第29話 メタ視点
陽花が録音していた音声。
それは、俺と遊星、それから陽花の三人が喋っているような、そんなものだった。
けれどその中にも、陽花が瑠香へ伝えたいことはある。
「っ……!」
ガラス片の散った小さな和室。
偉そうに、しかも土足で侵入している俺と陽花の前で、陽花は下を向きながら唇を噛んでいた。
「どうですか? 遊星先輩、こんなにも瑠香先輩のことを大切に想ってるんです。これを聴いて、まだあなたは優しさがどうだとか、訳のわからないことでとら君を振り回すんですか?」
呆れたような、うんざりしたような、そんな口調だ。
あと、少し悪役っぽい雰囲気もあった。
血の繋がりは無いが、人は近しい存在の特徴を無意識のうちに真似るものなのかもしれない。
若干、伊刈虎彦のような、そんな雰囲気が陽花に宿ってる気がした。少し嫌だ。
「自分が、とら君の追い求めている葵さんだ、って嘘をついたところから始まって、散々遊星先輩にも迷惑を掛けているのにも関わらず、遊星先輩は、まだこんなにもあなたのことを想ってる。それ以上に何が必要なの? いい加減、ふざけるのはやめてください」
このままだったら、何をするかわからない。
そんな凄みが、今の陽花にはあった。
傍で、俺はヒヤリとする。
ただ、窓ガラスを壊せたのも、実は陽花のこの雰囲気に後押しされた部分があった。
冷静になって、義妹の怒りを痛感する。
「……あなたは何? 伊刈君の妹さんだよね? そんなあなたが、どうして私にいちいちそうやって突っかかってくるのかな?」
下にやっていた目線を徐々に上へ戻しながら、静かに反論する瑠香。
もう、遊星のことを素直に受け入れたらいい。
そう思っていたのだが、瑠香は陽花のセリフを正面から叩き切るような、そんな返しをしてきた。
「お前……」
思わず、チラリと遊星の方を振り返ってしまう。
どうしようもない陽花への苛立ちもあるが、それよりも感情として勝ってしまったのは、遊星への憐れみだった。
仕方ない、とでも言いたげな、哀しみに満ちたような顔をしている。
「どうして突っかかってくるかって、そんなの決まってます。私が好きなのはとら君で、先輩はそんな私の想い人を都合の良い当て馬として考えてる」
瑠香は悪役のような笑みを浮かべながら言う。
そんなことはない。私は伊刈君のことが好きだよ。
と。
「だから、そういうのをやめてくださいって言ってるんです。そんなことして、瑠香先輩には何一つ得なんて無いんですよ? 遊星先輩は既にあなたのことを想ってるし、それに……」
「だから、本当に想ってくれているのなら、全部を断ち切ってって言ってるの」
陽花の話を遮るようにして、瑠香は強く言い放った。
視線の先にあるのは、陽花じゃない。
俺たちの後ろで立ち尽くすままの主人公、遊星だ。
「遊星が優しいのも、いざって時に頼りになることも、良いところだって、私はいくつでも言える。それは確かだよ?」
それでも、という話だ。
「でも、それはどれも私だけに対するものじゃない。史奈にもしてるし、皐月にもしてる。もしかしたら、他の女の子にだってしてるかもしれない。ううん、かもじゃないね。絶対そうなの」
「ち、違っ……! 俺は……!」
ようやく遊星が声を上げた。
俺たちは、一斉に奴の方を見やった。
そうだ。
結局、力を振り絞らないといけないのは遊星なのだ。
俺たちはモブで、ルートを終わらせる力なんて何一つ持っちゃいない。
だから、願いを込めて見やった。
最後の引き金を。
瑠香の心の突っかかりを解いてやってくれ、と。
「……俺は……何?」
陽花の声が、その場で静かに流れる。
辺りは夜の闇を世界に運ぼうとしていた。
互いに細かな表情変化を読み取れなくなってき始めている。
それでも、遊星が力を込め、意を決して言葉を紡ごうとしているのはわかった。
俺は、奴のことをジッと見つめ、心の中で初めて応援した。
頑張れ、と。
「俺は……そんな……複数の女子を好きになれるほど……器用じゃない」
「それは遊星がそう思ってるだけだよ? 遊星は、皆の好感度を満遍なく上げるのが上手」
まるで、ゲームのプレイヤーみたいに。
俺のことを見やりながら、嫌味のように言う瑠香。
一言返してやりたい気にもなるが、それはしない。
グッと堪え、遊星の喋りを優先させる。
「そんなことない。本当にそんなことないんだ。俺が好きになれる女子なんて、本当にただ一人で……」
「……それが私だって言いたいの?」
「っ……! そ、そうだ! 瑠香一人だ! 瑠香一人なんだよ!」
大きな声だった。
その大きな声のまま、俺と陽花のことを挟んだ状態で、遊星は瑠香に対して続ける。
「好きだ瑠香! 好きなんだ! ずっと、ずっと、ずっと、お前のことだけを守りたい、傍にいて欲しいって思ってた! どうしようもないくらい好きで……本当に俺は……! 俺は……!」
よく言った。
思いの丈を叫んだ反動か、遊星はその場で顔を抑え、自らの情けなさを悔いるように声を震わせる。
俺は、そんなエロゲ主人公へ手を貸すように、遊星のことを見つめる瑠香へ言葉を投げた。
「あいつが必死に俺からお前のことを守ろうとしてたの、忘れた訳じゃないだろ? あの言葉は本物だと思うぞ?」
瞬間、固まっていた瑠香の表情が崩れ始めていく。
視線がまた下の方へ行った。
肩を落としたような様子で、瑠香自身も震えるような声をさせながら返してくる。
「……でも……でも……そんなの……遊星はいくつも『ルート』を持ってて……」
……?
ルート……?
「こ、これもそう! 遊星からしてみれば、私は恋愛ルートの一つでしかない! 史奈とか、皐月とか、グッドとかバッドとか、色んなルートの中の一つでしかない! だからそんなことを言われても私は……っ!」
そういうことだったのか、と。
俺の中で一つ繋がった。
「お前……結構メタい視点を持てるキャラだったんだな」
緊迫のムードで、こんなお茶を濁すようなセリフをするべきじゃないのかもしれない。
でも、それが答えだというのなら、俺はその禁止カードを平気で切ってやった。
冗談っぽく、コソッと言うと、
「そうよ! 悪い!? 私だけなぜか遊星のこと、変な視点から見れたから!」
と、涙ながらに、ツッコむようにして返してきた。
そのまま、瑠香は顔を抑えて涙を袖で拭く。
陽花も、後ろにいた遊星も、ポカンと口を開けて疑問符を浮かべていた。
俺は、思わず笑ってしまう。
笑って、一人清々しい気分になっていた。
……いや、一人ではないか。
「なるほどなるほど。そういうことだったんですね……九条部長」
言うと、この場にいた皆が、一斉に辺りを見回した。
さっきから、庭の方で隠れていたのは知っていたのだ。
……それも、部長だけではなく、他の二人も。
「……! ぶ、部長さんに……史奈と……皐月……?」
涙しながら驚く瑠香が口にした人たち。
その三人が、隠れていたところからゾロゾロと出てくるのだった。




