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星のオトシモノ【愛の火種が降る夜僕らは空を見上げる】  作者: 高冨さご


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2/20

 快晴な夏の青空に映える、綿菓子のような入道雲。蝉たちの大合唱が響き渡り耳を覆いたくなる最中、虫網を手に走り回る子どもはひとっこひとり見当たらない。今頃冷房の効いた部屋で優雅に麦茶でも飲みながら、先週発売された新しいゲーム機へ夢中になっている頃だろう。数十年前までは各地で鳴らしていた夏の風物詩とも言われる風鈴も、近所迷惑だという苦情から随分と数を減らした。田んぼのあぜ道が続く場所でも、時代の恩恵はしっかりと行き届いているというわけだ。

 坂を下りきるとその先は手狭な十字路になっていた。横断歩道を渡った先は、買い物客でにぎわう古めかしい商店街だ。彼女は自転車から飛び降りると、滅多に車の通らない道路の左右を確認しながらそこへと足を踏み入れた。こんな灼熱の太陽降り注ぐ真夏の昼下がりから、よく買い物など出来たものだなと感心するのはまだ早い。

 そこには冒険者の行く手を阻む、多くのモンスターたちが登場する。魔王城までの道のりに現れるお邪魔モンスターではあるのだが、その分経験値はどっさり与えてくれる。旅を始めたばかりの勇者にはもってこいの特別ダンジョンだ。水曜日の十三時、果たしてどのようなモンスターが登場するのであろうか。

 ……と盛り上げておいて何なのだが、突然のRPG要素に頭を抱えそうになるので至極端的に言い換えるとする。つまるところ、容易にこの商店街を抜けるのは至難の業、ということだ。常連になれば、なるほどにである。

 通学路として別の道を選択する若者が多い中、ナオはこの商店街を好んで横断していた。幼い頃から母に連れられ訪れた店は、小学生になる前からすっかり常連の顔となった。もちろんのこと、初めてのお使いもここでデビューした。慣れ親しんだその場所は、もはや身内同然の関係性だ。彼女はこの場所に、ある意味実家のような安心感を抱いていた。

 ならばなおのこと、そう簡単にこのダンジョンをクリアすることは難しい。そこまでしてこの場所を選ぶ理由はなんなのか。

 

「あらナオちゃん。夏休みなのに学校かい?」

 

 言っている傍からコロッケ屋の子窓から、天然パーマのおばちゃんが出た。窓が小さいのか顔がデカいのかは定かではないが、少し気合を入れなければ覗き込めない幅にその頭は押し込まれている。小窓から溢れ出すのはボリューミーな髪の毛だけではなく、揚げたてコロッケの美味しそうな香りであった。

 ナオはその香りに酔いしれながら足を止めると、しっかりとハンドルを握り直しおばちゃんの方へと向き直る。

「うん。今日は後輩の応援で球場に行くんだ」

「暑いのに元気だねえ。コロッケ買ってくかい?」

「あー……、いいや! お昼食べ過ぎちゃったんだよね!」

「ちょっとくらい良いじゃないの。後輩たちに何個か持って行きな。今から揚げてあげるから」

 おばちゃんはそう言いながら、綺麗に形作られた肉の塊を油の中へと放り込んだ。

 ……ちょっと待て。このままでは受け取らざるを得なくなる。

 ナオは慌てて取ってつけたような理由を口にする。

「で、でも! 持っていく間に冷めちゃうでしょ? やっぱり揚げたてを食べさせてあげたいんだよね。いや、冷めてももちろん美味しいんだけどさ!」

 するとおばちゃんは少し残念そうに眉毛を下げて、既に揚げられていた一つを紙袋に入れて渡してくれた。

「仕方ないねえ。じゃあ帰り寄って行きな! これ、サービスね」

「ありがとう! また後で来るね」

 まだ温かいコロッケの包みを受け取り、ようやく次へと歩き出す。危うくコロッケの束が出来上がるまで足止めをくらうところであった。

 いただいたものはご厚意に甘え、有り難く頂戴することとする。勢いよくかぶり付くと、軽い衣が弾ける音とパンチの効いた肉汁に視界が霞んだ。熱さも吹き飛ばしてしまう美味しさに、思わず現実を忘れてしまいそうになる。

 コロッケへ夢中になっているところ、目の前の道を何者かが封鎖したのが垣間見えた。ぶつかる手前で顔をあげると、そこにはナオ二人分程の大きさを誇る一人の男性が立っていた。

 

「ご苦労さん! 一枚焼いていくか?」

 

 ソースの焦げる香ばしい香りに、コロッケとは違う高揚感が湧き上がる。

 次に立ちはだかるは鉄板焼き屋のおっちゃんだ。白いタンクトップに黒い短パン、青い帽子でハゲ隠しが得意。ぼってりお腹が特徴的だが、こう見えてまだ三十七歳。今は引退した彼の父親には幼い頃随分と可愛がってもらっていた。その時はたまに顔を出すスリムでかっこいいお兄さんにドキドキしていたものだが、今ではかっこいいより逞しいの方が似合う体つきとなっている。最近足先が痛くなり始めたので休肝日を増やしているとか、していないとか。

 しかもここの鉄板焼きの美味しさと言ったら格別だ……!

 都会で開けば大行列になるほど食材にこだわっているらしいが、なぜか観光客はあまり来ない。これまたこの街にまつわる都市伝説の一つ。

「いや、今日はこれから球場行くの」

「おーおー、いいねえ! 青春だねえ! 後輩連れて、戻って来いよ!」

 大きい図体の割にはすんなりと道を開けてくれる、心優しきモンスター。見た目以上に心も寛大なのである。

 左右に震える丸太のような二の腕に見送られながら、ナオは最後の城へとたどり着いた。その店の前には、胸の前で両手を組んで仁王立ちしている一人の老人が立っている。頭脳明晰、誰からも慕われる村長か。はたまた勇者を呼び出した国王か。もしくは魔王討伐直前に、セーブしておくかい? と聞いてくるような超重要人物か。兎にも角にも、今までになかった重厚なオーラを醸し出しているのである。

 

「今日は母ちゃんのお使いじゃねえのかい。でっかいスイカ入っとるよ!」

 

 今年で九十になる八百屋のじいちゃんだ。今の若者よりも背筋が伸びていて、あと百五十年生きることが目標らしい。その頃にはバーチャルスイカとか言って新たな商売初めてそうなくらい、とにかく前のめり思考で常に元気を貰っている。座右の銘は『生きてるだけでぼろ儲け』だそうだ。ちなみにこの前は八百屋だというのに、野球ボールを売ってくれた。

「ほれ、食ってけ、食ってけ!」

 じいちゃんはこちらが望む前から、一口サイズにカットしたスイカを差し出して来た。みずみずしい雫で果肉は虹色に輝き、ガーネットの宝石と見間違えるほどに美しく思えた。

「あー、でも……。じゃあ、一個だけ!」

 この魅惑にはさすがのナオも勝てなかった。スイカを一切れ口の中に放り込むと、恐ろしい程の甘味と爽快感が駆け巡っていく。一つだけと決めていたものの、次のスイカが食べてくれよとアピールしてくるように見えて爪楊枝を置くことが心苦しくなってきた。さらにはじいちゃんも押し付ける如く皿を前へと差し出して来る。

「じゃあ、もう一個……」

 こうなれば歯止めを利かせるものはいない。あれよあれよという間に、じいちゃんが持っていた皿の上からスイカは姿を消していったのだった。

「あー、美味しかった!」

「そうだ、そうだ。丁度熟れた桃もあってだな!」

「えっ!」

 しまった。トラップだったか……! このままでは小一時間程この場所から抜けられそうになかったので、ナオは店の奥へと消えかかっているじいちゃんの背中に慌てて声をかける。

「あ、あのさ! 私これから行くところあって……!」

「おお、食うてから行ったらええ!」

 話の効かないじじいである。

「そうじゃなくて。ちょっと家出るの遅れちゃってさ! 遅刻しそうなんだよね! だから急いでて」

「なんだい、つまらんのう」

 じいちゃんはぷりぷりの桃を片手に戻ってくる。そんなものを見せつけられてはなんとも断りづらい。思わず手を差し伸べそうな所を気合で踏み留まり、ナオは人差し指をその桃に突きつけた。

「それ買いに来るから! 絶対! だから、一番美味しくてでっかいの残しといて!」

「まいど! とっておきの用意しとくけんの!」

 まんまとじいちゃんの戦犯にハマってしまったナオであったが、後日来るという約束を取り付けてようやく最後の関門を突破したのであった。

 声をかけられる度に足を止めるナオの全身は、吐き出された塩分でべとべとだった。喉もカラカラ、スイカで一時的に回復したものの既にHPは赤いゾーンに入っている。一刻も早くここから抜け出さなくては、勇者の命も危ないぞ……!

 だがその一方でナオの心は晴れやかだった。顔なじみとの多くの会話が、彼女の心をよみがえらせる。MPは常に満タン状態だ。ネット普及により簡素になった人間関係、ご近所さんでも挨拶を交わすことのない現代社会において、あえて声を大にして言っておこう。

 ――この面倒臭いのが良いんだよ!

 ナオは内心そんなことを思いながら、楽しみにしていた顔ぶれ揃う商店街を抜けきった。そして再び隣に連れ添っていた愛車へとまたがる。強くペダルを踏み込みダンジョンから飛び出した鳴海ナオ。挨拶代わりのベルの音が、長い旅の始まりを告げる。

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