うぬめりの儀式を終える。今や手馴れたものだ。
それから約三〇分。
見慣れたゼーレン基地の姿が眼前にあった。
俺は融合を解除し、着陸した。
滑走路ではDC3の群れが誘導路を埋め尽くしていた。双発輸送機が二〇機以上、離陸準備を整え、エンジンを回している。
プラット・アンド・ホイットニー R一八三〇エンジン、離昇出力一二〇〇馬力の轟音が木霊する中、俺は整備兵に
「どうしたんだ、このDC3の群れは?」
と怒鳴った。向こうも怒鳴り返してくる。
「臨時基地まで二五〇ポンド爆弾を運ぶためだよ。八四機に二発ずつ、最低で一六八発、予備も含めて一九〇発を一度に運ぶにはこれだけの数が必要なんだ」
納得した。着陸を終えた俺は、DC3を誘導路ではなく滑走路の端に離陸の邪魔にならぬよう駐機した。その間にも爆弾を積んだDC3が次々と離陸していく。
俺たちはそれを見送ってからゾマーチーフのところに向かった。俺たちを見たチーフは、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で見つめ返した。
「おう、フランスに出立したと思ったが、出戻りか?」
「似たようなものです。Bf109Fの想定改造機、どうなってます?」
「運がいいな、彩夏。昨日、仕上がった所だ。試験飛行は既に終えてある。どうする、乗ってみるか」
「スピットファイアマークⅤと模擬空戦して、試して見たいと思います」
「じゃあ、ペイント弾装備で格納庫に置いてあるから乗ってこい。場所はB4格納庫の前側、E型との見分けは……」
「水平尾翼に斜め支柱がないタイプがF型ですね」
「そうだ。想定データに合わせてエンジンの馬力もアップしておいたから、実機と比べても遜色ないものに仕上がったと自負している」




