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星のオトシモノ【愛の火種が降る夜僕らは空を見上げる】  作者: 高冨さご


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 軽くなったスポーツバックを背負い、球場から駐輪場まで駆け足で舞い戻って来たナオ。やることは決まっている。自転車達の救出だ。

 しかし愛車の傍に駆け寄ると、なぜか寝転がっていたすべての自転車が元通り列をなして並んでいるではないか。

「あれ? 直ってる……」

 誰か戻してくれたのかもしれない。そう思いながらそれらしい人物を探すように、周辺を見渡してみる。近くのベンチには腰の丸まったご老人が一人だけ座っていた。犬の散歩途中、小休憩を取っているようだ。他にそれらしい人影は見当たらない。まさかあのご老人が一人で直してくれた訳ではあるまいな。そうであればきちんとお礼を伝えるべきだと思ったナオは、おじいさんへ声をかけてみることにした。

「あのー。すみません」

 割と大きめの声で呼びかけたつもりであったが、ご老人は見向きもしない。聞こえていないのだろうか。顔を覗き込んでみると、船を漕ぐように身体を前後に揺らしていた。この蒸し風呂状態の中居眠りなどとは、実に肝の据わった男である。いや、もしかすると気を失いかけているのかもしれない。

 万が一のことがあってはいけないと、ナオは生存確認のためにももう一度声をかけた。

「あのー! 聞こえてますかー!」

 突然降り注いだ大声に驚いたのは、ご老人ではなくなんとリードに繋がれた柴犬の方だった。キャイン! と甲高い声を上げると、ベンチを飛び越える高さで飛び跳ねる。それに驚いたご老人もまた飛び起きると、握っていたリードはするりとその手から抜けて落ちて行った。自由に解き放たれた犬は気の向くままに、駐輪場の周りを走りまわっている。

 曲がり角を勢いよく回ったその時、リードの持ち手が偶然にもナオの自転車のペダルに引っかかってしまった。本日二度目となる見事なドミノ倒しが目の前で披露されたのである。期待していなかったピタゴラスイッチに、思わず顔を覆い隠すナオ。ご老人はあっけにとられながらその様子を眺めていたが、思い出したかのように犬の名前を呼びかけた。

「ペロや! 戻っておいで!」

 ペロはご主人に呼ばれたことで落ち着きを取り戻したのか、いそいそと飼い主の元へと戻って来る。突然のスターティングピストルを鳴らされてしまい不本意な有酸素運動であったが、犬としてはいい気分転換になったようだ。大口開けてハフハフ息をしている姿は、どことなく満足げに笑っているようにさえ見えてきた。

 対するご老人は手放されたリードを握り直しながら、なぎ倒された自転車を見つめ目を細めていた。そしてしばらくすると、大き目のため息をついて見せる。

「こらいかんことをしたなあ……」

 どうやらこの自転車を元に戻す算段をした結果、一人では難しいという答えが出た模様。自転車を倒したのは犬なのであるが、もとはと言えばナオが大声を出してしまったことが元凶である。この現状を無視しておくわけにもいかず、ナオはその場を買って出ることにした。

「あの、私が直しときましょうか」

「ええかのう。ちょいと膝が悪うて」

「いえ、いいんです。確認したいことは出来たので」

 ご老人にはなんのこっちゃ分からなかったであろうが、ナオは先ほどのドミノ倒しを直してくれたのがご老人でないということが判明したことで、最初の目的は達成していたのだ。

 勝手に納得し意気揚々と自転車を直す作業に没頭し始めるナオ。傍らではペロがその場から立ち去ろうと、ご老人を力強く引っ張っているようだった。このまま待っていて貰ってもその後特にすることはないので、ナオは任せておけという合図で軽くお辞儀をした。すると、ご老人も後は頼んだと言わんばかりに手をあげるジェスチャーで返答し、犬に引かれるようにその場から立ち去って行くのである。

 彼が自転車を直してくれた張本人でないとするのなら、他に通りがった親切な人がいたに違いない。この世も捨てたもんじゃないなと思いながら最後の一台に手を添えた時だった。タイヤの隅で何かがきらりと光ったような気がした。

「なんだこれ」

 中腰のまま手を伸ばして拾い上げる。河原の隅に落ちているような丸っこい石が一つ、そこには転がっていた。だが、ただの石ではない。よく見ると、その石自体がぼんやりと光っているように見えた。蓄光石のようなものだろうか。もしかすると一度目のドミノ倒しを直してくれた人の、落とし物なのかもしれない。

「綺麗……」

 ほんのりと温かみも感じるその石を見つめたまましばらくそこに立ち尽くしていたが、額から伝って落ちて来た自らの汗で我に返る。

 どれほどそこに立っていたのか分からないが、激しいのどの渇きを覚え誘われるように近くの自動販売機へと走りスポーツドリンクを購入していた。無意識に取り出していた財布を、無造作にポケットへと突っ込む。

 早々にドリンク半分を胃袋に収め、硬くキャップを閉めなおした時だった。

「よっしゃ! 気合入れて行くかあ!」

 なんだか無性にやる気が出てきて、本日最もウルサイ渾身の独り言が飛び出した。その声には数メートル先のご老人だけでなく、息を切らしていた犬さえもびくりと肩を震わせ息をのんだのだが、当の本人が気づく様子は全くといってなさそうだった。ペットボトルを自転車の前かごに放り込むと、ジェットコースターのように再び炎天下の元へ飛び出して行く。ポケットの中に、輝く石を潜めて。


 来るときには気持ちも前のめりになっていたのか、どんな苦行の道でも耐えることが出来た。故に地元民だけが通るであろうでこぼこ道を近道として選んだ訳だが、帰りはそうともいかない。少し遠回りにはなるが、舗装されたアスファルトを進むことにした。

 しばらく見ないうちに道路沿いには、真新しいお店がずらりと並んでいる。少しでも地域を活気づけようと市長が推し進める、街活プロジェクトの影響だ。エネルギッシュな若者が注目を集めるお店をどんどんと展開させている。おかげで観光客も増えて、さびれていた町も少しずつ元気を取り戻して来たような気がする。(一部地元民だけで盛り上がる商店街を除いてではあるが……。)自分の地元が盛り上がるのは、この街で生まれ育ったナオにとっても喜ばしい事だ。活気溢れる観光客を横目に見ていると、この道を選んで良かったなと自然と笑みもこぼれ落ちていた。

 そんなオシャレな店に取り囲まれた通りを進んでいると、一軒のパン屋が彼女の視界に飛び込んできた。


 キキキキーッ!


 その風景と似つかわしくない油切れのブレーキ音が、街中に響き渡った。ナオは足で地面を蹴るようにしながら、通り過ぎてしまったパン屋の前へいそいそと戻って来る。

「うわお! 超絶ラッキーじゃん!」

 店の前に出ている黒板アートが成された看板には、大きな文字で『カレーパン焼き立て!』と書かれていた。なんと彼女、カレーパンには目がない。

 普段であれば商店街の中にある昔ながらのパン屋で購入し、家に向かう坂道を登り切る前に食べつくすことが多いのであるが、いつもと同じというのは安心する反面些か刺激が足りなくなるもの。だからこそ新しいパン屋に出会うと、すぐさま新種のカレーパンを堪能するのだ。しかも焼きたて! これに越したことなどない。

 ナオは大急ぎで自転車を店の前に止めると、駆け足で店の入り口へと向かった。自分の家と負けないくらい可愛らしい木の扉を目の前に心躍らせながら、ゆっくりと手前へと引き寄せる。

「いらっしゃいませ」

 店員の明るい声が少し手狭な店内に響きわたった。ナオは入り口付近に置かれているトレイとトングを手に取ると、目的のカレーパンへ一直線に向かう。

 ――良かった! まだ何個か残ってる!

 そのひとつを持ち上げようとトングを伸ばした時、カツンと何かに弾かれた。手元を見ると、反対方向から同じ形のトングが差し出されている。

「あ」

「すみません」

 ナオは咄嗟に出た謝罪を口にしながら、トングをぶつけた相手を見上げた。そこには身長を優に一八〇センチを超しているであろう細身の男性が立っていた。このとんでもなく暑い真夏に少し長めのカーディガンを羽織り、動きやすそうなカーゴパンツを履いている。黄色く少し長めの髪の毛は外側に跳ね、目が隠れるくらいの前髪の隙間からエメラルド色の瞳がちらりと見えた。まるで宝石のように輝く瞳。

 その美しさに無言のまま見上げていると、男はへにゃへにゃした笑顔でナオへ笑いかけてきた。

「どうも、すみませえん」

 耳障りな間延びする喋り方だ。ナオは相手には分からない程度に眉間へ皴を寄せた。

 ――なんか、嫌な感じ……。

 しかしその心の声にすぐさま首を振るナオ。いかん、いかん、人を見た目で判断しては。

「こちらこそ、すみません」

 ナオはあっさりした謝罪をもう一度すると、何事もなかったかのように焼き立てカレーパンをひとつ持ち上げトレイの上に置いた。そのまま男の横を通り過ぎようとしたのだが、少し大きめのスポーツバックは狭い店内をすれ違うのには不向きで、見事に男の足元に鞄の淵がぶつかってしまう。

「あ」

 かすれるような声をこぼしながら、細身の男はよたよたとふらついた。その様子を慌てて振り返るナオ。何とかその場に踏みとどまった男は、またしてもへにゃへにゃと笑った。ナオはその様子を横目で確認しながら、小さく頭を下げる。

「すみません、何度も……」

「いえ、僕の方こそ」

 彼は深々と彼女にお辞儀を返した。

 ナオの目的は焼き立てカレーパンのみだったので、そのまま空いているレジへと直行する。すぐにお会計を済ませようと財布から小銭を取り出しているところで、突然背後から間の抜けた叫び声が聞こえてきた。

「うわあ~!」

 まさかと思い再び振り返ると、なんとそこには先ほどの長身の男が通路の真ん中でひっくり返っているではないか。空中にはひとつのカレーパン。放り投げられたパンは綺麗な放物線を描くと、入り口に立っていたおばさんのトレイの上に見事着地を決めた。パンが無事であったことに思わずホッと一息入れるナオ。そしてまだ地面に寝そべったままの男に目を向けた。

 ――先ほどから何をしているのだろうか、この人は……。

「だ、大丈夫ですか⁉」

 ずっこけてしまった彼に対して、後方にいた少し太めの男性客が怯えた様子で声をかけている。すると細身の男はお得意の笑顔を浮かべながら、やっとその場に立ち上がった。

「すみませえん、ちょっと足がもつれちゃっただけで」

 どうやら彼はその少し太めの男性客を半身で避けた後、またしてもバランスを崩したようだ。しかし今度はナオの時のようにはいかず、見事に自分の足に引っかかって転んでしまったという訳。なんと運動神経と無縁の男だろう。ナオは呆れながらその様子を見ていたが、店員からの声で我に返る。

「一八〇円です」

「あ、はい」

 ナオは慌てた様子で小銭がたんまりと入った財布の中から二百円を取り出した。おつりを受け取ると、大急ぎでポケットの中へ財布を押し込み、カレーパンの入った紙袋を受け取る。

「ありがとうございました」

 店員の声に小さく微笑みを返すと、すぐさま店から飛び出した。

 自転車にまたがりながら窓ガラス越しに店を覗き込むと、先ほどのへにょへにょ男はやっとレジへと到着した様子だった。買ったのはカレーパンひとつ。それだけのためになんと大騒がせなことか。

「世の中色んな人がいるよなあ」

 ナオは実に他人事な感想を残して、さっそくカレーパンを袋から取り出した。湯気が立つほどの熱々のカレーパンだ。思い切って大きな口で噛みついた。あふれ出す濃厚なカレーをハフハフと息を切らしながら食べるナオの額には、先ほどよりも大粒の汗がにじみ出ていた。

「美味しい~! けどあつーい!」

 大急ぎで飲みかけのスポーツドリンクを手に取ったが、すでに中身はほとんどお湯と化している。清涼感を得ることも出来なければ、カレーパンとの相性も最悪であった。スポーツドリンクで喉を潤わすことをあっさりと諦めたナオは、残りのカレーパンを口の中へと押し込んだ。

「なんか冷たい飲み物とかないかなあ。とびっきり甘いもの。食後にはやっぱりデザートっしょ!」

 ナオは今あったパン屋での出来事など既に忘れていた。肩にかけているタオルで汗をぬぐいながら、自転車を横に先へと進んでいく。

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