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星のオトシモノ【愛の火種が降る夜僕らは空を見上げる】  作者: 高冨さご


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23 『偉大な魔法使い』

「あの塔まで行ったら、アタシも魔法使い卒業かあ」

「寂しいですか?」

「全然。でも、あと三回は魔法使えるのに、それだけはちょっともったいないかなあって思っちゃう。出し惜しみせずに、使っとけばよかった」

 するとナオは何かを思い出したように、突然ミヅキの方を振り返った。

「そうだ! やっぱさ、その傷治させてよ!」

「傷?」

 ナオはミヅキの左腕を指さす。しばらく前のことで本人ですらその存在を忘れかけていたが、ナオは未だ治療のチャンスをうかがっていたようだ。

「せっかくなら良いことに魔法使っときたいの」

「いえ、これはもういいんですよ」

「いいから! アタシがそうしたいんだから!」

 そう言ってミヅキの目の前に駆け戻って来たナオであったが、実際の所どうやってすればいいかなど皆目見当もつかない。あまり期待を込めることなく本人に交渉する。

「ねえ、どうやってやるか教えてよ」

「そうですねえ。教えてあげたいところなんですが、僕は――」

「落ちこぼれ、でしょ?」

 ミヅキの言葉を遮ってナオが続けた。ミヅキは思わず言いかけた言葉を飲み込んだ。

「知ってるよ、そんなこと。最初に出会った時からずっとそうだったじゃん。でもさ、ちゃんとアタシの存在証明を見つけてくれて、ここまで一緒に来られたよ。だからきっと、全部うまく行くよ。ほら、だから教えてって!」

 ナオの前向きな言葉に観念したのか、ミヅキはしぶしぶナオへと手を差し出した。ナオはその手を不思議そうに見下ろしている。

「……?」

「手を握るんです。相手の手をぎゅっと握って、慈しみの心を分け与える。そうすれば次第に相手の傷は癒えます」

「手、か……」

 なぜ彼がこんなにも言い渋っていたのかを理解した。それでも何か起こるのではないかと諦めることなく彼の手を掴もうとするが、もちろんのこと簡単にすり抜けてしまった。両手を交互に出し代えては空気を切っているだけのナオは、むしゃくしゃして思わず自分の頭をかき乱す。

「くっそー! 出来ないじゃん!」

「だから大丈夫だって、言ったじゃないですか」

「でもさ! そんな怪我してたら心配しちゃうよ」

「誰がですか?」

 そんな当たり前のことを聞き返すんじゃないと言わんばかりに、ナオは眉間に皴をよせてミヅキを睨み上げた。

「誰って、そりゃ家で待ってる家族でしょ? もしアタシがそんな怪我して帰ったらさ、手当てされる前に、どしたのその傷! 跡が残ったらどうすんのー! って怒られちゃうよ。まあ、アタシが女の子だからちょっと過保護なのかもしんないけどね。魔法使いのとこは? その運動神経の悪さじゃ、昔っから怪我もよくしてそうだけどさ。大人になってそんな大怪我して、さすがのお母さんもびっくりしちゃうんじゃない?」

「…………」

 何の気なしに聞いたこと。だがその質問にミヅキは顔を逸らした。

「魔法使い?」

 ミヅキは静かに答える。

「もう、いないんです」

「え」

 ナオは言葉を詰まらせる。

「戦争で……」

 帰って来たのは予想よりはるかに重たい言葉だった。ナオは唇をかみしめると、自分が軽々しく口に出したことを深く反省した。

 マルクが言った。十五年前に家族全員がいなくなったと。だから勝手に一緒に人間界へと逃げたのだと思い込んでいた。助かったのがミヅキ一人だけだったなんて、考えもしなかった。

「そう、だったの……ごめん。アタシ……」

 ナオの落ち込んだ声に、ミヅキはあえて明るい声で返事をした。

「いえ、お気になさらず。もう、済んだことですから」

 ミヅキはそう言うと再び歩き出した。その言葉は、ナオに言ったのではないのかもしれない。けれどその言葉に納得がいかず、思わず言い返したくなった。だが、思うように言葉が出ない。彼が振り返ってくれることもない。結局は口をもごもご動かすだけで、彼の後ろをのろのろと歩くほかなかった。

 しばらく無言のまま歩いていたが、あまりにも背後が静かなのでいささか気味が悪くなってきて、ちらりと彼女を振り返る。そこには俯き加減で幼稚園児のようなローペースで歩く、ナオの姿があった。ミヅキが自分を見ていることに気が付いたのか、わざと横向きに顔を逸らしている。気遣いをさせたくなくてあえて冷たくあしらったつもりであったが、どうやら裏目に出たらしい。さすがのミヅキも、申し訳なさが勝る。

 彼は変わらず前を歩きながら、出来るだけ優しく声をかけた。

「昔、よく母さんがしてくれていたんです」

「え……?」

 ナオは焼け焦げた森の方へと逸らしていた顔を、ミヅキの方へと向き直した。

「傷の手当ですよ。僕はよく転ぶもんで、怪我なんて日常茶飯事でした。その度に母さんがさっきみたいに手を繋いで……」

 ミズキは自分の掌を見下ろす。


『ほら、手を握ってごらん。もう大丈夫、傷はちゃんと治ったからね』

『ありがとう、母さん。僕も、母さんみたいな魔法使いになれる?』

『なれますとも。アナタは心が優しいから、きっと誰よりも偉大な魔法使いになれるわ』

 

「魔法使い……」

 そしてその手で何もつかめない虚空を握ると、ナオがいつもしているような明るい口調で続ける。

「さあ、塔まではもう少しです。もうひと踏ん張りですよ」

 笑顔を取り繕って見せる彼の姿に、ナオは力強く頷いた。駆け足で彼の隣に並ぶと、二人肩を揃えて歩き続ける。目指すはこの地で一番高い場所。命を司る番人の元へ――

 

 落日する太陽を尻目に、二人は後ろを振り返ることなく前に進み続けた。仄暗い闇が彼らの足元まで迫っている。壊れた街灯が光を灯すことはなく、このまま道に迷えば存在証明など言っている場合ではない。目が効く間に白い塔へと一歩でも多く進んでおきたかった。

 しばらくすると完全に日が落ちて、赤い星が顔を覗かせ始めた。先ほどまであんなにくっきりと見えていた白い塔は、薄闇に姿を消してしまった。

「どっちの方向だろう……」

 このまま真っ直ぐに進めば必ず着くだろうと信じて突き進んでいたものの、こうも暗くてはこの真っすぐが本当に真っ直ぐなのかも些か疑わしい。第一、どこかの直進行軍ではないので障害物があれば迂回せざるを得ない。そう、二人は完全に道に迷ってしまったのだ。

「あーもう! これじゃあ朝までにたどり着けないよ!」

 ナオが頭を抱えていると、ミヅキがポケットから何か丸いものを取り出した。ぼんやりと光っているのは、方位磁針の赤い先だ。

「これって……。落とし物見つける君?」

「落とし物とは少し違うかもしれませんが、探しているのは事実。もしかすると、鳴海さんの失くした肉体の元へ導いてくれるかもしれません」

 ナオはその針をじーっと覗き込むようにして見つめた。すると突然ものすごい勢いで針先が回転したかと思うと、ある一点の方向でぴたりと動きを止めたのだ。

「こっちですね」

 ミヅキは何の疑いもなく、差された方向へと歩みを替えた。

「待ってよー!」

 ナオもしぶしぶその後ろに続く。

 その先は、鬱蒼と茂る森の中だった。部分的に攻撃を受けたのか木々が焼け落ち拓けた部分があるが、暗闇の中進むには危険すぎる場所に変わりはなかった。

「痛てっ!」

「頭上にも気を付けてくださいね。木の枝があったりしますから……ぐえっ!」

 ドギャン! と見事な効果音が付きそうな音を立てて、目の前の長身男がしゃがみ込んだのが分かった。ナオはミヅキの手に握られているわずかな光をもう一度覗き込む。

「これ、信じていいのー?」

「あ。そんなこと言ってると、拗ねちゃって教えてくれなくなっちゃいますよ」

 ナオが疑った直後、針先がまたしてもクルクル回り始めた。なんと気のむつかしい道具であろうか。しかしこのままここに取り残されるとたまったもんじゃないので、慌てて弁解する。

「あー、嘘! 超便利な道具だね! 感謝、感激、雨あられ!」

 針先は一瞬目的地とは反対方向を指し示そうとしたが、再び最初に向いた方へと戻って行った。

「信じて進みましょう。大丈夫、幾度となく僕を救ってくれたものですから」

「そうだよね。頼れるのは君だけだよ、よろしくね!」

 あえてもう一声道具によいしょの声援をかけると、二人はさらに暗闇へと足を進めた。

 幾度か木や壁にぶつかったりはしたものの、方位磁石のわずかな光が途切れることはない。ひたすら進み続けていると、突然針先がぐるんと真反対方向へと向き直ったのだ。

「あれ、どうしちゃったの? また拗ねちゃった?」

「いえ。どうやらたどり着いたようです」

 ミヅキの声で、足元を用心しながら歩いていた視線を上空へと持ち上げる。目の前にありすぎて気が付かなかった。そこに突如巨大な塔が、姿を現したのだ。

「着いた……。白い塔だ!」

 ナオが塔の存在を口に出した途端、突然ポッと一つ光が生まれ出た。刈安色と呼ばれるような緑みのある黄色の光は、見る見るうちに塔周囲の周りを取り囲み、全体を覆い始めた。そしてまるで導いているかのように、目指すべき階段の姿を模り始めたのだ。

 あたり一面を覆う夜光は先ほどまでの常闇を取り払い、白日と錯覚させるような明るさで世界を彩る。

「わー、すごい綺麗……」

「あれは、星の欠片です」

「星の欠片?」

「塔を昇る者を守護する妖精のようなものです。我々が階段を踏み外し下まで落ちないように、壁になってくれているんですよ。鳴海さんがここにたどり着いたことを、祝福してくれているようですね」

「へえ! 優しい妖精さん!」

 ナオはその灯りに心癒されながら、ミヅキと共に塔の入口へと近づいて行った。

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