第28話 ボンクラなあなた。
「お、おい伊刈! いや、正木……なのかはわかんねえけど! お前マジで何やってんだよ!?」
窓ガラスを割ってすぐ、遊星が俺に対して大きい声で言ってくる。
俺は、奴を睨むように、滲ませた怒りを隠すことなく、静かに返してやった。
「このままじゃ埒があかない。こういうのは、俺がドン引きされるような行動するくらいでちょうどいいって気付いたんだよ」
「は、はぁ!?」
動揺する遊星に対して、俺は「ついて来てくれ」と伝える。
けれど、奴は「待てよ」とさらに俺の足止めを図ってきた。
「お前、まさか自分が悪役だからって、わざとこんな突飛なことしてるのか……?」
「だったら何だ? 俺が突っ込むしかないだろこんなの」
現に、瑠香もそれを望んでいるようだしな。
「ふざけんなよ!? お前は一体どこ見て生きてるってんだ!」
「陽花だよ。陽花だけ見て生きてる」
俺の言葉に、遊星は虚を突かれたような反応を示した。
思ってもいなかった、というのは容易に想像できる。
「本来ならトラブルメーカーであるはずの俺だけど、諸々お前らなんか無視して、俺は陽花とイチャラブしたかったんだよ。義妹だしな。血縁も無いし、禁忌ってわけでも無い」
気持ち悪い、と。
冷静なやり取りができるシーンでなら、そんなふざけた毒も飛ばせただろう。
でも、今は違った。
遊星は真剣に俺を見やり、心配そうな表情で陽花を見つめた後、またこっちに視線を戻した。
「正木……それは本気で言ってるのか?」
もはや、伊刈呼びでもない。
俺の存在を認識したように、哀れむみたいにして言って、奴は寂しそうな顔をしていた。
そうこうしていると、目的としていた奴自身も、自分から姿を現してくる。
「何……やってるのよ!?」
瑠香だった。
リビングか、別の部屋からやって来たであろう瑠香。
彼女の表情は恐れに満ちていて、まさか俺がこんなことをするとは思ってもいなかった、とでも言いたげな顔をしている。
せせら笑いそうになった。
自殺を仄めかしていたようなお前が、そんな顔をして俺の行動に驚きを示してくるのか、と。
「……っはは。笑える。何だよその反応。死のうとしてた奴のする顔じゃねーな」
実際、笑いそうになるどころか、俺は笑っていた。
控えめではあるが、瑠香のことをバカにしていた。
ちょうどいい。
遊星の言う通り、悪役は悪役らしく、だ。
土足で足を掛け、部屋の中に踏み入ってから、瑠香と相対する。
「元々、何も知らない奴からしたら、俺はこういうポジションだろ? 器物破壊の不法侵入まではしてなかったと思うが、まあ、細かいところは気にしない。人の恋人を寝取るのに、手段なんか選ばなかった悪役だ」
「……っ……あなた……本当に何を言って……!? こんなの……お父さんとお母さんにバレたらどうなるのかわかってるの!? 捕まっちゃうんだからね!?」
「さあ、どうだろうな。お前と付き合いたくて、そこにいる遊星と取っ組み合いの喧嘩をしていたら壊してしまった、くらいに言っとけば、お縄になることはないんじゃないか?」
言ったそばから、遊星が後ろで反論の声を上げた。
目の前にいる瑠香も、そんなの通じるか、という主張だ。
ほとほと、どうでもいい。
「まあいい。捕まるも捕まらないも、後の処遇次第だ。俺もある程度受け入れる覚悟でいるけど、とにかくお前は聞け、瑠香」
「下の名前で呼ばないで……! こんなことして……絶対にタダでなんか済ませるわけ……!」
彼女が言葉を言い終える前に、俺は深々と息を吐いた。
安堵と、呆れと、諸々が入り混じった複雑なものだ。
「瑠香、お前は最初からそういう感じで俺に来れるなら、それで貫き通しとけば良かったんだよ。何でわざわざ不安を煽るようなことをした?」
この場にいた全員が、俺のテンションの変わり具合に疑問符を浮かべたと思う。
いや、違うか。
陽花だけは違う。
窓ガラスを割ってから、唯一俺のことを否定しなかった陽花だけは、変わらずにジッとこっちを見つめ続けてくれていた。
「遊星が優しくないとか、優しさが分散してるとか、挙げ句の果てには自殺する? ほんと、人騒がせもいいところだろ。マジで反省してくれ。ラバポケの清純な瑠香を返してくれ本当」
もう、緊張の展開はここまででよかった。
俺が一転して冗談っぽく言ってみるのだが、二人からしてみればそれはそうそう受け入れられるようなものではないらしく、
「い、いやいや、お前何なんだよ急に! 笑い話みたいに済ませようとすんのやめろよ! 窓壊してまで家の中侵入しようとしたんだぞ!? 犯罪だろ、普通に!」
遊星にそう詰められる。
まあ、冷静に考えて犯罪だ。
嘘偽りなく言えば、言い逃れなんてできないだろう。
「でも、それくらいしないとこいつは家開けようとしてくれなかったじゃん?」
俺が瑠香の方を指差しながら言うと、彼女は「そんなことない」と否定してくる。
が、正直そんなことは何とでも言えることだ。
俺は首を横に振り、被せるように否定した。そんなことないことない、と。
「だいたい、遊星。お前もお前だよ。さっきまで俺と手を組むみたいな雰囲気作ってくれてたのに、急に何だ? もう同盟解消か? 裏切り早すぎやしねーか?」
「う、うるせえよ! 俺はまさかお前がこんなとんでもないことするとは思ってなかったんだよ!」
せっかくまともな奴だと思いを改めたのに、と。
遊星はそう主張してくる。
俺は呆れ笑った。
「まともな奴だったはずだよ。けど、まともじゃないのが俺以外にいたからな。そいつをどうにかしないといけないから、まずは自分が突飛な行動してみた。そしたらまあ、どうも成功したみたいだ。こんなに血相変えて目の前まで来てくれた」
言うまでもなく、視線の先には瑠香がいる。
瑠香は、悔しさや動揺を滲ませながら、俺を睨んできているが、そこに怒りのような感情は無かったように思える。
でも、わからない。
俺が思うだけで、こいつがどういうことを考えているのかまで、深くは知らない。
「ねえ、瑠香先輩?」
そんな折。
それまで黙り込んでいた陽花が口を開き、スマホの画面を見せつけながら瑠香の名前を呼んだ。
俺たち三人は、一斉に陽花の方を見やる。
「遊星先輩の、私たちとのやり取り、さっきまでのやつ録音してるんです。聴きますか?」
「は……? 何いきなり?」
ぶっきらぼうに陽花をあしらう瑠香。
けれど、陽花は臆すことなく俺と同じように土足で家の中へ入り、俺の隣に立ってから、改めて問いかける。
「あなたが気付かなかった遊星先輩の想い、ここに全部録音してあるんです。これ、今からすべて聴かせてあげましょうか、って言ってます。どうしますか? 聴きたいですよね?」
ここまでのメンヘラ行為してるんだから、と。
これでもかというほどの皮肉を混じらせ、クスリと笑みながら瑠香に言った。




